角栄が気を使った東大卒のエリート集団“官僚”の操縦術

12月8日(金)7時0分 NEWSポストセブン

昭和史に残る宰相の人心掌握術は(写真:時事通信フォト)

写真を拡大

 衆院選での大車輪の活躍を機に、政界の中心人物に躍り出た感のある小泉進次郎氏。その勇往邁進ぶりは昭和を駆け抜けたあの田中角栄の黎明期を思わせるものがある。出自も風貌も大きく異なる2人が、なぜ重なって見えるのか。(文中一部敬称略)


 政界でのし上がる条件は、当時も今も、官僚組織から「神輿」として担がれるかどうかにかかっている。


 霞が関には将来を見込んだ政治家に若手官僚を貼り付けて政策を指南し、手とり足とり面倒をみて出世させるシステムがあるからだ。


 角栄の周囲には、大蔵省(現財務省)、通産省(現経産省)などの気鋭の官僚が集まり、ブレーンとなって「日本列島改造論」をはじめとする田中政権の政策を練り上げていった。現在の自民党の中堅若手の中で“官僚が寄ってくる政治家”は進次郎くらいだ。


 本誌・週刊ポストは財務省と経産省が競い合うように進次郎を囲む勉強会を開き、政策から選挙応援演説の内容、立ち居振る舞いまで指導していることを報じた(11月10日号)。当選4回で霞が関の“総理養成講座”を受ける存在は他にはいない。


 表面的にはこれも「角栄の道」と同じに見える。だが、政界サラブレッドの進次郎と違って、高等小学校卒業の角栄が最も苦労し、気を使ったのが、官僚という東大卒のエリート集団の操縦術だった。


 角栄の時代は官僚全盛期。ヒラ議員は相手にされない。そこで官僚の入省年次から、家族構成、閨閥まで暗記し、夫人の誕生日には花を贈る気配りを見せた。派閥の子分だった渡部恒三は「東大法学部の同窓会事務局長みたいだ、と言ったら角さんにひどくどやされた」と本誌に述懐した。角栄が「人たらし」と呼ばれた所以だ。


 ただし、田中角栄の写真を2万枚も撮ったカメラマンの山本皓一氏がレンズ越しに見た実像はそんな“伝説”とは違う。


「田中邸を訪れた官僚に、角さんが『おい、そういえば今度息子が受験だな』と声をかける。近所のおせっかいなおじさんのような愛嬌たっぷりの表情だったが、言われた官僚の顔は真っ青になった。そこまで情報を知られているのかと肝を冷やすわけです。


 しっかり政界と霞が関に情報網を張り巡らせ、“誰がどこで何を言ったかわかるぞ”と凄味を利かせていたからこそ、官僚になめられる太鼓持ちにはならず、官僚はついてきた。進次郎が掲げたこども保険などの政策には財務省の知恵者の影がちらついているが、官僚に頼るだけでは、霞が関の傀儡にされるリスクがある」


※週刊ポスト2017年12月15日号

NEWSポストセブン

この記事が気に入ったらいいね!しよう

官僚をもっと詳しく

BIGLOBE
トップへ