ブレイディみかこ「博多弁ネイティヴのわたしは、今日も頻繁に辞書を引く」〈転がる珠玉のように〉

12月6日(月)13時0分 婦人公論.jp

イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「そしてわたしは辞書を引く」。人前に出るのが嫌いな私は、「日本への出張時にお会いしましょう」と、お茶を濁して無期延期にしていたのだが、リモート全盛になって逃げられなくなってーー。(絵=平松麻)

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つっかかりもっかかり辞書を引きながら


たいていのことがリモートでオッケーになってから、個人的に困っていることがある。以前なら、「日本への出張時にお会いしましょう」とか「東京でゆっくり」とお茶を濁して無期延期にできたことが、ぜんぶ「Zoomでやりましょう」と、すぐ実現可能になってしまったのだ。

打ち合わせから取材、対談まで、もう「海外在住だから」を言い訳に逃げられない。そもそも、わたしは人前に出るのが嫌いなのである。もし好きだったら、違う稼業をやっているだろう。人前でしゃべるのが苦手だからコソコソ一人で書く仕事をしているのに、オンラインでしゃべらなければ本も出せない。最悪の時代になったものである。

とはいえ、最悪なこともやり続けていると少しは慣れてくるもので、この頃では緊張してお腹を下すこともなくなった。それに、恐ろしく知的な方々と対談していると、自分自身についてあっと驚く発見をすることがあっていろいろ考えさせられる。

最近、京都大学人文科学研究所准教授の藤原辰史さんとオンライン対談をしたときがまさにそうだった。藤原さんに、いちいち立ち止まって頻繁に辞書を引きながら文章を書いているのではないか、と指摘された。わたしの本を読んでいると、英語や日本語の辞書を使って言葉の意味を確認している箇所がいやに多いから、と。

ギクッとした。

誰も見てないだろうと思って冷蔵庫の扉の裏に隠れてミニアイスをいくつも貪り食っていたら物陰からじっと凝視していた人がいた、みたいな感覚だった。そうなのである。わたしの文章はわりとぞんざいなので、勢いで書いていると思われがちなのだが、実は、つっかかりもっかかり辞書を引きながら書いている。なぜならわたしは、言葉の運用能力に深刻な問題を抱えているからだ。

「この言葉はそもそも全国的に通用する日本語なのか」


例えば、前段落に書いた「つっかかりもっかかり」という表現。この時点で、なにこれ?と首をひねられた方が多いだろう。わたしはそう記した後で、突っかかり、って漢字で表記してもいいのかな、とネット辞書を引いて、そんな日本語は存在しないことを知る。が、「やっぱり」と思う発見があった。

どうやら博多弁らしいのである。意味は「つまずきながら」「あっちこっちに絡んで物事のはかどらない様子」と書かれている。やばい。わたしは藤原さんとの対談でも、「つっかかりもっかかり」と確かに言った。福岡方面で視聴していた人にしか意味がわからない言葉を意気揚々と口にしていたのだ。いまさらパソコンの前で赤面逆上したってもう遅い。

このように、わたしは博多弁のネイティヴである。標準的日本語は第二言語と言ってもいい。そしてここに第三言語である英語まで絡んでくる。もう頭の中は常にカオスであり、何らかの言葉や文章を頭の中で思いついても、自分が信用できない。「この言葉はそもそも全国的に通用する日本語なのか」「この英単語はカタカナ表記にすれば日本でもオッケーなのか」という疑問から、「博多弁やったらこう言うとばってん、標準語に翻訳したら微妙に意味が違うごたあ」「この英語は日本語の定訳がおかしい気がするし、英英辞書に書いてあることも違う気がする。ということは、わたしは平素、間違ってこの言葉を使っていたのか?」という疑惑まで、懊悩が止まらない。というか、懊悩することなしに言葉が使えない。なんという面倒くさい人生を生きているのだろうか。

私は「言葉と出会い直している」


つい先日も、取材で先方を困惑させてしまった。自分自身について書くことを「千切っては投げ、千切っては投げ」という言葉で表現したとき、先方がZoomの画面越しに「?」みたいな表情になったのである。私の頭の中では、自分の生活や過去の一部を千切っては読者に投げているイメージだったのだが、あの「?」な顔つきが気になってネットの国語辞典で意味を確認すると、「主に格闘や武道、喧嘩などにおいて、圧倒的な強さをもった人物が実力で劣った複数の人物をことごとく打ち倒しているさまを表す表現」と書かれていた。いかん。圧倒的な強さをもった誤用だった。恥の多い生涯を送って来ました。

ここまで言葉の意味を知らず、間違いばかりやらかす人間が、よく物書きをやっているものだと感心するが、前述の対談で、藤原辰史さんがわたしの辞書依存について絶妙のフォローをしてくださった。

わたしは言葉の意味を調べることで「言葉と出会い直している」と解説してくださったのだ。

半世紀以上も生きて今さら出会い直す言葉が山ほどあるというのもどうかと思うが、そこに山があるから人は登るのである。わたしにとって書くという作業はそういうことなのだろう。たぶん。

婦人公論.jp

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