内野聖陽 家康の役作りで「実は臆病」見せるのに苦労した

12月11日(日)7時0分 NEWSポストセブン

徳川家康役の動きは最後まで目が離せない

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 最終回の12月18日(第50回)に向けて、ラストスパートに入ったNHK大河ドラマ『真田丸』。手に汗握る展開が続いている『真田丸』について、撮影が終わって一息ついている徳川家康役・内野聖陽(48才)が振り返った。


——家康役を演じて、手ごたえは?


内野:テレビが壊れてしまって、自分の家康をちゃんと見れていないんですよね(笑い)。『真田丸』の家康は、簡単にいうと、鬼退治の鬼のような存在かなと考えていたんです。すると三谷(幸喜さん)さんが、臆病で慎重で気の小さい男として家康を描いていたので、非常に戸惑いました。当初は手探りで演じてましたが、三谷さんから「とてもよかった」とメールが来たので、安心したのを覚えています。


——三谷さんから、役作りの指示はあった?


内野:具体的にはないですね。今回の家康は私の慎重派なところをうまく利用されたのかな、と思いました。以前ご一緒した三谷さん作・演出の舞台で、性格を見抜かれたのかもしれないですねぇ。ぼくは石橋叩いて、叩き割っちゃう方ですしね(笑い)。


 でも、ただ不安症というだけでは真田の敵になりえないので、中盤戦は悩みました。若い頃の家康は臆病でいいと思ったんだけど、真田にとっての強敵であり、大大名であるわけだから。そういう風格や威厳を見せながら、実は臆病、っていうのを垣間見せなきゃいけないかなと。


『真田丸』の家康って、悪役然としたキャラクターにもなれると思うんです。でも三谷さんの場合、家康に悪役になってほしくないという信号が、たくさん埋め込まれていたように思います。


——たとえば?


内野:最終回で、家康と真田幸村が対峙するシーンがあります。幸村よりも時代の先が見えている男として対峙させているんですよね。単なる悪役というよりは、愛を持ってと言うと変ですけど、慈悲の心を持って幸村と対峙したんじゃないかなと思います。


 ただ単に真田が憎いとか鬱陶しいというだけじゃなくて、「これからは平和な時代だぞ。わしを殺してもいいけど、それでは何も変わらない、目を覚ませ」みたいな。親父が息子に言うような、慈しみの心をちょっと込められたかなと思っているんですけど。


——信繁(幸村)のことは、息子のような感情もあった?


内野:聡明な息子でもあり、恋に落ちている感じもあったと思います。彼をリクルートしようとする回があったでしょ。でも断られるんですね。そのとき、とても振られた気持ちになりました。振られたからこそ腹が立つことってあるじゃないですか。


——家康にとって、真田はどういう存在でしょうか。


内野:敵だけど対等に対峙しちゃいけないと、常に自分を戒めていました。家康は桁違いの大名じゃないですか。対して真田は、信州の田舎侍でしかないんです。それとの戦いだから、真っ向勝負になっちゃうと、家康が小さくなっちゃうんです。だから念頭に置いていたのは、「たかが信濃の田舎侍、でも面倒くさい奴だ」。喉に引っかかった小骨のような存在として捉えていました。


——大坂の陣は、家康は自信満々だった?


内野:そうですね、楽勝だろうと。ただ、大坂の陣の頃は世代交代の時代で、兵は戦争を知らない若手の世代なんですよ。だから三谷さんは、面白いシーンを用意してくださいました。


 敵の攻撃を避けるための“仕寄せ”という塹壕(ざんごう)のようなものを、徳川方の若手たちが掘っているんです。それを散策している家康がそれを見て「違う!」と、自らシャベルを持って掘っちゃうシーンがありましたよね。実はあのシーンで、腱鞘炎になったんですよ(笑い)。


——楽勝と思っていた家康が慌てるシーンもありますね。


内野:伊賀越えで走るときは、家康は40代ぐらいだったんだけど、大坂の陣では70代になっています。だから、よちよち歩きっぽく演技し始めていたんですね。じいちゃんになったらこうなるのかなって自分なりに想像して、芝居に取り入れたんですね。


 そうしたら台本をもらって、またまた伊賀越え以上に走って逃げるシーンがあって。「ことのほか健脚である」なんて書いてあって。「えっ!」って(笑い)。これが連ドラの怖いところで、次の話をもらっていないので、計算ができないんです。それで、おじいちゃんでも火事場の馬鹿力でダッシュをかけるんだ!という開き直りで演じてましたね。いや、やっちゃいましたね。普段よちよち歩いているくせに、すごい走り方をしているシーンは、必見です(笑い)。


——草刈正雄さんとの共演の感想を教えてください。


内野:ぼくも草刈ロスになりました(笑い)。前半は、真田といえば武藤喜兵衛(真田昌幸が武田信玄に仕えていた頃の名)! その名を聞くたび、アレルギーがありましたが、息子はノーマークでした。草刈さんこそが自分の敵、みたいな気持ちだったので、草刈さんとの撮影の日は、気合がいつもと違いましたね(笑い)。


——本多正信役の近藤正臣さんとの共演は、どうでしたか?


内野:近藤さんは時代劇の所作であるとか、たくさんの知識を持ってらっしゃるんです。家康が正信に「どうだ?」と視線を送るのと同じように、芝居をやった直後に私が演出家と演技についてああだこうだやっていると、「ありだと思いますよ、内野さん」と、やさしく後押ししてくださるような存在でもありましたね。


 たぶん近藤先輩としては「こうした方がいいよ」と言いたい時がたくさんおありだったのかもしれない。でも、グッと押し殺していらっしゃったと思うんです。それは家康に対する正信との関係性に似ているなと思いました。


 近藤さんとの掛け合いは本当に面白くて。最初は台本の指定どおり、“正信を見る家康”と書いてあると、いちいち見ていたんです。でも、見なくても以心伝心のように分かりあえてからは、芝居がスムーズに運び、楽しかったです。


——主演の堺雅人さんはどんな役者ですか?


内野:彼は博士とか教授とか学者とか、そういう感じ。非常に研究熱心で、物事を多面的に捉えています。ある日、十文字槍を扱う練習をされていたんです。「他の槍ではなく、十文字槍である必然性を出したい、どうしたらいいか」ということを、喧々諤々、殺陣師と演出家を交えてやっていらした。確かに十文字槍を持っていたらお客としては、ちゃんと使うところを見たいよなって、妙に納得しました。この人は研究熱心だなって思いましたね。


 彼は非常に物事を良く考えるし、今回は歴代の大河の主役の中でも常に動き回っていて、受けの芝居が要求されたんじゃないかと思います。柔らかくいろんな人を受ける、その感覚器の多さ。受け芝居の名手ですね。ぼくにはできないなと思いました。彼は、稀有な役者さんだと思います。


【内野聖陽(うちの・せいよう)】

1968年9月16日生まれ。神奈川県出身。1992年、早稲田大学在学中に文学座研究所に入所。1996年出演のNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』で広く知られるようになる。大河ドラマ出演は2007年『風林火山』主演など、『真田丸』で3度目。


◇NHK大河ドラマ『真田丸』

毎週日曜、NHK総合20時、BSプレミアム18時放送。後世に「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と評されることになる、真田幸村の成長物語。三谷幸喜脚本。

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