ジャニー喜多川氏の墓は高野山に、隣にはメリー氏の墓も

12月5日(木)7時0分 NEWSポストセブン

金剛峯寺壇上伽藍(写真)と奥の院は、高野山の中でも2大聖地とされている(写真/アフロ)

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 深い霧に包まれた参道の両脇には無数の石塔。周辺には樹齢数百年の杉の巨木がそびえ、視界の先には墓地が広がる。長い年月の経過を刻んだ苔むした墓が多く、その歴史が感じられる。


 参道から一本脇道に入ると、人の話し声も鳥の声すらも聞こえなくなり、耳に届くのは杉の枝が風に揺れる音ばかり。木々が生い茂る山林に歩を進めると、整備されたばかりの一角に、2基の墓がひっそりとたたずんでいた。


 向かって右は今年7月に亡くなったジャニー喜多川さん(享年87)の墓、そして左に建つ同じ形の墓は──。


 和歌山県北部に位置する高野山。周囲を標高1000m級の山々に囲まれた盆地で、1200年以上前に弘法大師(空海)によって開かれ、真言密教の修行の場となっている。さまざまな謎を残す場所で、先日発売された歴史小説『高野山』(小学館)をはじめ、多くの戦国史ミステリーの題材にもなっている。


 金剛峯寺を総本山とし、117もの寺院で構成され、「一山境内地」と称し高野山全体がお寺になる。20万墓を超える墓があり、新たにジャニーさんが加わることになる。


 高野山とジャニーさんには、浅からぬ縁がある。ジャニーさんの父・諦道さんは真言宗の僧侶で、一時期はアメリカ・ロサンゼルスにある高野山真言宗米国別院の主務を務めていた。ジャニーさん一家と親交があった人物はこう語る。


「ジャニーさんのお父さんは、高野山にある寺院で得度したんです。得度とは僧侶となる出家の儀式のこと。その後、布教のためロサンゼルスに渡り、その地でジャニーさんは生まれました。2才の時にジャニーさんは、ご家族で帰国して大阪で暮らし始めました。当時、私は大阪で彼らとお会いしたことがあり、親切にしてもらいましたよ。ご家族がアメリカに戻り、東京へ行ったのはその後です。そういった縁があり、ジャニーさんのお父さんのお墓も高野山にあるんですよ」


 高野山の墓地は広いが、なかでも弘法大師が眠る奥の院と呼ばれるエリアには、織田信長や豊臣秀吉、上杉謙信といった、歴史上の人物の墓が並び、歴史好きが足を運ぶ。企業の墓もあり、容器の形をしたヤクルトの墓石、コーヒーカップをかたどったUCC上島珈琲の墓石もよく知られている。


 しかしジャニーさんの墓は周囲の墓よりも広い聖地にあり、シンプルで静謐(せいひつ)さが漂う。日本の芸能界で比類なき活躍をしたジャニーさんならば豪華絢爛な墓石を想像してしまうが…。そこには意図があるようだ。高野山の寺院関係者が明かす。


「都内ですとお墓参りに列ができそうですし、周囲に迷惑がかかるのではないかという気遣いもあったのかもしれません。生前、表舞台には立たず裏方に徹していたとうかがいましたが、亡くなった後もその考えをご遺族のかたが引き継いでいらっしゃるのでしょう。墓石自体は国産の高級石を使っておりますが、お墓を華美ではないデザインにしたのもその表れだと思います」


 最近になり観光客や戦国武将など偉人の墓巡りをしている歴史愛好家の中では、ジャニーさんの墓として話題にのぼり始めているというが、墓石自体は9月頃には完成していた。寺院関係者が続ける。


「確かにお墓は9月までに建立されていますが、その後、しばらくはシートで覆って厳重管理されていました。納骨が済んでいなかったからです。実際にジャニーさんがお墓に入ったのは11月下旬。お姉さまの藤島メリー泰子さんら親族のかた数名で、静かに納骨を執り行ったと聞いています」


 気になるのが、ジャニーさんの隣に左右対称となるように置かれたもう1基の墓だ。


「これは、ジャニーさんが寂しくないようにと、メリーさんがご自身のお墓を建てたようなんです。姉と弟の二人三脚でジャニーズ事務所をここまで大きくされてきたおふたりですから。将来的に彼女もこちらのお墓に入るという思いがあるようです」(前出・寺院関係者)


※女性セブン2019年12月19日号

NEWSポストセブン

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