新生・渋谷パルコに本屋がない……35歳・書店店主の私が危機感を覚える理由

12月7日(土)11時0分 文春オンライン

 2016年に建物の建て替えのため一時休業していた渋谷パルコが、11月22日にリニューアルオープンした。73年に開店し、40年以上渋谷の文化状況に影響を与えてきたこの施設の営業再開は多くの人々に喜ばれているが、ある点については落胆の声が上がっている。新生渋谷パルコには、「本屋」が入っていないのだ。



リニューアルオープンした渋谷パルコ ©共同通信社


 そして、本屋を持たない形で渋谷パルコが復活したことは、現代日本における「中間領域的な本屋」の成立し難さを象徴しているのではないかと、小さな個人書店の経営者である私は考えている。


サブカルをセゾングループ資本が下支えしていた時代


 休業前の渋谷パルコPart1では、86年にロゴス渋谷店(洋書専門店)が、93年にはP-BC渋谷店(2004年にリブロ渋谷店に店名変更)がオープンしており、途中12年には両店が統合されパルコブックセンター渋谷店としてリ・オープンする経緯を挟みながら、本屋テナントとして長年営業していた。


 90年代のP-BC渋谷店には、天久聖一・タナカカツキ『バカドリル』や、それに類する所謂サブカル本が飛ぶように売れていた、というエピソードがある。『バカドリル』自体がそもそも、パルコが発行していたフリーペーパー『GOMES』に連載されていたギャグページであり、若い世代によるサブカルチャーの制作・販売・消費を、パルコ=西武・セゾングループ資本が下支えする光景がそこにはあったと言えるだろう。



 2000年にパルコブックセンターは同じセゾングループ内のリブロと経営を統合し、2003年には日本出版販売株式会社がリブロの株式をパルコから90%買収、パルコブックセンター/リブロはセゾングループから離脱することになる。


 ただ、2000〜2010年代にリブロ渋谷店/パルコブックセンター渋谷店を訪れていた世代の人間である自分は、アートやサブカルチャーの窓口の機能を果たしつつ、一般書や実用書などもきちんと在庫している店、という印象を同店に持っていた。資本形態が変わっても、90年代以降店舗としての極端な変節は無かったのではないかと思う。


「中間領域的な本屋」が持っていたメリット


 私が考える「中間領域的な本屋」とは、端的に言うと、「売れ筋一辺倒の在庫志向ではもちろんないが、かと言って過度に選民的だったり排他的な選書傾向・雰囲気ではない店内を、ある程度の空間的余裕のなかで他人の目を気にせず回遊できる店」というイメージになる。



 そういう店は、単なる小売としての機能だけではなく、訪れた人々にとって文化的なパブリックスペースとしての意味を持つようになる。かつてのパルコブックセンター渋谷店は、自分としてはこのイメージにかなり合致する店だった。あの店の中を歩くだけでたくさんの新しい世界に触れることができた記憶を持つ人間は、自分だけではないだろうと思う。


 パルコブックセンター渋谷店の坪数は約170坪だった。現在渋谷にあるメガストア的な大型書店MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店(1,100坪)、HMV&BOOKS渋谷店(550坪)などと比較すると小さいが、SHIBUYA PUBLISHING & Booksellers(30坪)のようなセレクトショップ的な小型書店よりはかなり大きい、都市部における中規模サイズの店舗だったと言える。



「大量在庫」や「選書センス」に頼れないというデメリット


 新刊に限らず既刊も幅広く潤沢に在庫できる大型店舗や、店側の意図的な選書によって販売書籍を極端に狭く絞り込むしかない小型店舗とは違い、今の時代の200坪前後の中規模書店はその展開・維持の仕方そのものに判断や戦略が必要になってくる。


 数の限られた棚で在庫し続ける商品選択の判断はメガストアよりシビアになるが、小型のセレクトショップのようにスタッフの意志で商品を完全に絞り込むには商売規模が大き過ぎる。かつ、インターネット上のECサイトを通していつでもピンポイントに本が買える今の時代、小売インフラとしての本屋の存在価値はかつてよりも相対的に低下してしまっているため、「大量在庫」や「選書センス」のような分かりやすい特色に頼ることのできない中規模店舗の運営は非常に難易度が高い。


 だが、中規模店のそういうどっちつかずで中途半端な条件は、先述した「中間領域的な本屋」づくりを可能にするものでもある。1,000坪クラスの大型店になると売り場面積が広大過ぎて、ひとりの客が一度の来店で店舗全体をゆっくり回遊することは難しい。数十坪単位の小型店では、売り場のなかで来店客や従業員の姿が互いに可視化され過ぎるため、匿名的に店内を歩きくつろぐことは困難だ。中規模サイズの店舗はこの2つの難点を回避できる。



街の中から文化的パブリックスペースが無くなっていく


 ただいずれにせよ、私がイメージするような「中間領域的な本屋」を経営することは、いま現在の日本においては難易度が高い、ということに変わりはない(都市部以外では、「中間領域的」どころか、本屋という業態そのものが成立困難になってきている、というもっとシビアな現状はもちろんあるわけだが)。


 新生渋谷パルコが本屋を持たなかった理由はひとつではないだろうが、そこに経営的可能性が見いだせないと判断したことは間違いないと思う。パブリックスペースとしての本屋の意味にパルコが気づいていないということは無いだろうが、それが今の渋谷パルコにおいてはビジネスとして成立し難い案件だと判断したのだろうし、個人的にはそれは正しい判断だとも感じる。


 しかし、「中間領域的な本屋」が成立しなくなる=街の中から文化的パブリックスペースが無くなっていくということは、大衆が文化にアクセスするひとつの重要な機会が今後失われていくということでもある。



 かつて堤清二からパルコの経営を託された増田通二は70〜80年代にかけて、ファッションビルとしてのパルコの運営だけでなく、劇場やライブハウスの経営、パルコ出版の立ち上げなど、若者向けの文化環境そのものを作り上げるような事業展開を志向していた。



 それはセゾングループの資本力に担保されたものではあったけれども、大衆に文化へのアクセス権を開いていく意志がその仕事のなかには確実にあったと思う。


 サブカルチャーやハイカルチャーを扱っていても、それを選民的・排他的に洗練させていくのではなく、それこそ子どもにも届くように広く開いていくような志向。約170坪のパルコブックセンター渋谷店も、そういう文脈における窓口のひとつとして機能していたところがあったのではないだろうか。


 そういう諸々の窓口が断たれていったとき、(私自身もそのひとりである)持たざる大衆が、文化や知識に触れる機会そのものが減少していってしまうのではないかという恐怖心が、私にはある。インターネットはもちろんその機能の一部を果たし得ると思うが、誰もが自由に出入りできる現実のパブリックスペース=「場」の機能は、ウェブ空間では置き換えが効かない。



文化や知識を開いていく志向を、いかに織り込んでいくか


 個人的には、今後の日本の本屋は恐らく、ナショナルチェーンによるメガストア店舗と、個人経営も含めた極端に小規模な店舗との二極化が、更に進行していくのだろうと思っている。


「中間領域的な本屋」はこれからますます成立し難くなっていくだろうが、ビジネスの問題である以上これはある意味で仕方のないことだ。ただ、過剰に売れ筋一辺倒になっていくのではなく、逆に過剰に選民的になっていくのでもなく、大衆に向けて文化や知識を開いていく志向を持った仕事や「場」づくりそのものは、忘れられてはならないとやはり思う。


 メガストアや小規模店舗の運営のなかに、そういう志向を如何に織り込んでいくかという試みに今の自分は関心があり、私が経営する古本屋・ 早春書店 もその実践の場としてある。パルコブックセンター渋谷店も含め、過去に自分に新しい世界への扉を開いてくれた様々な本屋の仕事の在り方を、時代に即した形で自分なりに継承・展開していきたいと考えている。



(コメカ)

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