追悼2018 テレビで親しまれた女性たちを見送る

12月19日(水)7時0分 NEWSポストセブン

星由里子さんは5月16日に京都の病院で死去(写真/早田雄二)

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 テレビの画面を通じて日本中の人々に親しまれた人が、今年も数多く旅立った。彼女たちの在りし日の活躍を振り返る。


●生田悦子(女優、享年71)


 雑誌『平凡』の準ミスに選ばれたことを機に芸能界入りし、1966年に松竹に入社。同年映画『命果てる日まで』で女優デビューを果たす。その後もドラマ『白い巨塔』(フジテレビ系)などで活躍する一方、バラエティ番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子』(フジテレビ系)で良いOL役を演じて人気を集めた。


 2005年には実業家と57歳で結婚。今年4月に放送された『徹子の部屋』(テレビ朝日系)出演が最後の仕事となった。7月15日に虚血性心不全で他界。


●星由里子(女優、享年74)


 1958年に東宝が募集した「ミス・シンデレラ娘」に選ばれたことをきっかけに芸能界入り。翌年に映画『すずかけの散歩道』で女優デビューを果たした。


 1961年からスタートした『若大将』シリーズでヒロイン役を演じ、人気を不動のものに。『モスラ対ゴジラ』(1964年)などの怪獣映画や任侠映画にも出演。近年は連続テレビ小説『あぐり』(NHK)や『科捜研の女』(テレビ朝日系)など、テレビドラマでも幅広く活躍した。5月16日に京都市内の病院で死去。


●浜尾朱美(ニュースキャスター、享年57)


 早稲田大学卒業後、1983年にドラマ『おゆう』(TBS系)で女優デビュー。1985年、『おはようTODAY』(テレビ朝日系)出演をきっかけにキャスターに転身。1989年、報道番組『筑紫哲也 ニュース23』(TBS系)に抜擢、1997年9月までキャスターを務めた。


 競馬や相撲のファンとして知られ、エッセイやコラムの執筆も手掛けるなど幅広く活躍した。10年以上前から乳がんを患い闘病生活を続けていたが、9月14日に都内の病院で死去。



赤木春恵(女優、享年94)


 1940年に松竹ニューフェースとして女優デビュー。大映、東映を経て1959年にフリーとなった。


『3年B組金八先生』(TBS系)では温厚な校長先生役を、『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)では嫁をいじめる姑役を好演し、存在感のある女優として親しまれた。2013年に映画『ペコロスの母に会いに行く』に88歳で初主演、“世界最高齢の初主演女優”としてギネス記録に認定された。


 2015年に自宅で転倒した怪我がもとで療養生活を続けていた。11月29日に心不全のため死去。


菅井きん(女優、享年92)


 1947年に『林檎園日記』で初舞台。映画デビューは『風にそよぐ葦』(1951年)。その後も黒澤明監督の『生きる』(1952年)、『赤ひげ』(1965年)など数々の映画やドラマに出演し、名脇役として活躍した。


 若い頃から老け役を演じることが多く、1973年に中村主水の姑役を演じた時代劇『必殺』シリーズ(テレビ朝日系)では、「ムコ殿!」のセリフが流行語に。2010年の大河ドラマ『龍馬伝』(NHK)出演を最後に表舞台から遠ざかっていた。8月10日に家族に看取られながら自宅で息を引き取った。


※週刊ポスト2018年12月21日号

NEWSポストセブン

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