母から殴られ続けた女性「母は私の成長・成功望んでない」

12月11日(日)16時0分 NEWSポストセブン

引きこもる娘を母は喜んだ。31才女性の告白手記(写真/アフロ)

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 嫉妬、裏切り、無視、侮辱…。人生の中で、辛い経験をした人は数多い。向井美千代さん(仮名、東京都・31才)もそんな一人だ。「自分を変える」ために、辛い経験を告白する。


 * * *

 私の母が、世にいう“毒親”だと気がついたのは、いつからだったか。母の甲高い声やしぐさ、狂気をはらんだ視線を思い浮かべるだけで、身がすくんで身動きが取れなくなることが、普通ではないことを知ったのはいつからか。


 私は、父が45才、母が36才のときに生まれたひとりっ子。結婚7年後にやっと授かった子供だったそうです。商社マンの父は、海外単身赴任が長く、一緒に生活をするようになったのは私が8才のときで、それまでは母にべったり。朝から夜寝るまで、どこへ行くのも一緒でした。


◆小5の娘に「色気づいて恥ずかしくないのか」と、鬼の形相


 あれは、初潮を迎えた小5の夏のこと。母は処置の仕方を教えながら、なぜか怒っていました。「まったく、マセてるんだから」と、ぶつぶつ言われても、私は戸惑うことしかできません。


 その頃です。友達が、ふくらみ始めた胸を隠すために、スポーツブラをつけだしたので、「私も欲しい」と洗濯物を畳んでいた母に訴えました。


「体育のとき、男子が『おっぱい、おっぱい』とからかうの」と言うと、「お前は何を言っているんだっ! 色気づいて、恥ずかしくないのか」と、鬼の形相。以前から、母は怒ると見境がつかなくなりましたが、そのときは尋常ではありませんでした。


 顔を思いきり拳で殴られ、思わずにらみつけると、あとは覚えていませんが、よく朝、私の目の周りには、隠しようがないほどのあざができていました。中2でやっとブラジャーを買ってもらうまで、私はシャツを2枚重ねに着て、肩をすぼめて胸のふくらみを隠していました。


 母は、同級生がごく当たり前にしていることを私がすると、ことごとく感情を爆発させます。たとえばわき毛を剃っている場面を見つかったときのこと。「親からもらった体に、なんてことをしているんだ」と、甲高い声が部屋に響き、後は殴る、蹴る。



 母の手を払いのけようとした拍子に殴り返してしまったときは、生ごみが飛んできて、嘘のような話ですが、包丁まで飛んできました。母はそうなると、ご飯を作らなくなります。私が包丁を握ることは禁じられていたので、生のにんじんやきゅうりをかじって、空腹を満たしたこともあります。


◆殴る、蹴るの後で、「あなたのことを思って叱っている」と恩に着せる


 私が混乱したのは、感情をぶちまけて落ち着くと、母は必ず、「こんなにあなたのことを愛しているのに、なぜ怒らせるの」と泣くこと。さらに、「私はあなたのことを思って叱っているのよ」と恩に着せること。


 父は出張が多く、めったに家に帰ってこないので、私に逃げ場はありません。私もなんとか母と折り合いをつけようと、必死でした。夜、試験勉強をしていて、ふと顔を上げると、ドアを薄く開けた母が監視していたことがよくありました。


 もちろん不愉快ですが、その時の私には目標がありました。母が「親の反対で行けなかった」といつも言っていた都立高校に入ろうと思って勉強をしていたのです。母を喜ばせたくて。


◆生きることをやめようと引きこもる娘を、母は喜んだ


 ところが予想もつかないことが起こりました。私の志望校を知ると、「どうせ落ちるわよ」と取り合ってくれません。「先生は大丈夫だって」と言い終わらないうちに、母の顔はみるみる土気色に変わりました。


「私はそんなこと許さない。今まで育ててきてやった恩を何だと思っているんだ。お前は私の言う通りにすればいいって、まだわからないのか」


 私はやっと母の本心に気づいたのです。母は私の成長も、成功も望んでいないことを。 思えば、子供の頃からそう。私は、翌日からあらゆる努力をやめました。合唱部の副部長をやめ、部活もやめ、ずっと習っていたピアノもやめ、いっそ生きることもやめようか、と…。


 学校に行かず、部屋に引きこもる日が増えると、私の思った通り、母はありきたりのことは言いますが、もう感情で怒らなくなりました。自分の巣で、娘が息をしていることが、うれしかったのでしょう。


「お前だけ幸せにはさせないからね」


 母は、なんでもないことのように、私にそう言ったのです。



 もちろん母の言葉に驚きましたが、かといって刃向かう気力もない。私は疲れ切っていて、朝、無言でご飯を食べると、昼まで寝て、本を読んだり、ゲームをしたりして過ごしていました。


 そんな私に、「買い物行くけど、何か欲しいものはないの〜?」と母は上機嫌でした。ところがある日、どうしても朝起きられず、嘔吐も止まらない。慌てた母に病院に連れて行かれました。


 内科医は私だけを呼び出し、なぜか母のことばかり根掘り葉掘り聞き出そうとします。 そして「今度はお母さんとカウンセリングにいらっしゃい」と言うのです。なぜ母がいなくてはいけないのかと不思議で、母に話しませんでした。


 その後、同じ病院には行かず、別の病院で「胃炎」と診断されました。自分と母の関係が、医者が一目で見破るほどの問題を抱えているとは思いもしなかったのです。小学生の頃から、食べては吐きはいつものこと。母もそれは知っていましたが、叱られたことはありません。


 実は母も子供の頃から同じ癖があって、私と母は「後ろから見たらわからない」と父が言うほど、細身の背格好が似ていました。


◆私を殴っていた手で、母は老いた実父を殴り出した


 そんなとき、わが家に母の父、祖父が住むことになりました。祖父の耳が遠いということもあったのでしょうが、毎日、朝から母の怒鳴り声で目が覚めます。そのうち、祖父の悲鳴が私の部屋にも届き、いてもたってもいられない。私を殴っていた手で、母は老いた実父を殴りだしました。


「ひぃ〜、ひぃ〜」


 祖父の泣き声は、この世の生き地獄の声。それは自分が殴られるより、ずっと悲しいものでした。


<次回へ続く>


※女性セブン2016年12月22日号

NEWSポストセブン

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