『クレイジージャーニー』ヤラセ問題 ディレクターはなぜ“一線”を超えてしまったのか?

12月4日(水)6時0分 文春オンライン

 10月21日、TBSの人気バラエティー番組『クレイジージャーニー』が終了した。8月14日放送の番組で、爬虫類ハンターが偶然捕獲したとされる生物6種類のうち、4種類が事前に準備していたものだったと判明。さらに過去10回の放送でも、捕獲した生物のうち11種類が事前準備したものと分かり、TBSは「不適切な手法」で視聴者の信頼を損なったとして、番組を終了させた。





「全てのクレイジージャーニーがヤラセだったと誤解しないで下さい。あの番組ではマジの素晴らしいクレイジージャーニー達とたくさん出会えました」松本人志、ツイッターより)


 TBSは「スタッフによりますと」という前置きで、爬虫類ハンターと呼ばれた専門家の加藤英明さんには事前準備の存在を伝えておらず、またこの企画以外では同様の手法は見つからなかったと発表している。


 私はCMディレクターやドキュメンタリー映画の監督として、15年近く映像を作り続けている。作り手として言えることは、作為のない映像など存在しない、ということだ。客観性を求められるニュースであろうとも、必ず何かのねらいがあり、それを達成するための演出(“ヤラセ”)がある。


 私は、今回の一件を『クレイジージャーニー』がバラエティー番組の顔と、ドキュメンタリー番組の顔という二面性を持つことから起きた悲劇と考える。お笑いタレントの番組として見ている人には、アリの演出だった。しかし、硬派な専門家のドキュメンタリー番組として見ていた人には“ナシ”のヤラセだった。


「不適切な手法」と「ヤラセ」の境界線


 今回の件に関して同番組のMC松本人志はツイッターで「ヤラセ」とはっきり書きつつ、番組の他の部分を擁護した。確かに一般視聴者の立場で語れば、事前準備は「ヤラセ」と言われて当然だ。一方で、制作したTBSは「不適切な手法」という控えめの表現をした。この差は何か。


 一般的にテレビ業界では「ないもの」を「あるもの」にすることを「ヤラセ」と定義する。「UFOを見てない!」という人に「UFOを見た!」と言わせたらヤラセだ。しかし、この定義には抜け道がある。「事実の再現」はヤラセではなく“アリ”なのだ。



TBS本社 ©AFLO


 例えば、電車が駅のホームに到着するところを、ある出演者が見たとする。しかし、カメラが1台しかなかったため、出演者の表情しか撮影できていなかった。だからもう一度別の時間帯に電車を撮影し、編集でこの二つを組み合わせて電車到着シーンにした。これは電車が到着したという「事実の再現」だから“アリ”となる。


 では、出演者が実際に電車の到着を見ていたものの、カメラがなくて撮影しておらず、もう1回そのシーンを丸ごと再現してもらって撮影したらどうか。それは「ヤラセ」か「事実の再現」か。


 こうした定義の複雑さから、TBSは『クレイジージャーニー』の一件を「ヤラセ」と断定せず、「不適切な手法」という曖昧な表現にしたと推測される。



新人ディレクターへ交代した初回に発覚


「爬虫類ハンター」の企画は、ディレクターHが2016年から3年間担当し、偶然捕獲したとされる生物11種類を事前準備した。これはそもそも、誰の意思だったのか。番組関係者に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。


「プロデューサーや総合演出の指示であったとは考えにくいです。番組上層部からすると、ヤラセと言われて受けるダメージと、撮れ高のコストが全然釣り合わないですから、ダメと言うに決まってます。おそらくHは、誰にも相談せず軽い気持ちで事前準備していたのでしょう」


 そのHは、今年の夏、総合演出に昇格した。それに伴って「爬虫類ハンター」の担当が新人ディレクターに変わった。Hからの伝達がうまくいかなかったのか、新人ディレクターの不手際からなのか。その交代1回目で「不適切な手法」が発覚、番組は終了となった。



加藤さんは知っていたのか?


「加藤さんが生物の事前準備を知っていたかどうか。それはわかりません。ディレクターは他人に自分の演出方法を教えないですから。ただ普通に考えると、素人に演技をお願いするほど怖いものはない。できるディレクターなら、まずそんな賭けはしないでしょう」(同番組関係者)


 私は、この番組関係者の言葉には一定の説得力を感じた。過去の放送回を見直しても、加藤さんの無邪気な表情が演技とはちょっと考えられない。ゆえに、ディレクターは加藤さんに事前準備を伝えていなかったと思われる。



ディレクターにとって爬虫類は「小道具」だった


 加藤さんが生物を捕獲するときの行動と表情には、嘘・ヤラセはなかった。


 おそらくディレクターが想定した「視聴者が見たいもの」とは、加藤さんが研究している「爬虫類の現実」ではなく、ユニークな動きで生物を捕獲する「加藤さんのリアル」だったのではないか。その考えに純粋になればなるほど、爬虫類は取材対象ではなく、加藤さんをひきたたせるための「小道具」になる。そうなると生物の事前準備は、加藤さんの最高のリアルを撮影するための「仕込み」とも捉えられる。



 もう一つ、ディレクターにとって、事前準備は「事実の再現」と考えることもできた。なぜなら生物を現地で事前に準備できるということは、現実にその生物が現地に存在している証拠になるからだ。事実として存在する生物を事前準備で「再現」して、加藤さんの最高のリアルを撮影し、視聴者を楽しませる。


 すべては、「視聴者が見たいものは何か」。想定した視聴者の欲求に純粋になったがゆえにたどり着いた行為だった。


バラエティー番組をつくりあげる“虚構”


 しかし、この考え方には重要なリスクへの配慮が抜け落ちていた。事前準備が発覚したとき、出演者と視聴者の信頼を傷つけるというリスクだ。


「基本的にバラエティー番組は、制作者と出演者が協力してある種の『虚構』をつくりあげ、それに視聴者が安心して身をゆだね、楽しむという、二重の了解の上に成り立つ」

BPO、フジテレビ『ほこ×たて』「ラジコンカー対決」 に関する意見(2014年4月1日)より



 番組が紹介した加藤さんは、素手で爬虫類を捕まえるクレイジーな「趣味」を持つ人ではなく、爬虫類のクレイジーな「学者」だった。もし加藤さんがロケ中に捕獲した事象を元に本を書いたり研究を行っていたとしたら、生物の事前準備は爬虫類学者としての彼の信頼性まで損ねる行為だ。加藤さんの学者としての立ち位置が疑われるようなら、視聴者も「安心して身をゆだね」信頼して番組を楽しめない。そうなると、番組で取材した他のクレイジージャーニーたちの研究・体験まで怪しくなる。


「見つからなかったので、スタッフが用意した生物を放ってみました」


 もしこんなナレーションをつけて事前準備を公表していれば、生物がめったに見つからない絶滅寸前の現実も表現でき、捕獲の面白さと研究の信頼性もキープできたのではないか。もしくは、爬虫類をただ素手で捕獲するための海外ロケをしたと言えば、もっと自然に事前準備を公表できただろう。


 BPOはバラエティー番組がある種の虚構であることを認めている。しかし、視聴者が「嘘ではない」と信じている箇所に嘘がないからこそ、ある種の虚構で番組は成立できる。視聴者が信じていた「爬虫類学者としての加藤さん」に疑いの目を向けかねない演出は、制作者として許されない行為だ。



BPOはヤラセではなく「不適切な手法」と判断した


 11月8日、BPO放送倫理検証委員会は『クレイジージャーニー』について審議入りとすることを決めた。BPOは権力を行使する機関ではないので、結果はTV局に対して何ら強制力を持たない。ただ、その決定内容はHPに発表され、普通は公表されない番組作りの舞台裏が事細かに語られる。


 ちなみに「審議」というのは重大な放送倫理違反の疑いがあった場合に使われ、放送に虚偽の疑いがある場合は「審理」となる。BPOはTBSと同じく、今回の件を「ないもの」を「あるもの」とした「ヤラセ」(=審理)ではなく、演出上で起こった「不適切な手法」(=審議)と捉えた。実際の現場では、どのような「不適切な手法」があったのか、今後の調査結果が注目される。



ヤラセで表現できるほど甘い番組ではなかった


「テレビの渦の中に巻き込まれ、茶番でこういう場所に連れて来られ、断れるわけもねぇし。だからテレビの連中を俺はマジ嫌いなんだ」

真木蔵人、『BAZOOKA!!! FIGHT NIGHT IN THE OUTSIDER』高垣勇二vs大井洋一 煽りVTRより


 番組作りはある種の虚構で成り立っている。しかし、すべてが虚構ではない。


 今回の『クレイジージャーニー』の件で嘘がないと断言できることがある。それは、出演者が掴んだ生物の感触とその時の感情だ。事前準備を知っていようといなかろうと、加藤さんは生物に噛まれて大怪我をする可能性があった。それはディレクターも同じで、事前に用意したニシアフリカコビトワニの鋭い牙が並ぶ口をガムテープでグルグル巻きにしたとき、彼は「ヤラセ」だから安心などと思うはずがなく、とんでもない恐怖を覚えたはずだ。



「ヤラセ」からも「リアル」は生まれる。『クレイジージャーニー』は、すべてが「ヤラセ」で表現できるほど甘い番組ではなかった。だからこそ、その苦労が疑われないように細心の注意で、演出を試行錯誤してほしかった。



(藤岡 利充)

文春オンライン

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