「編集さんにもわからないように」こうの史代が語る『この世界の片隅に』にちりばめた“しかけ”

12月15日(日)6時0分 文春オンライン

 映画「この世界の片隅に」に30分の新作映像を追加した「 この世界の(さらにいくつもの)片隅に 」が12月20日に公開となります。映画をより楽しむために『 この世界の片隅に こうの史代 片渕須直 対談集 』が発売されました。監督や作画スタッフがこだわり、苦労を重ねた“原作漫画のしかけ”についての対談を公開します。



©2019こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会


◆◆◆


──こうの先生の原作漫画は、繰り返し読んでいると気づくような“しかけ”があります。「この人とこの人、同一人物だったの?」とか。ああいった“しかけ”は、どの段階で考えるんですか?


こうの あれはわりと最初から考えています。今日は双葉社の編集さんが会場に来ているので、ちょっと言いにくいんですけど(笑)。最初から気づくような描き方をすると、「もっとわかるように描かないとダメです」って言われるんです。やっぱり最初に雑誌に載るときは、そのマンガのおもしろいところは前面に出したいところですからね。でもそうすると、肝心のテーマとのバランスが崩れる場合があるんですよね。だから、わざと編集さんにもわからないように描いておくんです。あとあと読者が気づいてくれればそれはそれで楽しいかな、くらいに思っています。いま“しかけ”と言われたようなことは、スルーしてもらえるように描いているんです。



片渕 こうのさんの漫画は常にパズルみたいなところがあって、いろいろなところに“しかけ”が施されているのが魅力です。だから、いまこうのさんが「スルーしてもらえるように」とおっしゃいましたが、読者としてはそこまでスルーできないんですよ(笑)。1回目に物語を追うようにして読んだときには、たしかに気づかないんだけど、そのときに「あれ? なんか引っかかったんだけど、これなんだろう?」という違和感は残ります。だから2回目以降、すごく細かいところまで目を凝らして見ていくと、そのたびに発見があって「これとこれが、こういう関係だったのか!」とどんどんわかっていく……、みたいなのがあるんです。物語上のことも大事なんだけど、そういうところがこうのさんの漫画表現の柱になっているように思えるんですね。



こうの そうですか?


片渕 『この世界の片隅に』も、そういう構造がすごく複雑にあるのが読んでいて楽しみなところなんですよ。


こうの 基本的に貧乏性なので、切れっ端だけ使ってあとはいらない、みたいなのができない性分なんです。


片渕 わかります、わかります。



こうの せっかく出したんだから、いろいろとつなげたくなるんですよね。あのときに使ったやつあったから、これやっとくか、みたいな感じです。


片渕 なるほど。我々もできるだけ読み解こうと思って、たとえば、この人物があのとき着てた服がこの場面でこうなって、最後にはこうなっていく、みたいなのを追っかけて。さらに、「じゃあ、この時点ではどうなのかというのを入れちゃったら?」って、段階を増やしてちょっと膨らましているところもあります。


こうの ええ、ええ。ありがとうございます。


──監督、結局すずさんは服を何枚持ってるんですか?


こうの そんなんも調べてるんですか?


片渕 いま、にわかには答えられないんですけど、だいたい枚数は定まってるんですよね。逆に言うとね、それ以外のものを洗濯物で干せないんです。洗濯物を干してるシーンに、誰のかわからない服は出せないんですよね。ちょっと我々のほうで失敗したのは、茶碗の模様をそれぞれ決めたんですけど、「周作のお茶碗にいつもの柄が入ってない!」とかが出てきちゃって……。



こうの 茶碗の柄とかもそうだし、食器の大きさを合わせたり、全部の食器が乗るように食卓を描かなきゃいけなかったり。で、ひとりに何個(食器の数)って決まっているし、食卓を描くのは意外とたいへんじゃないですか?


片渕 幸いね、時局が深まると、食品自体がなくなるので、出てくる食器の数がすごい減るんですよ。


こうの あ、そうですね。


片渕 全員でおかずが漬物しかないとか、そんな感じになっていくので。だからそれはそれでやりやすかったんだけど、漬物が乗ってるお皿が、結婚式のときの一番大きな皿だったりして、大皿に漬物これだけ……っていうのが、豪華なのかなんだかわからないから、小皿に描き変えましょうとか。


こうの 皿だけでも豪華に、みたいな。


片渕 そうそう。そうやってお皿の数とか、着てるものの数と種類だとかを決めていって。最初は靴下の色も決めようと思ったんだけど、さすがにそれは無理で、でも靴下を何足持っているかは決めようと思ったんです。



こうの 靴下はけっこう回転が早いかもしれないですよね。


片渕 回転は早いんだけど、戦時中はやっぱり入手が困難だったらしいから、繕いに繕って使ってたんじゃないかな。なるべく履かないようにするとか、寒いときだけ履くとか。



──北條家は途中から径子さんと晴美さんが来て、呉空襲のあとには小林夫妻が来るので、人数が変わるじゃないですか。そういう意味でも、食卓の上はたいへんなのでしょうか?


片渕 いや、あの2人、どこで寝とるんじゃろう……と。


こうの 小林の伯父さんと伯母さんは、あそこで寝てるんじゃないですか?


片渕 客間?


こうの たぶん居間じゃないですかね。あれ、どうかな?


片渕 四畳半の茶の間?


こうの そこじゃないですかね。



片渕 いや、そうするとね、径子さんが六畳間を占有することになるんですよ。


こうの そっか。それはいっぱい使いすぎですね。


片渕 そうそうそう。


こうの いや、でも誰かが居間に寝ていたら、お義父さん(円太郎)が夜勤だからたいへんかもしれないですね。


片渕 そうなんですよ。お義父さんは広の十一航空廠に勤めておられて、決戦用戦闘機のエンジンをつくってるから、いちばんたいへんな時期なんですよ。だから夜勤明けで、しょっちゅう朝帰りしてるんですよね。



こうの じゃあ、お義父さんが居間で寝てるんじゃないですかね。


片渕 あ、お義母さんと一緒にね。かもしれないですね。いちおう、お義母さんの布団を居間に敷いている場面もつくったりしているんです。まあ、第三者には、なんの話かわからないでしょうけど(笑)。


こうの すいませんね(笑)。


片渕 まあ、「この服があそこでこうなったんだな」とか「ここでこうなったんだな」とか、そういうのをずーっと追いかけるのが『この世界の片隅に』の読書みたいなところがありますから。


こうの 私は「着物には柄が入っていて描くのがめんどうくさい」という発見をしました。でも無地だと、寝間着とか喪服にしか見えないんですよ。


片渕 それを動かすのはすごくたいへんなんですよ。着物に柄が入っているとね、動かしたときに模様だけ服の上でどっか動いていっちゃったりするのを、なんとか食い止めなきゃいけなくて。すずさんのポスターのあの服だって、模様がすごい入っているんです。


こうの ええ、ええ。そうですね。



片渕 あれが1色じゃなくて、5色くらい使ってあって……。


こうの あ、ええっと……、そこまでやらなくてよかったんですよ(笑)。いまさら申し訳ないですけど(笑)。


片渕 いや、それはほら、それで、僕らもできるだけ原作にカラーページがあるところはちゃんとやろうと思うので……。


こうの ああ、はい。あの服のせいで……。



片渕 あの洋服に模様と色がちゃんとついて、それをすずさんが着て走るというのを実現したくて、でも途中までは、服の模様がめちゃくちゃになるんじゃないかと思っていたんですよ。でも、作画スタッフがものすごいがんばりを見せて、まだ動画チェックを通していない素上がりの状態を見ても、全然ブレていないものが上がってきて、びっくりしています。こんなに模様のある服を着ている人が動き回るアニメーションって、まあ滅多にないだろうな、っていう感じになっています。


こうの なんかね、本筋と関係ないところで、そんなにたいへんというのも……。


片渕 いや、たぶんそれが本筋と同じくらいに大事だと思うんですよ。 生活のディテールというのは、服が無地だったら絶対に出ないと思います。だって径子さんなんて、防空頭巾にも柄が入っているんですから。



こうの あれ、そうでしたっけ? でも、和風の布は何かしらの柄が入っているから、防空頭巾につくり直しても、柄が入ったものになりますよね。


片渕 そうしないと洋ラシャみたいになっちゃう。


──原作で服や着物に柄があったから、片渕監督も衣類の変遷をたどれたということでしょうか?


こうの なるほど。洋服とか着物の柄や模様は、考えるのが意外と難しいんですよ。私はいっつも締め切りギリギリだったので……まあ、それは申し訳なかったんですけど……、描くのに手間がかからない柄を描こうと思っていました。でも、手間がかからない柄となると、なかなか数が限られてくるんです。なので、そういうことで使い回しもやっていました。




(こうの史代,片渕 須直)

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