ニイマリコ - 初のソロアルバムで魅せるダークでポップな音楽性、確固たる意志と冷徹な視座

12月7日(火)18時0分 Rooftop

ドロッドロに絶望的なものを作ってみようと思った

──ソロアルバム『The Parallax View』がリリースされました! 前回インタビューさせていただいたのはHOMMヨの『No Past To Love』のときでした(2018年12月)。そのときニイさんは「虚無だけど大いなる“YES”がある作品」、「自分に嘘をつかなければ孤独にはならない」って言っていて、まさにソロである今作に繋がってるなって。

ニイ:繋がって…るんだとしたら嬉しいです。でもHOMMヨではやらなかったことをやろうと。初のソロなので。

──HOMMヨが活動休止して、どんなふうにソロに向かっていったのですか?

ニイ:2019年の末ぐらいに休止しようって決まって、2020年の1月ぐらいに発表して。その直後にコロナが出てきたんですけど。まず私、2019年の時点で来年は酷い年になりそうだってザワザワした気持ちがあって。アメリカでは2020年の大統領選の前まで、4年間のトランプ政権で、やはり影響力の強い国なのでどんどん世界的にイヤ〜な感じになっていく気がしていて。差別や格差がますます酷くなり、新自由主義的な方向に、どんどんおかしくなっていくぞって。ただ流れを見ているだけでなく、ちょっと落ち着いて本を読んだり知識をインプットしたいって思った。HOMMヨの『No Past To Love』はそれまでやってきたことが綺麗にまとまった作品でしたし、収録曲は5曲だけどフルアルバムを作ってるぐらいの気持ちだった。ロックバンドとして一番いい感じの作品だと思う。

──いい作品でしたもん。ロックバンドとして一つ区切りがついて。

ニイ:バンドでないなら音楽なんかやるのか? と疑いながらソロに向かうんですけど。ただその前に、いろいろ勉強したい、本ばかり読んでいました。コロナ禍でさらにいろいろ出てきたぞーってなり。2011年の東日本大震災から、いやその前から大変なことは起きてるのに格差社会は露骨になってきているし、格差を作ってる政権が続いても選挙の投票率は低い。もう何が起きてもそのまんまなんだろうなっていう絶望、そういうヴィジョンから始まったんです、今回の楽曲は。絶望的なものを作ってみようって。もう、ドロッドロな(笑)。

──いわゆる社会的なことへの意識は、どういうきっかけで持つようになりました?

ニイ:10代の頃、小泉政権からなんかおかしいぞと思ったんですけど。その頃、プライマル・スクリームをメチャメチャ好きになって。1999年、2000年頃、同時多発テロのちょい前ですね。ボビー・ギレスピーのインタビューを読むと政治色の強い左翼って感じの人で。自分のバンドの話は全然してなくて(笑)。イギリス政権や王室批判にとどまらず世界情勢や社会状況に言及してて。学校で教わらないぞ、かっこいいなという単純な気持ちと、私自身、自分の置かれている立場を考えなきゃと思ったんです。ずっとボビーは憧れの存在なので、憧れてる人の意見に影響を受けているだけ、偏った思想に洗脳されてるんじゃ? って言う人もいるかもしれないけど(笑)、権力を批判的に見るっていうのは間違ってないと思う。

──全く間違ってないと思います。ロックから音楽以外のことも教わってきたんですね。

ニイ:そうです。

──ジェンダーに関しては? ニイさんはオルタナと言われるバンド/ミュージシャンが好きだと思うけど、たとえばパンクロックやハードコアにはある肉体性やマッチョな部分をオルタナはほとんど感じさせないですよね。

ニイ:自分が好きな男性のミュージシャンっていわゆるマッチョな人がいないんですよ。非マッチョなとこにいる人。私は、自分自身が女なのか男なのか分からない感じがあるんです。どっちでもあるし、どっちでもない感じがして、自分の中でまだ混乱している。それを踏まえて、私は非マッチョの男性に共感しているのかな。非マッチョの男性になりたいと思っているんだと思います。たとえば、さっきのボビーやカート・コバーンが好きだから、ああいうのが好みの異性である、というわけではなく。

自分にはできないという認識が自分らしさの始まり

──好きなミュージシャンの恋人になりたいではなく、その人のようになりたい。

ニイ:いや、その人のようにじゃなく、その人自体になりたいんです。まったく現実的ではないので、自動的に諦めがついている感じでしょうか(笑)。最近、高校生を中心としたバンドやZINEを発表するイベントにゲストで呼ばれて、弾き語りとMCをやったんですね。で、自分も高校生の頃に初めてコピーした「Smells Like Teen Spirit」をやりまーすってなって、歌詞を改めて読む機会があったんです。そしたらメチャメチャ理解できた、凄いストンと腑に落ちた。あの歌詞は、いわゆるボーイズクラブ的なところに入れない男の子の歌だったんだ! って。「Smells Like Teen Spirit」は男性のムラムラ的な気持ちや、わざと悪ぶってしまう体質を否定的というか、傍観者的に見ている感じがします。でもいつか自分の中の何かが毒牙になって誰かを傷つけてしまうかもしれない、そんなのイヤだっていう歌だと、今になって感じました。少年ナイフやレインコーツに入りたいって言ったのも、音楽的な興味はもちろんあったはずですが、自分の男性の肉体が監獄のようで苦しかったんじゃないかと。想像でしかないですが、自制を通り越して自罰的な性格を感じます。

—–ニイさんの歌詞で一人称を「俺」ってしてるのもある。それは曲の世界観に合う言葉として? 自分がその人になってる感じ? 自分の中にもともとあるものとして?

ニイ:自分の中に一人称が「俺」な人がいるって感じです。だから、Limited Express (has gone?)でYUKARIさんに、いろいろな女性の表現者が出演する「フォーメーション」のMVに呼ばれて凄く嬉しかったんですけど、でも自分は女性嫌悪みたいなものがあって男になりたいって思ってるところだって全くないわけではないかも、そんな自分がフェミニズム的な曲に参加していいのかと、一抹の不安はありました。でも曲や歌のメッセージはそういうものではないですよね。YUKARIさんの考えは「自分は自分らしく」ってことだと思うし。私もそう思う。

──多様性こそフェミニズムだと思うし。でもそうやって一度立ち止まって考えるってなかなかできない、素晴らしいと思います。

ニイ:自己反省はします。自分の癖というか、すぐ自分が悪かったって思っちゃうことがあって。どこか自己否定的な。だからナイーヴさを内包した表現に惹かれるのかも。ただ、どんなにネガティブな歌でも、作る行為自体はとてもポジティブだし。そこを信じてやってる感じはあるんです。実際に着手する前の気持ちがドロッドロに絶望的でも、ポジティブだぞと(笑)。

──それこそ音楽の力ですよ。実際今作、絶望的でも強い光が射すようだし、一人でシュッと立ってると同時にいろんな音やいろんな人と出会えた喜びがあるし、ドロッドロでも清廉だし。多面性があるアルバム。

ニイ:嬉しいです。あの、今年(2021年)の1月の頭にDEATHROさんのインストアライブを観に行ったんです。凄くいいなって思った。DEATHROさんはバンドを長くやって、その後ソロとして歌い始めて、自分の好きなことに溢れた音楽をやってる方ですよね。それが伝わるし、その上で凄くエンターテイナーだなって。多くの人を笑顔にできる、楽しませる、っていうのが一番凄いアーティストだと、どこか思ってるんでしょうね。私にそういうものは作れない。でもそこに負い目を感じずにやろうって決めたんです。

──自分にはできないってことを知るのが、オリジナリティのスタートですもんね。

ニイ:そうですね、自分の担当じゃない、と思うことが自分らしさの始まりなんだ。自分には無理だ、自分にはできないって素直に思えるのは、自分の性格の良いところだと気づきました(笑)。もともと私は周囲の人に変に気を使ってしまう性格で。HOMMヨの頃も曲を作りながら、みちゃんやマホさんはこんな曲は嫌かなあ、って考えすぎてモジモジしたり。普段から基本的に「なんかすいません」って気持ちになってしまうんです。

──全然そうは見えない。

ニイ:意外だってよく言われます。ただ嫉妬はしないんですよ。人に対して羨ましいって気持ちが全然ない。自分はダメだ〜とは思うんですけど、他人が羨ましいとかズルいとか、そういうのは全然ないんです。偽善的で嫌だなとずっと思ってるところで、今回それについてもよく考えたんですが、たぶん自分のためにいろいろやってるからだと。自分のためにやってるから「すいません」って気持ちになるんだろうし。

ソロでは「自分のため」ってことから逃げない

──ああ、確かに。

ニイ:でね、本当は自分のためにやってるのに、HOMMヨの頃は、なんていうか、そこを蔑ろにしてしまったというか。メンバーと音を出すことがバンドの楽しさなんですけど、それを広げていこうとなったときに「バンドのため」にやっていて「自分のため」って感情を蔑ろにしていた。「HOMMヨのため」っていう大義名分を作ってた。それはそれでいいところもあるけど、悪いとこもある。

──ああ、逃げられるもんね。

ニイ:そうなんです。HOMMヨのためだからって言い訳ができる。言い訳ができるようじゃダメなんですよね。自分のためなら言い訳はできない。だから、ソロでは「自分のため」ってことから逃げないようにしようって。今回、剤電君にプロデュースを頼んで、剤電君がこんなに頑張ってやってくれてるのが申し訳ないな、彼にも旨味がなければいけないんじゃないかとつい思ってしまって。でも剤電君のためにやってるわけじゃないぞ! と自らを奮い立たせる、の連続。ある意味一番大変な作業だったかも、これが(笑)。

──ニイマリコの音楽を作るってことで一緒にやってるんだから。遠慮は必要ない。

ニイ:「申し訳ない」って思うことこそ剤電君に失礼だ! って。…いやホント、結局各曲のほとんどの楽器を弾いていたり、いろいろなミュージシャンに声をかけてくれたり、その上制作時間の拘束も長かったしで、頭は上がらないのですが。

──「すみません」じゃなく「ありがとう」ですよね。なんか私、スゴイ道徳的なこと言ってるけど(笑)。

ニイ:でもホントそうです。私は自分のために自分の音楽を作ってるってことをちゃんと自覚して。

──剤電さんとはどういう経緯で?

ニイ:ダークで絶望的なものをカッコイイ感じに仕上げられる人って誰かいるかな? ってなったら、もう剤電君以外あり得ない! って(笑)。それまで彼とは挨拶する程度でどんな人かまでは知らなかったんですが、SoundCloudに上げていた自作音源は素晴らしかったし、剤電君もHOMMヨをずっと好きだって言ってくれていて。『No Past To Love』のコメントも頼んだことがあって、そこに「ロックンロール」って書いてくれてたのが凄い嬉しかったんです。多岐にわたって音楽を聴いていて、それに映画やゲームなんかも凄く詳しい人なんですよ。

──絶望的な音といっても、新しい音との出会いの幸せを実感してるのが伝わります。ニイさんって好奇心が強いんだと思う。自分に対しても好奇心があるよね。自分を知りたいっていう。知識を得たい、インプットしていきたいっていうのもそういうことだと思うし。

ニイ:そういうことなのかなー。このアルバムを作るスタートが、2020年はイヤなことになる予感があったとこから始まって。コロナが出てきてオリンピックがあって、どうやって動けないほど落ち込み過ぎずで切り抜けてこられたかというと、本を読んだりインプットできたからだと思うし。でも知れば知るほど辛いことがあるっていう。

──本を読む、勉強するってことは、イヤなことを知ってしまうことでもありますよね。

ニイ:そうなんですよね。知らなければ楽だったってことがいっぱいある。でも知らないことの怖さもあるじゃないですか。そういう思いも曲にしました。で、インプットしたらアウトプットしていかないとホントに爆発するみたいな気持ちになるんだなと(笑)。だから曲作りはセラピー的な感じもあって。音楽を作ることで、頭や心の中を整理してるんだなって。だから支えなんですよね、音楽を作ることは。本当に必死なんですけど、でも支えになってる。

“嫌われたくないと思ってるのはなんで?”が大事

──そうやって作り上げた『The Parallax View』。まず1曲目の「解体」は、最初に話してくれた、トランプ政権であったり権力者の末路というか。

ニイ:そうです。

──哀愁もあるんですよね。ちょっとゴジラみたいな哀しさ。

ニイ:あ、そうですよね。最初のとっかかりはトランプだった。好き放題をほったらかしにすると、あんなエゴの塊になっていく。ただし人間は誰でもそうなっていく可能性がある、そういう怖さをトランプを見てて感じて。もちろん日本の政治家や権力者にもいますよね、そういう人。で、最初、Bandcampで発表したときはもっとこう、硬質的なイメージだったんですけど、それを剤電君がドラマティックで流麗なアレンジで返してくれました。歌詞はほとんど変えてないんですけど、だからこそ違いを感じてもらえればなと。私は、歌詞は両義的な意味を持たせるように作っているつもりで。同じ歌詞でも人によって、聴いた時間や場所によって、その人に心情によって違って聴こえるように。同じ歌詞のまま、曲調によって意味やニュアンスがなんなら180度変わってくる。そういうのが音楽につく言葉の魅力だと思う。例えば、アイドルのヤなことそっとミュートさんに歌詞を書いているのですが、彼女たちが歌うと、私が想定していた意味とは真逆に聴こえてきたんです。歌詞の可能性をそのとき凄い感じたし、もっとやりたいって思ってます。

──ニイさんの歌い方も曲によって別の表情がある。

ニイ:歌でも表現することを集中的にやってみたいなって思ったので、楽器も弾きませんでした。

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──歌詞で言うと、3曲目の「心臓抜き」の“臆病になれたことが 嬉しいなんて”が大好きです。

ニイ:ええ! 嬉しい! 妄想の、完璧なシュッとしたマンのラブソングに挑戦しました(笑)。完全に好きな人に魂抜かれちゃった、そのときに、あ、俺はコレが体験したかったんだ! って気づくという。

──完璧なマンは、実は自分の弱いとこを見せられる人に出会いたくて、それが恋なんだっていう。

ニイ:そうなんですけど、いえ、ちょっと違って。えっと、見せられるじゃなくて、この人に見せたくないってマジに思っちゃったみたいな。そっちのほうが衝撃だった、っていう。これが恋ってやつなのか? と、…ジッと手を見る(笑)。

──ああ、恋をしたではなく、“恋をしたようだ”って歌詞だもんね。

ニイ:そうそう。身を持ち崩したかった、変わってみたかった。そうなるかもしれない。その快感。だけどまだちょっと恥ずかしい、まだまだっていう。微妙〜(笑)。

──微妙だ〜(笑)。この一節はニイさん自身の感情だよね?

ニイ:そうです、私は臆病なので。

──その臆病な自分を肯定するっていう、肯定する覚悟というか…。

ニイ:そうですね。私自身は臆病なのはしょっちゅうで。自分が好きな人、たとえば今回ずっとサポートしてくれてるシマダさん(TRASH UP!! RECORDS)に嫌われたくないって思う、シマダさんから信頼を得たいって思ってる。そういう感覚になれたのは、凄く嬉しいことなんだなって。

──ああ、なるほど。嫌われたくないっていうのは、嫌われたくないからいい人ぶるっていう、あまりいい意味ではない感情でもあると思うけど、でも、そう思えるほど好きな人に出会えたのは凄い喜びだもんね。

ニイ:そうそう。だから「嫌われたくないなんて思わないで、あなたらしく向かっていきましょう!」ってだけの歌は嫌いなんです(笑)。その手前の機微! 嫌われたくないって思ってるのはなんで? ってとこが大事だと思うので。だから、いわゆるネガティブな感情って大事だと思うんですよ。否定することではないだろうって。そこから見えるものが絶対にあるから。

川本真琴、ホイットニー、蜘蛛の糸

──絶望的な音楽を作りたいっていうのは、そこから見えるものを知りたいからなんですね。やっぱりニイさんは好奇心が強い。最後の曲で「LILITH」の開かれていくような、光が射すような。まるで蜘蛛の糸を掴んだような…。

ニイ:なんと! 蜘蛛の糸っておっしゃいましたね! この言葉は川本真琴さんが一緒に歌ってくれた「A.N.G.E.L.」のPV撮影の話に繋がるんですけど…、

──あ、川本真琴さんとのデュエットの話を聞かなきゃ。凄くいいですよね。で、どういう話なんですか?

ニイ:私、一番最初に好きになったアーティストがマイケル・ジャクソンホイットニー・ヒューストンなんですよ。特にホイットニーを初めて見たときの衝撃、なんてキレイな人なんだろう! 歌も素晴らしい! って子どもの頃に思った。それでまな板にホイットニーのサインの練習をしてたみたいで(笑)。覚えてないんですけど。大人になってから、なんか同じような文字がグチャグチャたくさん書いてるまな板を見つけて、親に何コレ? って聞いたら、あんたが描いたホイットニーのサインだって(笑)。そのぐらい好きで。でも彼女はドラッグのせいで、お騒がせセレブみたいなイメージで亡くなった。ドキュメンタリー映画(『ホイットニー〜オールウェイズ・ラヴ・ユー』を観たんですけど、実績を称える映画じゃなく、ボロボロになっていく人生を、関わった人たちのインタビューで構成されたもので。ホイットニーには同性の恋人もいて、彼女がコカインを持ってきていたので、あの女がホイットニーをボロボロにした! 疲弊した娘のもとにドラッグを持って現れたレズビアンだ! って家族の視点も語られてて。ショウビズ界にもまれてボロボロになったホイットニーが彼女を信用しちゃったのは事実だろうけど、でもホイットニーをメチャメチャ働かせて金儲けさせてたのは、被害者ぶってる家族でもある。血縁者の横暴も出てくるドキュメンタリー。ずっと一緒だったシッターが、彼女が幼少期にとある人に受けていた虐待まで告白してて、もうほんと涙も出ないくらいでした。

──辛すぎる…。

ニイ:もう、こんなの出してもいいの? って映画だったんです。で、私はホイットニーをモチーフにした曲をいつか作りたいって思っていて。ソロなんだから作るぞ! って。川本さんは凄い好きだったアニメの主題歌「1/2」っていう曲が出会いです。“おとこの子になりたかった”ってフレーズがあるんですよ。子どもの頃それを聴いて、なんだか切ないというか、心に残って。ずっと大事な曲なんです。

──「1/2」を初めて聴いたのが…?

ニイ:中学1年ぐらいかな。まだジェンダーについての知識もないし、頭で整理ができるわけもなく。でもグイッと掴まれた。いろんなことが想像できる曲ですよね。そんな川本さんと、今回まさか自分で作った曲を一緒に歌えて、もう夢みたいなんです。「A.N.G.E.L.」に“あいつら うらやましいの?”って歌詞があって、川本さんは「“あいつら”って誰なの?」って具体的に質問してくれて。「どういうイメージなのか、どういうイメージをもって歌えばいいのか知りたいです」「ニイさんがどういう気持ちで書いたのか知りたいです」って、そんなことまで聞いてくださるの!?ってすっかり舞い上がってしまい、もう何だこいつ、と思われてもいい! と思って、ホイットニーの話をして(笑)。たぶん、ホイットニーは普通になりたい、普通の家庭で普通に幸せになりたいって思ってたと思うんです。でも普通の生活、普通の幸せってものがいいって、あなた自身が思ってるんじゃなく、思うしかなかったんじゃないですか? あなたは才能があって美しくて、でもボロボロになった。悪いのはあなたじゃなく、天使のようなあなたに群がった周りですよ。あなたはずっと素晴らしい声で歌ってきた。ほんの小さな頃でも、あなたの歌を大好きになった、こっちを信じてください! っていう…、ただある意味では、DIVAへの狂信的なファン心理でもある、という。はぁ、長い話ですね(笑)。“あいつら”っていうのは“普通の幸せ、普通の生活”っていう、世間が決めたことでもあるんです。いろんな含みを持たせたつもりではありますが。

──話を聞くとさらに曲の世界が広がるなあ…。

ニイ:で、「A.N.G.E.L.」で川本さんとMVを作った撮ったスタジオが、川本さんがファーストアルバムを作ったスタジオだったんですって。偶然にも。当時、曲ができなくて長いこと缶詰にされて、けっこう辛い思い出の場所だったらしく。そこは窓から高速道路や海が見えるんですけど、「この風景が凄くイヤなものだったけど、今日、同じ風景をとてもいい気分で見ることができました、どうもありがとう」って。

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──わー。素敵だ。

ニイ:もう、「エンダーーーー!!!」ですよ(笑)。川本さん、イヤな思い出だから記憶に蓋をしてるとこもあるのかなって。でも「心が違うだけで見えるものが変わるんですね。今日は凄く楽しかった。アルバムの完成を楽しみにしてます」って。で、そのスタジオで「A.N.G.E.L.」のMVを撮ってくれた監督さんが「芥川龍之介の『蜘蛛の糸』をイメージして撮りました」って言ってたんです。やっと辿り着いたー(笑)。

全ては過程で、結末はない

──やっと辿り着いたー(笑)。川本さんの話も、「解体」の同じ歌詞でも違って聴こえるっていうのも、まさに今作のテーマですよね。

ニイ:そうなんですよ! タイトルの『The Parallax View』は“視差”って意味で、様々な見え方があって、繋がったり、離れたり。偶然の積み重ねというか。実際、本当にいろんな視点の違いの積み重ねでできているアルバムって実感していて。

──本作はヨーロッパのイメージだったりアジア的なものも感じさせるけど、日本の童謡も浮かんできました。

ニイ:凄い嬉しいです。デヴィッド・ボウイが自分の曲にイギリスのわらべ歌を入れてたって本に書いてあって。そういう心を忘れなかった人なんだなあって。童謡はけっこう意識している、自分の音楽に入れているものです。簡単に口ずさめるフレーズというか。どちらかというとおじいちゃん、おばあちゃんっ子で、一緒に歌った記憶がありますね。出身が広島なんですが、特に祖母がいろんな話をしてくれていて。

──それこそ同じ場所にいて、まったく違う体験をしてきた人がそばにいたんですね。

ニイ:そうです。子どもの頃から原爆や戦争の話を聞いてたし。個人の視点だから余計に劇的なんですよ。「黒い雨が降ってきて、とにかく喉が渇いたから飲んだけど、瞬間で吐いて、変に鮮やかな黄色い色をしていた。あれを吐かなかったら絶対に死んでた」とか、学術的・医学的な言葉を知らないからか、視覚的でシンプルな表現なんです。おばあちゃんの性格もあるのかもしれないけど、「マリちゃん、飴あげるよ〜」ってのと同じテンションで原爆の話をする人で。一緒にお風呂入ってたから被曝痕も見てるし。おばあちゃんは「道端に人がたくさん並んで死んでた」「川にどんどん入っていって死体が流れてた」って言ってなあ、どんな感じだろうと、想像しながら川や街を歩いていましたね。

──ああ。もちろん、おばあちゃんの話は戦争反対の気持ちを強く持てる話、持たねばいけない話だけど、今生きてる同じ場所で、多くの人が亡くなって、その時そこにいた人がここに一緒にいて…。その不思議さというか。

ニイ:はい。いま話していて、広島でおばあちゃんと暮らしていたことは、自分の一つの大きなルーツなんだなって気づきました。

──ニイさん自身も聴き手も、聴くたびに気づかなかった自分、気づかなかった世界を見られるような、そんなアルバムだと思う。

ニイ:嬉しいです。

──なんかね、一曲一曲にも結末がなくて、アルバムを通しても終わりはないんだよね。こう、瞬間が連鎖していくアルバム。人生ってそういうものだ! って思った(笑)。

ニイ:そうなんですよね! たとえば言葉遊びみたいですけど、ロックンロールって、ロックしたものが転がっていくからロックンロール…、ロックはロックするってことかもしれないし、石かもしれないし、石は転がって砂になっていく、その砂が散らばっていく、でもまたどこかで砂が集まって石になっていくのかもしれない。形は変わっていっても終わりじゃないですもんね。常に過程。そう思えば変化も受け入れやすくなるんじゃないかなって。ジェンダーに対しても、男だからとか女だからとかっていう定義なんか必要ないし、男と女っていう、割り振る名前がついちゃっただけ、ならいいな。恋とか愛とかも単なる名前で、足りないことを補い合ってる間柄を、ただ好きだっていう間柄を、愛とか恋っていう名前に収めることもないと思うんです。逆を言えば全部が愛だし、全部が恋だっていいわけで。なんで何か形に収めなきゃなきゃいけないの? もっとフワッとしたものでいいんじゃないの? って思います。全ては過程で、結末はないんですから。


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