がん生還のなかにし礼氏「善き人」より「正直者」人生を説く

12月10日(月)11時0分 NEWSポストセブン

2度の闘病をくぐり抜けた

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「がんは二人に一人がかかる、平凡でありふれた病気です。ほとんど避けられないのだから、落ち込むのではなく、実際に患った時にどう病気と向き合い、自分の人生をどう豊かに変えるかを考えたほうがいい。僕自身、がんを経験したことで、新しい自分を知ることができたんです」


 こう語るのは、北島三郎『まつり』などで知られる作詩家で作家のなかにし礼氏。二度のがんから生還したなかにし氏は、この病気との付き合い方を最もよく知るひとりである。なかにし氏は、二度の闘病を経て到達した境地を『がんに生きる』(小学館刊)に綴った。


 最初の発覚は二〇一二年。声が引っ掛かると感じて受診すると、ステージIIIの食道がんと診断された。


 心臓に持病があり、健康管理に人一倍気を遣っていたなかにし氏にとって、まさに青天の霹靂だった。


「すでに七十歳を過ぎていたとはいえ、“何で僕が”と驚きました。いかに順風満帆な人生でも、がんになった瞬間に一変して嵐が訪れます。そこから新しい人生がスタートするんです」(なかにし氏、以下「」内同)


 医師は「すぐ切らなければならない状態」と手術を勧めたが、あまりにビジネスライクなやりとりに違和感を抱き、切らない治療法を選んだ。選択したのは妻と調べて見つけた国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)での陽子線治療だった。治療の末、がんは消え、寛解した。


 だが、それから二年半後、食道近くのリンパ節にがんが再発。今度は陽子線治療ができない場所だった。もし、がん細胞が隣接する膜壁を突き破る「穿破(せんぱ)」が生じたら、多臓器不全になって、もって五日とも告げられた。この時に医師からは「一日一日を大切に生きてください」と言われた。



「再発は覚悟していたけど場所が悪かった。いつ穿破が生じるかわからず、死神にポンポンと肩を叩かれるような恐怖心があった。死の仮宣言書を受け取ったような気分でした」


 観念して手術を受けたが、患部を切開すると、想像以上に気管支と密着しており、がんを摘出できなかった。


「その後、前回のがんで陽子線治療をしてくれた医者らに熱心に勧められ、抗がん剤治療を始めました。二十四時間の投与を五日連続で行なう壮絶な治療で、目まいや吐き気がし、自宅で転倒して背骨を圧迫骨折しました。計五回の抗がん剤治療中、何度も気持ちが折れそうになったけど、幸いにしてがんはどんどん小さくなった。陽子線も当てられるようになり、計十二回の陽子線治療でがんが完全に消えました」


◆「善き人」でなくていい


 なかにし氏は、「がんになっても医者に丸投げすべきではない」と強調する。


「これまで医者の言う通りに従って死んだ患者がたくさんいるわけで、それじゃつまらない。中にはあてにならない医者もいる。最初のがんで手術を勧めてきた医者に後から『何で陽子線を勧めてくれなかったんですか』と聞くと、『ウチの病院にはないから』と言われました。医師に丸投げして、みすみす命を落とすことはありません」


 がんになった時、頼るべきは医者の「人格」ではないとも話す。



「いくら医者が人格者で、いい人だったとしても、治療には関係ない。僕を助けてくれたのは、がん専門病院が持つ圧倒的な情報量と症例、優秀な看護師でした。看護師の力量は重要で、東病院では僕が『今日は元気が出ない』と言うだけで、看護師が『それはあの薬が原因なので、こうしましょう』とアドバイスをくれた。やはり患者としては、総合病院よりもがんを治すことに全力を傾けている医療機関のほうが安心して治療を受けられました」


 がんのような重い病ほど患者は、“名医”を頼りがちで、「先生の機嫌を損ねたらどうしよう」と医者への意見を躊躇してしまう。しかし、なかにし氏は、がん患者は「善き人」であるよりも、「正直者」になることが大切と主張する。


「僕は“正直者”としてのがん闘病を選びました。実際、最初のがんで医者に言われるがままに、善き人として手術を受けていたら、僕はもうこの世にいなかったかもしれません。医者の機嫌なんていくら損ねてもいいから、自分に正直に生きることが大切なんです」


◆僕も「正直な人」になれた


 なかにし氏が挙げたのは、黒澤明監督の名作『生きる』だ。


 この映画では、市役所で働く主人公が胃がんで余命いくばくもないことを知り、絶望感からパチンコやストリップ劇場で放蕩する。その後、主人公はかつての部下のはつらつとした姿を目の当たりにして生きる意味を見出し、市民が必要とする公園の建設に乗り出す。そして様々な無理解や妨害を乗り越えて公園を完成させたのち、穏やかに息を引き取る。



「善良なサラリーマンだった主人公は、がんになったことで目覚めることができ、組織の構造からはみ出しても自分の夢を満たすことに奔走しました。彼は善き人であることをやめて正直な人間となることで、残りの人生をまっとうに生き切ることができたんです」


 患者が正直者になれば、医者も変わるとなかにし氏は主張する。


「医者にしても、丸投げしてくる患者には魅力がないんです。恋愛だって、“俺にぞっこんの女だ”となると何の興味もわかないでしょう(笑い)。でも患者が本気になって、医者と闘うくらいの真剣味を持って接すると、“医者と患者”を超えた人間同士の会話が成立する。僕は最初のがんの時に医者と正面から向き合ってよい人間関係を築いたから、再発してもずいぶん助けてもらえました。患者が治療に対する情熱や強い意欲を持つことは、がんと闘ううえで欠かせません」


※週刊ポスト2018年12月21日号

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