祝・電子化! 畠中恵の新境地、テーマは“変化”

12月4日(水)6時0分 文春オンライン

 お江戸妖怪ファンタジー「しゃばけ」シリーズや、町名主の息子を主人公に市井の人々の営みを描く「まんまこと」シリーズなど、ほのぼのとした中にも、人の悲しみとそれに立ち向かう強さを描いてきた畠中恵。新刊『わが殿』は、そんな畠中恵がデビュー19年目にして初めて挑む、真正面からの歴史小説であり、そしてなんと著者初の電子書籍同時刊行作品である。電子書籍派の皆さんお待たせしました、畠中恵が来ましたよ!



『わが殿 上』(畠中恵 著)


 舞台は越前の大野藩。天保の大飢饉がようやく山を越えた天保8年(1837年)、若き藩主・土井利忠は、側仕えの大小姓・内山七郎右衛門に「藩政の改革を、断行する時が来た」と告げる。ありていに言えば、借金に喘ぐ藩の財政の立て直しだ。本書は、政策の中核に据えられた七郎右衛門がその知恵を駆使して藩の赤字を減らし、ついには当時としては極めて珍しい黒字の藩を作り上げるまでの物語である──と簡単に書いたが、いやはや、これがとんでもない話なのだ。


 幕末はどの藩もお金には苦労していたが、大野藩の財政赤字は莫大だった。なんせ藩の歳入が1万2000両に満たないところに、借金は9万両! さらに利息は年1万両! え、それって利子の支払いだけで歳入の8割以上が消えるってこと? 参勤交代の費用にすら困ってるって、それすでに破綻してるんじゃ?


 ここからの七郎右衛門の発想とその実行力がすごい。藩内にある銅山を半ば博打のような手で再開発。利子の低い金主への乗り換えの交渉。殿様は殿様で、自分を含め全藩士に、毎日食べるぶんの米しか禄を出さないという尋常じゃない経費削減に打って出た。さらに不正に手を染めていた藩士を一掃した。それでようやく一息つけるかと思いきや、殿が藩校を作ると言い出す。江戸藩邸が火事で焼けたから建て直すと言う。軍隊を洋式にすると言い出す。船を作ると言い出す。ちょっと待てこら、それも俺がぜんぶ工面すんの?



 つまり本書は、大野藩の「黒字請負人奮闘記」なのである。まず七郎右衛門が次々と打ち出すアイディアが既成概念を大きくはずれており実に面白い。各地に大野藩の産出品を売る藩直営店を出すという武士離れした大掛かりなプロジェクトのみならず、細かい支出に対して「それはこうして払おう」という対策の立て方が実に見事だ。もちろん何度も難題にぶち当たるが、その度に知恵と人柄で乗り切っていく。何より、困難に出会うたびに、へこむのではなく、どうやって乗り越えようかとわくわくする七郎右衛門がとてもいい。財政赤字に悩む自治体の担当者にぜひ読んでほしい。



 他にもパイオニアの苦労とやり甲斐、経営実務という事務方武士の生活、殿と主人公の熱いバディ関係などなど読みどころは多いが、もうひとつ、本書のキモがある。七郎右衛門が鮮やかに藩を黒字転換させ、出世するにつれていや増す、藩内の彼への反感だ。嫌味や嫌がらせ、誹謗中傷する落書はあとを絶たず、ついには身の危険を感じるほどになる。そこにあるのは、出世した七郎右衛門に対するやっかみだけではない。洋式軍隊への転換、外国の動き、家柄ではなく才能で登用する藩主、藩が商売を手がけるということ──そういう「時代の流れ」への反発なのだ。


 武士は武芸をもって主に仕えるもの。そう信じてきた。だが時代の流れが、昔から連綿と積み重ねてきた侍の生き方を否定する。刀の時代ではないという。金勘定をしろという。だったら今までの自分は何だったのか。今までしてきたことに価値はなかったのか。


 本書は、変化にどう向き合うかの物語なのである。自分ではどうすることもできない時代の流れ。流れに嬉々として乗る者がいる一方で、どうしても認めたくない者もいる。古いものが否定されるのは、まるで自分が否定されるかのようで辛い。だから頑として受け入れない。変化を起こすものを憎む。何かが変わるときに否応無く起きる軋み。これは決して幕末だけの話でも、武士だけの話でもない。


 下巻で、そんな人々に七郎右衛門が言葉をかける場面がある。彼の優しい、けれど強靭なメッセージを多くの人に読んでほしい。現代もまた、変化の中にある。さまざまな軋み音が聞こえる。そんな今の私たちに、七郎右衛門の言葉と行動は強く心に響くはずだ。


 歴史小説という新たなジャンル。電子化という初挑戦。本書は著者にとっても大きな変化の一冊である。その一冊が電子化によりこれまでよりさらに広い範囲の読者に届けられることは、実に喜ばしい限りだ。ぜひ手にとっていただきたい。



はたけなかめぐみ/高知県生まれ、名古屋育ち。名古屋造形芸術短 期大学卒。漫画家を経て、二〇〇一年『しゃばけ』で第十三回日本ファンタジーノベル大賞優 秀賞を受賞してデビュー。以来、「しゃばけ」 シリーズは大ベストセラーになり、十六年には 第一回吉川英治文庫賞を受賞した。他に、「まんまこと」シリーズ、「若様組」シリーズ、「明治・妖モダン」シリーズ、「つくもがみ」シリーズ、『ちょちょら』『けさくしゃ』『うずら大名』『まことの華姫』『とっても不幸な幸運』な ど著書多数。



おおやひろこ/1964年、大分県生まれ。書評家・ライター。著書に『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』などがある。





(大矢 博子)

文春オンライン

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