【映画コラム】過去のシリーズを見るきっかけにもなり得る『男はつらいよ お帰り 寅さん』

12月25日(水)17時0分 エンタメOVO

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 シリーズ第1作『男はつらいよ』(69)から50年目に作られたシリーズ第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』が12月27日から公開される。



 『男はつらいよ』シリーズは、露天商をなりわいとし、日本全国、旅から旅を続ける、フーテンの寅こと車寅次郎(渥美清)が、たびたび故郷・葛飾柴又の団子屋「くるまや」に帰ってきては、何かと騒動を巻き起こすという人情喜劇。寅さんは毎回現れるマドンナ(日本を代表する女優たち)にほれるが、必ず失恋するというのがお決まりのパターンだった。

 だが、シリーズも後半になると、さすがに渥美清をはじめとするレギュラー陣が年を取り、42作目の『〜ぼくの伯父さん』(89)から、実質的な主人公はおいの満男(吉岡秀隆)に代わり、寅さんは彼の指南役を担うようになった。

 そして、渥美清が亡くなった後に作られた『〜寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』(97)は、靴会社に就職し、人生に悩む満男が、寅さんを回想するというもので、いわば、今回の映画はその後日談に当たると言ってもいいだろう。

 小説家となった満男は、妻を亡くし、娘のユリ(桜田ひより)と二人暮らし。妻の法要で実家を訪れた彼は、母のさくら(倍賞千恵子)や父の博(前田吟)と共に、伯父の寅次郎に思いをはせる。そんな中、満男は初恋の人イズミ(後藤久美子)と再会する。

 ちなみに、後藤は『〜ぼくの伯父さん』から『〜寅次郎の青春』(92)までの4作と、実質的なシリーズ最終作の『〜寅次郎 紅の花』(95)で満男の相手役を演じている。

 そんな本作は、山田洋次監督が自ら選んだ過去の名場面集的な趣向があり、筆者のような古くからのファンは、あまりの懐かしさに、思わず笑わされたり、泣かされたりするシーンが多々あったのだが、最も印象的だったのは、その口跡の素晴らしさなどから、改めて俳優、渥美清のすごさを思い知らされたことだった。

 山田監督は本作を「寅さんの思い出をスクリーンの中で展開していく映画」と語ったが、誰よりも寅さん=渥美清と再会したかったのは、山田監督だったのではないか、と思わされる。

 また、娘のユリが最後に満男に言う「お父さんはどこか遠くへ行っていたみたい。お帰り」というせりふは、デビッド・リーンの不倫映画『逢びき』(45)で、夫が妻に言う最後のせりふをほうふつとさせるし、ラストの歴代マドンナたちの総登場シーンは『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)のラストシーンをほうふつとさせるなど、過去の映画からの影響も見られる。

 さて、古くからの寅さんファンである筆者は、本作の企画を聞いたときは、「また寅さんに会える」という懐かしさと同時に、『男はつらいよ』は渥美清の存在があってこそのもの。彼亡き後で、過去の映像を見せられても…という思いがして、手放しでは喜べなかったし、一体どんな映画になるのかという不安もあった。そして実際に見てみると、名場面集の域を超えていないと感じた。

 ところが、試写会で本作を見て、寅さん一家と再会できたことを手放しで喜ぶ人がいるのはまだ分かるが、今まで『男はつらいよ』シリーズを見たことがなかった人や、寅さんを知らない若い世代にも好評だと聞いていささか驚いた。

 筆者のようなすれたファンとは違い、彼らには寅さんが満男に向かって語る何げない一言が新鮮に響いたりもするのだろう。確かに、本作の新撮パートの見どころは、満男が「おじさんだったらどう言うだろう」と考えながら行動していくところにある。

 そう考えると、本作は、今までこのシリーズを知らなかった人たちが、過去のシリーズを見るきっかけにもなり得る。本作の価値はそこにあるのかもしれないと思い直した。(田中雄二)

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