オカンといっしょ #12 Silver(前篇)「成人式に行かなかった奴の家には、ピーターパンがやって来る」

12月8日(金)17時0分 文春オンライン


人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。



 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。



◆ ◆ ◆


「この劇場の支配人です」


 僕はその人の事を、深夜番組で何度か見かけた事があった。その人は、かつてダウンタウンのマネージャーだった。


「普通は、芸人も作家も、養成所に入ってちゃんとそこを卒業してからここに来るんや。せやのに君はなんでここに来た? ……君は誰や?」


 話は、今から2ヶ月前に遡る。


「しばらく入院する事になったから」


「なんで?」


「病院の検査でガンが見つかってん。まだ、早期やから、別に大丈夫やねんけど。しばらく入院するから、洗い物のやり方とか教えるわ」


 いつも明るいオカンなのに、その時は何だか停電になったみたいに明かりが消えていて、真っ暗なオカンが僕に洗い物を教えてくれた。


 その時、思い出したのは、サリバン先生がヘレン・ケラーに水を触らせて「Water」だと教えたエピソード。


 洗い物を教わっている間、母からはまるで、もうすぐこの世から居なくなるみたいな空気が漂っていた。


 あの黒色も、この洗剤で擦って、今すぐに落とせたらええのになあ。


 もしもこのままオカンがおらんくなるんやったら、リモコンの一時停止ボタンを、間違いなくここで押す。すると、水道の蛇口から流れだした水も途中で止まり、宙に浮く。泡だらけのコップを、その水の下に置く。


 この水が母からの愛情、コップが僕で、今までずっと、当たり前のように注がれ続けていた事に気付く。


 洗い物をした後の手は、プールサイドの匂いがする。



 小学校の時の国語の成績は、最悪だった。教師はオカンにこう言った。


「毎晩、本を読み聞かせてあげて下さい」


 以来、オカンは毎晩、童話を読み聞かせてくれるようになった。


 たいていの童話には、何かしらの教訓が含まれている。しかし、すぐにオカンがめんどくさくなって、途中で止めてしまった。その時に読みかけだったのは『幸福な王子』。だから、僕はあの童話のラストがどうなるかを知らない。


 ずっとそれを知らないまま20歳になり、成人式の日がやって来た。だけど、僕は行かなかった。パジャマのまま生きていた1年間。ニートのまま迎えた成人式。


 まるで自分が、とんでもなく醜いバケモノになったみたいに、今の姿を誰にも見られたくないと思った。


 成人式に恥ずかしくて行けない、オレみたいな奴って、あと何人くらいおんねやろ? オレの知らないところで成人式は始まり、そして終わっていった。他人事。まるで、遠い国の出来事みたい。


 成人式に行かなかった奴の家には、ピーターパンがやって来る。連れて行かれる先は、ネバーランドじゃなく、自分の過去。


 その過去で、昔の自分に一言だけ言葉を投げかける事ができる。


「そのままやったら、こんな風になってまうぞ?」


 それでも僕は、同じように生きるのだろうか? もし、間違いなのだとすれば、どこから道を間違えた?


 もう元には戻せないし、戻すとしても、どこから戻せばいいのか分からない。


「君の将来はきっとよくなるし、この世界は素晴らしい」


『ライフ・イズ・ビューティフル』で父親が息子についた、素敵な嘘みたいな一言は、絶対に言えない。



 毎晩の読み聞かせを、途中で投げ出したオカンは、僕が大きくなっていくにつれ、代わりに父の話をしてくれるようになった。


 ガキの頃、父親の事を教えてくれとせがんでも教えてくれなかった理由は、その時に明らかになった。父の話は、子供には聞かせられないような童話の数々だった。


「あの頃、駐車場借りるお金なかったから、アンタのお父さん、いつも路上に車停めててんやん? その定位置に別の人が車を停めてるのを見るたびにキレて、車の後ろから突っ込んで、無理矢理押し出しとってん」


 R-15指定の過激な童話は、歳を取るごとに話のレイティングが上がり、ついにはR-18指定に。


「アンタのお父さん、ベランダでマリファナ栽培しとってんけど、隣の人が飼ってはる猫がこっちのベランダに侵入してきて、育てとったマリファナ、全部食べられてん」


 その腹いせに父は、火を点けた花火で隣人の家のインターホンをドロドロに溶かしたらしい。


 その家の猫はマリファナなんか食って、大丈夫やったんやろうか?


 オカンがしてくれた父の童話を聞いている間。


 父の車に押し出されて、後ろ側がえぐれた車。花火でドロドロに溶けたインターホン。マリファナ食って、笑う猫。Googleマップのストリートビューみたいに、父の周りにあった景色が、頭の中に浮かんだ。


 たいていの童話には、何かしらの教訓が含まれている。父の童話の中にだってそれはあった。


 オカンは、ガンで入院している。もし居なくなったら、生活ができなくなる。


 今までずっと、モグラのように地下にいた。その間に、上にある地上では道路が出来ていき、地上に出ようとしてもコンクリートに頭がぶつかって、土の中から出てこられなくなった。


 いくら面接を受けても受からないバイトの線は完全に消した。ここから先は、お笑い一本で生きて行く。


 父がマリファナを栽培したように、僕はネタを設定案から栽培しまくった。その双方には、共通点がある。最後に引き起こす作用は、人の笑顔だ。


 あの頃、周囲から忌み嫌われたマイクロシーベルトの量が、表現者になった瞬間からは、最大の武器に変わる。


 マイクロシーベルトを熱核融合し、水素をヘリウムに変換して、最終的には太陽光に変える。回転するヨーヨーみたいに、体内で心臓が回っている。『幸福な王子』の心臓は、銀色の鉛。


 僕がネタを作っている間、銀色の鉛の心臓がヨーヨーみたいに回転して、体内で火花を散らしている。


 そのネタのコピーを持って、向かった先はお笑いの劇場。今日までずっと、ネタばかり考えて来た。それしかして来なかった。ここは、オレのためにある場所じゃ。オレの定位置。後ろから思いっきり、衝突する車。


◆ ◆ ◆


つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)



(ツチヤ タカユキ)

文春オンライン

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