吉高由里子『光る君へ』48回を走り抜けて。私のなかの「まひろ」はまだ終わっていません
2024年12月14日(土)7時0分 婦人公論.jp
大河ドラマ『光る君へ』は、1000年以上も読み継がれている『源氏物語』の作者・紫式部の生涯を軸に、生きるとは何か、人生とは何か、人を愛するとは何かを問いかける物語である。主人公の紫式部/まひろを演じた吉高由里子さんは、大石静さんの脚本により、『源氏物語』の世界を旅しているような感覚になったという。平安時代の雅なセット、美しい衣装、格調高い小物などにより、贅沢な体験ができたことにも、吉高さんは感謝している。撮影開始から1年半、ソウルメイトである藤原道長(柄本佑さん)との微妙な感情のやりとり、月を見るシーンが多かった理由、紫式部が『源氏物語』で書いた「もののあはれ」を表現することなど、このドラマに挑んで得たものを、最終回を前にして、吉高さんならではの視点で語ってもらった。
(構成◎しろぼしマーサ)
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大河ドラマへの挑戦
━━大河ドラマに挑戦して、どんなことを感じましたか。
大河ドラマをやるのだと思った時は、鳥肌が立つような緊張感がありました。
クランクインした直後の第4回『五節の舞姫』の撮影の時は、スタッフの人数が多く、皆さん結束力が強くて、現場に慣れていて動きのスピードが速い。セットの規模も大きくて圧倒されました。
そして大石静先生の脚本がすごくて、私は毎回、ワクワクしながら台本を読んでました。『源氏物語』の世界を自分が実体験しているような、まるで物語を旅しているような感覚になってましたね。
大石先生は、史実とゼロからの想像の世界を巧みに織り交ぜてドラマを創り上げる。ドラマのテーマを貫くために、時には史実を変えてしまう思い切りの良さもある。
大石先生が脚本を生み出す苦しみは、階段を一段一段と登るようで、大変だろうなと考えていました。大石先生が考えるまひろのイメージに、私がどれだけ近づけたのかな、と思っています。
まひろを愛した男達
━━まひろ/紫式部を愛する男性には、藤原道長(柄本佑さん)、藤原宣孝(佐々木蔵之介さん)、周明(ヂョウミン・松下洸平さん)の3人がいました。3人はまひろにとってどんな存在で、どんな影響を与えたと思いますか。
道長との関係は、説明するまでもなく、ソウルメイトと言われる通りに、お互いが分かり合っている。言葉はいらない関係。
『光る君へ』では、月を見るシーンが多いです。道長とまひろが2人で見たり、お互いに違う場所で見たり。月は2人の関係を表現している。月は雲に隠れても、いつもそこにありますよね。見えていなくてもある。道長が1人で月を見上げれば、まひろを想う。まひろが1人で月を見上げる時は、道長を想っているのです。
まひろの夫の藤原宣孝は、幼少期からのまひろを知っていて、妻も妾(しょう)もいました。史実でもかなり年上で、結婚して間もなく亡くなっています。
全てお見通しでいながら、まひろを自由にさせてくれる寛大な人。まひろが産んだ娘は、自分の子ではないと分かっていたのですが、大きな心で包んでくれる。その豪快さに、まひろは影響を受けました。そして、まひろを面白い人間にさせてくれる魔法の力を持っていました。
写真提供◎NHK 以下すべて
周明とは、まひろが父親の藤原為時(岸谷五朗さん)が越前に赴任し、ついて行った時に出会う。周明は宋の見習い医師ですが、貧しさから家族に捨てられた過去がある。まひろも幼い頃に母親が殺され、居場所がない気持ちになった経験がある。お互いにどこか似た部分があることを感じて、惹かれ合う。友情か?恋心か?でも、2人でここではない何処かには行けない。越前編だけで、松下洸平さんの出演が終わるなんて、私は思っていませんでした。(笑)
——第45回で、まひろは大宰府で周明と再会を果たし、時を経て歩み寄ります。ところが、2人は「刀伊の入寇」(異国の海賊が沿岸を襲撃)に巻き込まれ、転んだまひろを助けようとした周明は敵方の矢を受けて命を落としてしまう…。このシーンについてはどんな心境で演じておられましたか?
まひろはどん底に突き落とされて、抜け殻のようになります。そして、生きる意味を考える中で「生きていることは悲しいことよ」という心境にまたなったんでしょうね。まさに紫式部の描く「もののあわれ」ですね。周明の影響力は大きかったです。
まひろと道長
━━第42回で、まひろは宇治の別邸に病で弱っている道長を訪ね、2人で川辺を歩きます。道長はまひろに「お前は俺より先に死んではならぬ」と言います。
第45回で、まひろは大宰府に向けて旅に出ることを決意。それを止める道長に、まひろは「これ以上、手に入らぬお方のそばにいる意味は、なんなのでございましょう」と言いますが、この2つのシーンについて聞かせてください。
第42回の川辺でのシーンは、私の好きなシーンのひとつです。2人の会話には、距離感がなく、恋愛でもなく、友情でもない、お互いを生きることの糧にしているというソウルメイトの最終段階というシーンだと思いました。
第45回の道長に旅に出ることを止められるシーンは、まひろにとっては切ないですよね。まひろの書く『源氏の物語』によって、一条天皇(塩野瑛久さん)の心を中宮・彰子(見上愛さん)に向けられた。皇子も生まれ、彰子は別人のようにしっかりした。『源氏の物語』により、道長の役に立てたので「私はやりましたよ!」という達成感は、まひろにあったと思います。そして、『源氏の物語』の続きとして光る君の死後の物語と、その続編の『宇治の物語』も書き終えた。
まひろは、ここにいる意味とは何なのだろうと思い、行動の全てがむなしくなる。道長から、再び自分が必要とされるような新しい言葉を聞きたかったのです。道長の役に立つことを期待しても、新たな役目はなく、道長の傍にいるのが辛くなった。まひろは、解放されたくなったのでしょうね。
━━第45回で道長は出家を決めて剃髪します。第46回で、まひろは大宰府にいて、道長が出家したことを聞きますが、どう感じたのでしょうか。実際に柄本佑さんは髪を剃ってしまいましたが。
私はその日の出演が終わっていたのですが、セットに残って、柄本佑くんが、剃髪するのを見届けました。
『光る君へ』の時代の出家は、世を去ることと同じなので、まひろが、もし道長が剃髪するところを見たら、自分も出家したいと思ったはずです。まひろは、矛先をどこに向けたらよいか分からないくらいのショックを受けたはず。でも、弱っている、苦しんでいる道長をもう見なくて良い、安らいだ道長が、こちらを見ている気がしたかもしれません。
佑くんは、髪の毛を伸ばして、地毛を結って烏帽子をかぶり、道長という人物に気持ちを入れていました。そんな大切な髪を切り落とす時、どういう気持ちになるのか?と考えていました。途中、何とも言えない熱い感情が込み上げてきましたが、坊主になったとたんに、「頭の形が綺麗だわ」と思いました。(笑)
━━柄本拓さんとは、各シーンでいろいろ話し合ったのですか。
お互いがどう動くかとか、感情を押し出したり、引いたり、ここの台詞はこうなるのだろうかとか、話し合いをしていました。道長が佑くんで良かったです。「佑くんだったらどう思う?」と、自然に聞ける人でしたから。
第10回の廃邸での逢瀬のシーンは、ワンカットの長いシーンで、くたびれるくらい2人で話し合ったので印象に残っています。
佑くんの道長は、情けない道長、とまどっている道長、恐ろしい道長など、表情がクルクル変わる。誰もが表から見える自分と、裏の自分がある。佑くんは、それを生々しく表現できる役者さんだと思います。一緒に演技ができたのは、贅沢な体験でした。
紫式部を演じて
━━『源氏物語』の作者である紫式部を演じたことに対してどんな感じでしたか。
紫式部はものすごく集中力のある方だったと思いました。思いついたことはすぐ書いておかないと忘れてしまうでしょ。瞬間的に出てきたアイデアを書いていく、物語を生み出していく、想像力を広げていくのって、すごいことですよ。そして、人間をよく見ている方だなと感じました。
まひろが物語を書いているシーンは、とても重要でした。私は根本知先生の書道指導を受け、必死で練習をしました。本来、左利きなのですが右手で練習。お芝居なら相手がいますが、家での書道の練習は1人で、とても孤独でした。
━━まひろは彰子のサロンの女房でいる時や宴の時などに、なにかあっても台詞のない顔の表情だけのシーンが多くありましたが。
『光る君へ』は、監督によりカットの間合いが全く違いました。15秒くらい顔だけを撮影していることもあり、終わった時、「このシーンの感情は出ていましたか?」と、おびえながら監督に聞いたこともあります。(笑)
台詞があると視聴者の方々とシーンを共有できますが、無言の時は、私のいまの表情で視聴者の方々に気持ちが伝わっているのか?どう解釈されているか?と考えてしまい、難しかったです。
━━第45回で、まひろは娘の賢子(南沙良さん)の出生の秘密を道長に告げますが。
まひろはようやく腹をくくり、賢子が道長の子どもであると言えましたね。それを言って、道長が揺らぎ、道長の政治への強い思いに影響がでるのではないか、とまひろは思っていました。まひろは道長が気づいているのか、気づいていないのか、という気持ちに決着をつけられたのかなと思います。
━━『光る君へ』ではセットや衣装なども話題になりましたが。
為時邸も廃邸もそうでしたが、スタジオ内にそれぞれ違う池を作ってしまうのには驚きました。曲水の宴の川の流れにも感動しました。さすがNHKの大河ドラマですよね。
内裏や土御門邸の建物も調度品も衣装も、全てが優雅ですばらしかったです。
まひろに道長から贈られた檜扇(ひおうぎ)には、有職彩色絵師の林美木子先生による、まひろと三郎(後の道長)の子どもの頃の初めての出会いのシーンが描かれていました。「国宝級」なので、誰よりも何よりも大切にされていました。貴重な品に触れることができたのは、ドラマに出演した特典ですね。
琵琶を奏でるシーンがありましたが、琵琶はまひろが幼い時に亡くなった母親の代わりだと思っています。まひろが琵琶を手にするときは、「おかあさ〜ん」と心の中で呼んでいる時なのです。
最終回をむかえるにあたって
━━最終回をむかえるにあたっての言葉をお願いします。
全48回を走り抜けられたことは、嬉しいし、安堵感があります。
しかし、終わってしまうことは、とても寂しい。10月25日にクランクアップしましたが、『光る君へ』の世界にずっと浸っていたい。
私のなかの「まひろ」はまだ終わっていません。
視聴者の皆様の心に残る作品にしたいと思い続けてきました。それは実現できたでしょうか?御覧いただき、本当にありがとうございました。
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