野宮真貴、ちょっとしたこと続けた結果美人と呼ばれるように

12月4日(日)16時0分 NEWSポストセブン

器量に自信がなかったという野宮真貴

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 リオパラリンピックの閉会式、東京大会のPRにピチカート・ファイヴ(以下ピチカート)の『東京は夜の七時』が流れると、ツイッター上は「かっちょいい!」「おしゃれー」と感激の声が相次いだ。


「(使われると)全然知らされていなくて。閉会式のダンサーのメイクを担当していたヘアメイクさんとは長いつきあいで、リオに発つ前日にも会っているんですけど、なぜか“ぜったいにリアルタイムで見て!”って言われていたんです(笑い)。で、見たら、あれ、知ってる曲だぞって(笑い)。すごくうれしかったですね」


 ミック・ジャガー(73才)がファンを公言したり、映画『チャーリーズ・エンジェル』(2000年)で挿入歌として使われたりと、世界中にファンを持つピチカート。惜しまれつつ2001年に解散した後も、野宮真貴(56才)は、ソロ・ヴォーカリストとして変わらぬ美声と美貌とファッションで世間を魅了している。


「もともと私、器量が悪かったので…(苦笑)、一重まぶたでぽってり唇だし、他のパーツとかも今ひとつ。全くかわいい子供じゃなくて。体も小さかったし、勉強も運動も苦手で極度の人見知りで…いつも劣等感があったんですよね。でも、小さい頃から歌手になりたいともすごく思っていて。人前に出る仕事、じゃあ、どうしたらきれいに見えるだろうといろいろ考えたんです」


 ピチカートに加入したのは、彼女が30才の時。つけまつげを何枚も重ね、大きなウイッグをつけ、派手な衣装に身を包み、口紅ではなくグリッターを塗って唇を強調。コンプレックスだらけの容姿はオリジナルの魅力へと変わっていった。


 そんなおしゃれやヘアメイクなど“外見をよく見せるテクニック”に加え、姿勢を美しく保ったり、常に元気で機嫌よい状態でいたり…と、“ちょっとしたこと”を続けた結果、今では美人と評されるように。



「歌手生活の35年、雰囲気だけでも美人になろうと試行錯誤してきた、そのテクニックが評価されたと思うことにしています(笑い)。そもそも“あの人素敵だな、チャーミングだな”と感じるのは、表情だったり仕草だったり、言葉遣い、清潔感、品格、幸せそうなオーラ…などの“雰囲気”だと思うんですよね。私だってなれたんですから、みなさん誰だってなれますよ」


 それでも40代は「若さ」と「加齢」の狭間で揺れた時期だったと言う。


「人に見られる仕事なんだからと、ジェルネイルをしたり、髪の毛もストレートアイロンで伸ばしてつやつやにしたり、メイクも完璧にしたり、眉間のしわにボトックスを試したり…と頑張っていたんです。でもそういう人工的なものがあると、むしろ老けて見えることに気づいたんですよね。


 若さにしがみつこうと、気持ちもピンと張りつめていたんです。でも、50才になったら、加齢による変化を本当に受け入れられるようになった。プチ整形もやめ、髪は常にアップデートして、メイクも完璧を目指さない。それよりは笑顔を絶やさない、年相応の雰囲気美人に見えればよし、と思うようにしたんです」


撮影■吉井明


※女性セブン2016年12月15日号

NEWSポストセブン

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