富岡八幡宮斬殺 弟の積年の恨みと凶行へのスイッチ

12月14日(木)7時0分 NEWSポストセブン

骨肉の争いから惨殺事件への理由は?

写真を拡大

 約400年の歴史をもち、江戸三大祭りの1つに数えられる「深川八幡祭り」の舞台・富岡八幡宮(東京都江東区)が鮮血に染まったのは、12月7日の夜8時半頃だった。帰宅した宮司の富岡長子さん(享年58)に、弟で元宮司の富岡茂永容疑者(享年56)と、妻の真里子容疑者(享年49)が襲いかかった。


「茂永容疑者は車に逃げ込もうとした長子さんを引きずり出し、刃渡り約80cmの日本刀で後頭部や胸などを切りつけて殺害。その場から逃げた運転手も、100mほど離れた場所で真里子容疑者に切りつけられました。運転手の右腕は、切断に近い状態だそうです。その後、茂永容疑者は長子さんの自宅前に戻ってきた真里子容疑者の胸や腹を刺して殺し、続いて自らの心臓をサバイバルナイフで串刺しにして自殺しました。その間、わずか5分の凶行でした」(全国紙社会部記者)


 9日、茂永容疑者が姉への恨みを綴った手紙が関係先20か所以上に届いた。


《さて、先ずは約30年に亘り続きました、富岡家の内紛について、その真相を此処にお伝えさせて頂きます》


 そんな文言で始まるA4用紙8枚に及ぶ手紙の中で茂永容疑者は、かつて宮司を務めた父・興永さんや長子さんの悪行を告発。長子さんを追放して、茂永容疑者と1人目の妻との間に生まれた息子・A氏を宮司に迎えることを求め、最後にこう結んだ。


《もし、私の要求が実行されなかった時は、私は死後に於いてもこの世(富岡八幡宮)に残り、怨霊となり、私の要求に異議を唱えた責任役員とその子孫を永遠に祟り続けます》


◆茂永容疑者の女癖


 興永さんの跡を継ぎ、茂永容疑者が神社の代表者にあたる「宮司」に就任したのは1995年のことだった。


「元来派手好きで、神輿を名物にして祭りを盛り上げたり、新横綱の刻銘式を復活させて土俵入りを行ったりとかなりのやり手。ただ、遊び人で、神社の金で銀座のクラブで豪遊三昧。一晩で数百万円使ったこともあったそうです。


 女性関係も派手で、真里子さんと結婚する前に2回結婚歴があって、他にフィリピンパブなんかで働く外国人の愛人も複数いました。お金や女性関係を暴く怪文書がばらまかれ、2001年に宮司を退任。この件について茂永は、“長子がおれを陥れるために画策した”と、憤りを募らせていました」(茂永容疑者の知人)



 宮司には興永さんが復職。茂永容疑者は1億2000万円の退職金に加え、毎月30万円が渡されることになった。しかし、それでも宮司職にいるときと比べれば使えるお金は雲泥の差だった。


《今年中に決着をつける、覚悟しておけ。積年の恨み、地獄へ送る》


 2006年、茂永容疑者がそう綴ったはがきを長子さんに送り、脅迫罪で逮捕された。2010年、父が病気を理由に再び宮司の立場を離れ、その席についたのが長子さんだった。


「全国の神社を取り仕切る『神社本庁』から承認されなかったため、長子さんは宮司代務者という扱いでしたが、実質的なトップに立ちました。すると翌年、長子さんは神社に勤めていた、茂永さんの長男A氏に突然、解雇通告。姉弟間だけじゃなくて、長子さんとA氏の間にも軋轢があったんです。以前、境内にある建物でボヤ騒ぎがあった時、長子さんがA氏に“お前が火をつけたんだろう”と犯人扱いして罵声を浴びせたこともありました。“粛清”だったんでしょうが、不当解雇を理由に裁判沙汰にまで発展しました」(神社関係者)


 姉弟の確執がピークに達したのは2017年の夏だった。長子さんが茂永容疑者への毎月の金銭支援を打ち切ると通告。さらに9月、いつまで経っても宮司と認めないことにしびれを切らして神社本庁から離脱し、宮司に就任した。これが凶行のスイッチだった。


※女性セブン2018年1月1日号

NEWSポストセブン

「富岡八幡宮」をもっと詳しく

このトピックスにコメントする

「富岡八幡宮」のニュース

BIGLOBE
トップへ