『明日の約束』で母演じる手塚理美の鬼の形相は実に高度な技

12月9日(土)16時0分 NEWSポストセブン

番組公式HPより

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 印象は地味だが関係者とコアな視聴者の評価は高い佳作、そんなドラマが火曜の夜に放送されている。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が指摘する。


 * *  *

 上野の森美術館で開催中の「怖い絵展」が最大3時間半待ちと空前の人気とか。一方、テレビの中にも傑出した「怖いドラマ」があります。ゾッとする回数ではピカ一と言えそうな作品が『明日の約束』(フジテレビ系火曜午後9時)。


 主人公のスクールカウンセラー・藍沢日向(井上真央)を軸に、生徒・吉岡圭吾(遠藤健慎)の謎の死をめぐって想像を絶する人間関係が浮かび上がってくる、ヒューマンサスペンス。中でも、3人の人物の、怖さの「グラデーション」が際立ちます。


1. 最初から怖い人


2. だんだんに怖くなる人


3. 突如、怖くなる人


 3つの「パターンの違う怖さ」が潜んでいるのです。


1. 最初から怖い人 = 藍沢尚子


「最初から怖い人」とは、主人公・日向の母親である尚子(手塚理美)です。過干渉でヒステリック。ささいなきっかけで突如、鬼の形相になり娘を怒鳴る。それがあまりの迫力で怒りの風圧を感じ、画面のこちら側にいる視聴者までビクっとするほど。


 瞬間的に強烈な怒りを爆発させるような演技は、役者としても非常に難しいはず。自分の中で怒りを高めてマグマを充満させ、ギリギリのところまで膨らませて一気に噴出させるのですから。実に高度な技であり、役者としてとことん気持ちが入っていないとできない表現でしょう。


 演じている手塚さんご本人も、「自宅に帰って自分に戻るとガクッと来て、全身がだるくなる感じです。そのぐらい、気持ちが全部乗っていないと、この役は出来ません」とインタビューで語っているほどの狂気的キャラクター。すでに視聴者は、尚子が必ずどこかで怒り始めることを察知しています。だから、静かで穏やかなシーンこそ、不気味。爆発する怒りを予感してしまうからです。


 怖いのは、爆発する感情だけではありません。セリフも怖い。


「ママに隠れてこそこそ恋人作って。そんなことやってるから偉そうにスクールカウンセラーなんていってて生徒を自殺させちゃうのよ」「あんないい人、あなたには釣り合わない」


 娘をずたずたに傷つけるコトバ。怖いものは、まだあります。「明日の約束」という過去の日記ノートの存在です。幼い娘に対して母が記した、文字が並んでいます。


「ママがいいと思ったお友達以外と遊ばない」

「読む本もおもちゃもお友達も全部ママが選んであげる」

「ママに口ごたえしない」

「ママが怒った時はすぐにごめんなさいという」


 それを「明日の約束」と称して、「ママは日向のことが大好きです」と結ぶエゴ。恐ろしい毒親の支配力。そんな毒母と、日向は大人になっても一緒に暮らし続ける。なぜなのか。傷つけられる相手と離れて、家を出ればいいのに……と素朴に疑問が浮かぶのですが、次第に理由が明かされていきます。


 母は娘をかばおうと転落し大けがを負い手が不自由。そうした過去の事実が、呪縛となって娘の中に潜んでいることが見えてきます。第8話ではやっとのことで、「私はお母さんの所有物じゃない」と母へ気持ちをぶつけた日向。結末へ向かって、二人の関係の緊張度は最高潮になっていく……。


2. だんだん怖くなる人 = 吉岡真紀子


 謎の死を遂げた吉岡圭吾の母・真紀子(仲間由紀恵)の怖さは、尚子とはまた質の違ったものです。最初は、イジメに遭った息子が自殺したという「被害者の息子の母」、つまり悲劇的人物として登場したのですが、次第に真紀子の不可解な行動が明るみに。


「自殺の原因は学校にある」とばかりに攻撃するモンスターペアレントぶり。実は圭吾の死後になりすましメールを送っていた、という事実。さらに、息子の部屋を盗聴していたことが暴露されていく。息子を支配していた毒親ぶりや精神的虐待行為が次第に判明してくるのです。


 そう、一見すると「良い親」が実は「怖い親」だったという展開はある意味日常的で、それがまた怖い。


3. 突如、怖くなる人 = 本庄和彦


「突如、怖くなる人」とは、日向の婚約者・本庄和彦(工藤阿須加)。和彦を演じている工藤さんは、青春という言葉が似合うイケメン。爽やかなスポーツマンタイプで、決して「怖い人」ジャンルではなかったはず。しかしそれが、今回のドラマでガラリと変わました。


 日向が「両親に愛されて育ってきたカズには私の気持ちはわからないよ」「お願いだから、もう私とあの人の間に立とうとか考えないで」と恋人の和彦に語った。まさにその瞬間です。和彦の手がコーヒーカップに伸び、宙を飛んで割れる。日向の髪の毛をつかみ、「親を悪く言うな!」と恫喝。


 大きく剥いた目は狂気の色が浮かび、まさに鬼の形相。それまで穏やかだった和彦の、突然の豹変。あの工藤くんがまさか。恋人にむかってDV。それも「演技している」といったヤワな感じではなくヤバイ感じ。目がいってる。ヒヤリとする。予想外の展開に、驚愕した視聴者も多いのではないでしょうか。


 もちろん、それは役者としての力量がある証し。予想を裏切るような人物になりきれるのですから。工藤さんの役にかける強い想いもひしひしと伝わってくる。今後も、違った姿を見せてくれるのではないかと期待も膨らみます。和彦のこの暴発は、実は兄のDVに起因していることがストーリーの中で示唆されました。この先どうなるのかが、怖い。


 3人は3人とも悪人ではない。だから怖いのです。「あなたのため」と言いながら、相手を縛ろうとする。自分を守りたくて、他人をつぶしてしまう。


 残念なことに『明日の約束』は「暗い」「重い」という感想もあり視聴率もぱっとしないドラマなどと言われていますが、じっくり腰を据えて見ている視聴者も多いはず。なぜなら一つ一つの人間の感情の起伏をおざなりにせず向き合い、丁寧に、そして繊細に描き出そうとしているから。犯人は誰かという謎解き以上に、人間の不可思議さ、深さ、怖さ、強さといったものに迫ろうとしているからです。


 明るくゆったりとした平凡なメロディが通奏低音のように流れ、そこに突然顔をのぞかせる暴力。それが私たちのいわば日常風景だということを、このドラマは伝えています。同時に、暴力の支配から脱却していく強さも、現実に存在していることを。

NEWSポストセブン

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