樹木希林、西城秀樹に魯山人の器とともに送った直筆のお礼状

12月24日(月)16時0分 NEWSポストセブン

西城秀樹さんを可愛がっていた希林さん

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 奇しくも同じ2018年に亡くなった西城秀樹(享年63)と樹木希林(享年75)。ふたりは、1974年放送開始のホームドラマ『寺内貫太郎一家』(TBS系)での共演をきっかけに、長年にわたって交流を深めていた。


 ふたりのエピソードには事欠かない。独身貴族の時代が長かった秀樹に、樹木はとにかく世話を焼いた。


「希林さんが西城さんにお見合いをセッティングしたこともあったそうです。連れてきたのは、まだ10代の女性でした。希林さん曰く、“秀樹にはあまり世の中を知らない純粋な子がいい”とのこと。でも、西城さんは“若すぎるよ”と苦笑していたそうです」(芸能関係者)


 1999年、新橋演舞場(東京)で上演された舞台『寺内貫太郎一家』の千秋楽の翌日、秀樹は懇意にしていた静岡・伊豆の温泉旅館に、樹木と共演者の加藤治子、浅田美代子の3人を招待した。


 だが、秀樹に思いがけない事態が起こる。この度『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年間』(小学館)を上梓した妻の美紀さんが明かす。


「千秋楽の日に秀樹さんのお父さんが倒れて、大阪の病院に緊急入院したそうです。舞台が終わってすぐ、誰にもそれを伝えずに大阪に飛んで行きました。ところが、わずかな時間だけ大阪に滞在し、翌日には希林さんたちを迎えるために伊豆に向かったそうです」


 待ち受けていた秀樹に、樹木は「なぜ昨晩の千秋楽の後の打ち上げに参加しなかったのか」を尋ねた。秀樹が父親のことを話すと、「そんな大変なときに私たちが道に迷わないようにわざわざ戻ってきてくれたの」と感心しきりだったという。翌日、秀樹は大阪に向かった。


 後日、樹木一行は伊豆旅行を手配してくれたお礼にと、秀樹に「北大路魯山人の器」に丁寧なお礼状を添えて送った。20年ほど前の手紙だが、秀樹と美紀さんは大切に保管していたという。


 樹木は、秀樹の父が他界したことを受けて、《私はお父さんにお経をあげます》と記している。樹木は父の四十九日法要にも出席したという。


《(浅田)美代子はヒデキのお嫁さんを心から願います》という一文には、“お節介”な樹木のチャーミングな一面が表れている。その数年後、樹木は秀樹にこんな頼み事をしたという。


「これからバリ島に行くから、あなたの別荘を使うわね」


 当時、秀樹がバリ島に持っていた5000坪の別荘に訪問したいという。妻・美紀さんが言う。



「秀樹さんは『使っても構いませんが、行ってもたどり着けないですよ』と言っていました。住所を知ったところで、アクセスが難しい密林の中なので、行くのも大変なんです。すると、樹木さんは、『わからなかったら、そのへんで寝るから大丈夫』とあっけらかんと言うんです」


 心配になった秀樹は、なんとスタッフをバリに先回りさせたのだという。


「わかってない! 私は行き当たりばったりの旅をしたかったのに」


 すぐバリ島から秀樹に、“苦情”の電話があった。それから数日間、樹木はスタッフをガイド代わりに、バリを思い切り満喫したという。


※女性セブン2019年1月3・10日号

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