落合陽一「2025大阪万博までの7年をどう生きるか」

12月8日(土)7時0分 NEWSポストセブン

落合陽一氏は今年、6冊の本を上梓した

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 この1年で6冊の本を出した(うち3冊は共著)落合陽一さん。「いずれもよく売れている。いま最注目の方」(高井昌史・紀伊國屋書店社長)と評される存在で、活動の幅は「メディアアーティスト」「筑波大学准教授」などの肩書きにはおさまらないものがある。その生の声を聞き、何を目指してしているのかを知るため、師走の渋谷に100人を超える聴衆が集った。作家の猪瀬直樹さんがホスト役となり進行したこの日のシンポジウム。テーマは「2021年以後のニッポンを考える」。そこで飛び出したのは、先日開催が決まった2025年大阪万博の話題だった。


 * * *

落合:後期高齢者に団塊の世代がすっぽり入るのは、くしくも2025年です。そうなったとき「いのち輝く未来社会」(注:2025大阪万博のテーマ)が来たといって、われわれは「わ〜万博だ〜」とやっているのですが、その裏では、1人あたりの医療費が高い世代が、国のメイン層として日本の財政にのしかかるようになるわけです。だから、それまでになんらかのテクノロジーで解決策をみつけるしかないんです。


猪瀬:課題先進国として、万博はそこで何かやるしかない。


落合:解決している状態をみせないと・・・。これが焼け野原です、にはなりたくないので、7年後に解決した結果を見せたい。なので時間がない。もう7年しかないので、ぼくは急いでいます。


──(会場から)大阪万博まであと7年。わたしたちは社会貢献のために、今、どうアクションすればいいのでしょう。


落合:成熟した社会ですべてのルールが定まっているとするならば、国民がやれることは選挙に行くこととか、政治的な意識を持つことだとか、それに参加するためのプログラムを作ることなのかもしれません。でもいまのわれわれ世代は、十分成熟していないので、積極的にSNSで発信したり7年後までにインフルエンサー(流行の発信源)になったりした方が、社会貢献度は高いと思っています。


 つまり、7年後になって社会の一員としてできることを探すのと、7年前のいまから気づいて情報発信をし続けることによって“意見の風上をとる”ことは、まるで話が別です。いまのわれわれは意見の風上をとれる段階にあります。たとえばメインのお仕事があるのなら、週1〜2日だけ考えを発信してみたりとか、発信を積極的にやるような意見会に出て、その後に発信してみたりとかです。そうやって、なんらかの情報サービスの中に自分を位置づけるのか、もしくは産業の中でもの作りで貢献するのもありでしょうけど、早く気づいて早く動いた方がいい時代です。


 いまこの世の中で、社会を変えるための方法を模索しながら考えて手を動かしている人の数なんて、極めて微々たるものです。だから、発信していった方がいいと思うんです。


猪瀬:2025を設定したってことが大事。設定したってことはそこに向けて動き、その先に解決があるってことです。こうした設定を出すことが大事だったんです。



──(会場から)1964年のオリンピックと1970年の大阪万博。これら過去にはどういう意義があったのか。そして、今回の意義は何でしょう。お考えを聞かせてください。


落合:1964年と1970年のことは全然しゃべれないですけど、ぼくから見たら、1964年に設計された東京都市で、いまもわれわれは生活している。そして1970年の大阪万博では「人類の進歩と調和」を統一テーマにした。あそこで示されたものに、もう、全天球カメラがあった。月の石もあったし、人類が考えられるSF的な未来の可能性はあそこにすべて包まれていた。これはみんな意外と見落としている事実です。インターネットも詰まっていて、それによって実現される社会はイメージの段階として広がっていったんですよ。


 われわれが今度の万博でやらなければいけないことは、現在までの間に実証されたことに基づいて、生活感をどう取り戻すかということ。未来のビジョンはもちろんある。そのビジョンから当たり前の風景が見えれば、もはや夢物語ではないとして扱ってもいいでしょう。


 東京五輪についていえば、1964年の時に作りかえられた都市構造を、われわれは工業的発展構造の都市から個別具体的分散構造の人口縮小型の都市に変えていかなければならない。その転換点が2020年にやってくるんですね。


 人口が増加して、もっとも効率的な移動手段はベルトコンベアです。東京には緑のベルトコンベアが走っていますよね。「山手線」というんですけど(会場、笑い)。ベルトコンベアの次に効率的なのが、ライントレーサーですね。自動運転です、要は。ニューヨークやシリコンバレーでは、自動運転の導入を進めている。なぜか。高速道路の出入口や橋でものすごく渋滞するので、その運転という労働から解放されたいんです。


 一方、日本の都市部で、なぜそこまで自動運転のニーズが高まっていないのか。ひとつには、タクシーがいっぱい走っていて、お金持ちはそれで移動できてしまう。また一方で、地下鉄、地上、そして物量化を担っている首都高速をはじめとするインフラが、すべてレイヤー(階層)に分かれていて人口の急激な増加に耐えきれるようになっている。それがわれわれ社会の特殊な都市構造だと思うのです。


 これから人口が減少したときに、その構造をどう作り替えるのかが、2020年(東京五輪)のひとつのテーマです。


猪瀬:1964年は首都高速ができました。東海道新幹線もそうです。ソ連映画『惑星ソラリス』(1972)は東京の首都高を走るシーンを、未来都市として描きました。1970年の大阪万博も未来をそこに置いたんですね。でも、およそ50年経っているので、「未来」はそろそろ一回りする。1964年と1970年には、落合君は生まれていなかったしね。


落合:そうですね。ぼく31なんです。みなさんによく年がわからないといわれます。でもぎりぎり昭和生まれ。だからここ(猪瀬さんと自分)は同じ世代なんです(笑い)。



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 年の差41を感じさせないやりとり。それは、落合さんが猪瀬さんの著作の愛読者でもあるからのようだ。


《猪瀬さんは作家として「日本の近代」を大テーマに掲げ、多くの著作を書いてきた。その分野は、巨視的な歴史であり、日本の官僚制であり、文学であり、先の大戦であり、メディアでありと非常に多岐にわたっています。》『ニッポン2021−2050 データから構想を生み出す教養と思考法』落合陽一、猪瀬直樹(KADOKAWA)「まえがき」より


 その猪瀬さんは今年、「日本の近代」をテーマに16巻になる電子書籍版の著作集を完結させた。いっぽう落合さんは、最新刊『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる学ぶ人と育てる人のための教科書』で、「人生100年時代」に本当に必要な教育について思考を深めている。


 さて、7年後、この2人が大阪万博に「出品」するのは、どんな未来になるのだろうか。


【プロフィール】おちあい・よういち/1987年生まれ。メディアアーティスト、東京大学学際情報学府博士課程修了、博士(学際情報学/東京大学)、筑波大学准教授、筑波大学学長補佐、筑波大学デジタルネイチャー推進戦略研究基盤代表、Pixie Dust Technologies.inc CEO、大阪芸術大学客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授、JST CREST xDiversity代表。オンラインサロン落合陽一塾主宰。著書に『これからの世界をつくる仲間たちへ』(小学館)など多数。


【プロフィール】いのせ・なおき/1946年生まれ。作家。1983年に『天皇の影法師』『昭和16年夏の敗戦』『日本凡人伝』を上梓し、1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞。評伝小説に『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』『こころの王国 菊池寛と文芸春秋の誕生』がある。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞。2001年10月より「『日本の近代』猪瀬直樹著作集」全12巻を小学館から刊行する。2002年、小泉首相より道路公団民営化委員に任命される。その戦いの軌跡は『道路の権力』『道路の決着』に詳しい。2006年に東京工業大学特任教授、2007年に東京都副知事、2012年12月に都知事。2013年12月辞任。2015年12月より大阪府市特別顧問。近著に『東京の副知事になってみたら』『救出─3.11気仙沼 公民館に取り残された446人』『民警』などがある。


※シンポジウムは、2018年12月5日、日本文明研究所(猪瀬直樹所長)主催により東京渋谷で開催された。

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