和牛に突然説教……“M-1の大天使”上沼恵美子はなぜ狂いつづけるのか

12月29日(日)18時0分 文春オンライン

 今年のM-1がめちゃめちゃ面白くて、リアルタイムでも見たのに、その後も何度も見てしまっています。かまいたちがサイコパス漫才の最高峰を披露して、ぺこぱは漫才の概念を覆す発明を生み出し、しかしそれを上回るミルクボーイのコーンフレーク。ボケの手数がとかアドリブはNGとかM-1で勝つ漫才はこれだ!みたいな訳知り顔の風説を「おもしろいが勝ち」というシンプルなルールが吹き飛ばす、痛快さ。ちなみにぺこぱの松陰寺さんはZOZOマリンのライトスタンドで跳んでる系ロッテファン、ミルクボーイの内海さんは大天使里崎を彷彿とさせ、かまいたちの狂気は突然9回裏に6点差をひっくり返すロッテ野球そのものです。来年はロッテの年となるでしょう。



ミルクボーイの優勝に終わった2019年のM-1 ©M-1グランプリ事務局


 いや、しかしやっぱり狂気といえば、M-1の大天使、上沼恵美子。狂ってる。恵美子は今年も狂っていました。昨年、M-1史上最年少優勝を果たした霜降り明星、その快挙をもかすませた例の“更年期のオバハン”事件、いや事変(feat.とろサーモン久保田)「今年は審査員を降りるのでは」と囁かれながら、しかし不死鳥のようにテレ朝に蘇った上沼恵美子。11月に発売したニューシングル『時のしおり』を携えて、2019年もまた審査員席の一番右端に座ったのでした。



和牛には悪いんだけど……」突然、牙を向く恵美子


 開口一番の「無事更年期障害も乗り越えまして」、講評中の「あらこんなところにこんなものが(自分のCD宣伝する)」など色々ありましたが、今年最も上沼恵美子が狂ったのは、「からし蓮根のネタ終わりのコメント」で、おそらく異論はないかと思われます。初々しい若手漫才師に「ファンです」とうっとり見せた後、恵美子が突然牙をむいたのは、この2組前、敗者復活で勝ち上がり暫定ボックス2位の席に座る和牛にでした。菩薩out般若in。「和牛には悪いんだけど、去年もその前も私は和牛にチャンピオン入れました。でもそういう横柄な感じが、和牛に対しては感じました。だからちょっと厳しい意見も」



「緊張感も何もない、ぞんざいなものを感じました」


 何かを察した司会の今田耕司がフォローを入れようとするより一瞬早く「このステージは僕のもの、リサイタル、何のコンテストでも緊張感も何にもない、そういうぞんざいなものを感じました」。そしてここであらためてからし蓮根に向き直り「でも私からし蓮根には初々しいものを感じ、ほんと笑っちゃったし、この必死さ、てっぺんを取ろうという、チャンピオンを取ろうというこの必死さ! この気持ちがぐっと伝わってきて、私は大ファンよ!!」。半ば放心状態のからし蓮根、ハッとなって慌ててガッツポーズ。こんなせつな面白いガッツポーズ見たことない。「がんばれ!! がんばってね!!」さらに絶叫をやめない恵美子。ようやく隙間を見つけてねじ込んだ今田耕司の「若い子たちがチャンピオンを目指して取りに来てる感じが」という合いの手をも「それがいいの、それが、M-1じゃないの!?」「それがなんかわからないけども、去年もその前もチャンピオンに決勝まで残りくさらんかった、それが腹たつっていうんですわ」すぐさま和牛批判に揺り戻す。そして「それに比べてこの子たちは!!」ここまで言って力尽きたかのようにパッタリと机に突っ伏したのでした。エミコ・ジ・エンド。




 わざとらしい標準語とまくし立てる関西弁。演技と本音。これが交互にあらわれて聞いている方は、からし蓮根じゃなくてもパニックです。狂っている。なぜあなたは狂うのですか上沼恵美子。海原千里万里が天才漫才師だったことに疑う余地はなく、今現在関西バラエティ界での確固たる地位もある。スカしながら採点して、コメントでひとっつも面白くないがボソボソっとそれっぽいこと言ってればいいのに。出場者やそのファンに嫌われないように、指摘は穏やかにあとちょっといい話とかすればいいのに。すぐさまツイッターで「愛がある」「実はいいひと」みたいに拡散されるのに。志らくという噺家さんがおりましてね。


「いい人」も「愛がある」も求めていない恵美子の“正解”


 全く求めてないのでしょう。「いい人」も「愛がある」も、そして「安定」も。私は思い出していました。今年の闇営業問題のときの上沼恵美子を。自身の番組『上沼・高田のクギズケ!』(2019年7月21日OA)で、ゲストは奇しくも宮迫と縁のある月亭方正とFUJIWARA。憔悴しきった表情で宮迫の復帰を訴える3人に上沼恵美子は言い放つのでした。


「スポーツマンみたいやな、芸人ってそんなに熱いん?」


「誰も頭抜けようとしない。スクラム組んで『おもろないようにしような』ってやってる」


「だから今の芸人はおもろない」


 これが上沼恵美子の「正解」なのだと思いました。芸能界は椅子取りゲーム。宮迫がいなくなって席が一つ空いたことを喜ばないでどうする? 出し抜けよ、ここはスポーツじゃない。芸人のスポーツマン化で、結局一番被害を被るのは、芸人同士の絆に縛られ身動き取れなくなる芸人自身であり、その絆に自ら加担し「ただ単純に面白くて笑う」という最大の娯楽を手放すお客さんであると。



 芸人のスポーツマン化の、一つの象徴たるものがM-1なのかもしれません。この賞を取るためにいかに努力をしてきたのか、舞台裏の苦労を、上沼恵美子言うところの「熱さ」をお客さんに見せてしまう。確かに今のお笑い界で最も成功への足がかりになる賞であることは事実。納得できない審査に対して「芸人の人生が決まってしまう」と憤る声もよく聞かれます。だけど思うんですよ。誤解を恐れず言えば、私ら視聴者にとって「芸人の人生が決まってしまう」かどうかなど、どうでもいい話なのです。少なくともこれはバラエティ番組であり、こっちは視聴者。おもしろい漫才を見せてもらって、笑うだけ。出てくる芸人の人生がどうこうなど言える立場ではないのです。


好き勝手してるようでルールは守る恵美子



 あの騒動を「無事更年期障害も乗り越えまして」の一言で回収して、CDの宣伝もニューヨークの歌ネタの流れを考えると一番無理のないタイミングで、からし蓮根のコメントで和牛のことを話したのも、和牛の時には単に上沼恵美子が指名されなかったと考えると、バラエティとしての最低限のルールは守っているように思えます。そしてコメントと採点が必ずしも連動してはいない。お客さんに「こいつは感情(好き嫌い)で採点してる」と思わせ、タチ悪いことに本人もそう誤解されるような振る舞いをし、しかし実際はロジカルなルールを逸脱はしてない。ここがこの人の最大の意地悪なところでグッときます。「ほれ殴れ」としながら、最後の最後にヒョイっとかわす。何でもかんでも好き勝手してるように見せかけて、このコンプライアンス万歳炎上一発アウトと言われる時代にいくつも冠番組を抱えている脚力を感じます。


 上沼恵美子は、上沼恵美子に、そして自分のお笑い観に誠実であろうとすると、狂わなければならない。M-1は演芸でありバラエティ番組。露悪的になることで、それを成立しようとしたのかなとも思うのです。しかし今年のM-1は、一番理想的な形、「スポーツマン化を出場者のただおもしろいが自浄する」という形で、最高のバラエティ番組になったのではないでしょうか。上沼恵美子の狂い損。それもまたおもしろいんですよ。ただ一つ、和牛に対しては一瞬だけ本当に狂ってしまったようにも見えました。好きなんでしょうし、悔しかったんでしょうね。なんか、わかります。白崎浩之というドラフト1位がおりましてね。




(西澤 千央)

文春オンライン

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