中国市場の締め付けとシリーズ作品以外の危機 「パンデミック&配信シフト」以降も激震が続く映画界

2021年12月29日(水)17時0分 シネマカフェ

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』 (C)2021 CTMG. (C) & TM 2021 MARVEL. All Rights Reserved.

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《text:宇野維正》 当初の予測から正常化までの時間は大幅にずれ込むことになってしまったが、2021年の映画界は「パンデミックからの回復」の1年となった。昨年に続いて、本稿では海外と日本、それぞれの映画界で2021年に起こったことについて、前後編に分けて振り返っていきたい。昨年の記事では最後に「2020年の映画界に本当は何が起こっていたのか?ーーそれに多くの人が気づくのは、きっと2021年になってからだ」と締めたわけだが、年末になってその真実が見えてきたのではないか。そして、それは多くの映画人や映画ファンにとって「不都合な真実」と言えるものであることを最初に断っておきたい。

 パンデミックの影響によって、例年よりも約2ヶ月遅い4月に会場の収容人数を大幅に制限したかたちで開催された第93回アカデミー賞も大きな盛り上がりを見せることなく、昨年3月からの重い空気が払拭されない状況が続いていた2021年の前半。公開の延期&再延期が続いていたブロックバスター作品の口火を切ったのは、3月に北米公開された『ゴジラvsコング』(日本公開は7月)だった。同作はオープニング5日間で4810万ドル(約55億円)を記録、その時点でのパンデミック後の公開週末興行成績の最高額を記録。注目すべきは、ワーナーの2021年公開作品の方針に従って、北米で『ゴジラvsコング』は劇場公開と同日にHBO Maxで配信公開されたこと。「巨大怪獣同士の対決」のようなスペクタクル性の高い作品ならば、人々はテレビで見られる作品でも劇場に駆けつけることを証明した。10月には同じワーナー作品の『DUNE/デューン 砂の惑星』が、クリストファー・ノーラン作品のようなIMAXカメラでのフィルム撮影ではなく新たなIMAX規格によるデジタル処理によってIMAXのポテンシャルを極限まで引き上げたことで、「映画館で見る映画」の価値の周知に大きく貢献した。

 『ゴジラvsコング』に続いて大ヒットを記録したのが、5月に世界公開、続いて北米では6月に、日本では8月に公開された大人気シリーズ9作目の『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』だった。同フランチャイズの特徴は欧米だけでなく中国や南米を含む全世界の各地域において絶大な人気があること。それだけに、パンデミック後の世界の映画興行を占う上でも注目されていたが、結果的には7億2600万ドル(約835億円)を超える世界興収を記録。シリーズ最高のヒットとなった前作『ワイルド・スピード ICE BREAK』の累計世界興収が12億3600万ドル(約1420億円)なのでそこからは約40%減となったわけだが、とりあえず2021年半ばの時点で、全世界的に劇場映画マーケットの半分以上は回復したということを示してみせた。

 しかし、2021年は今後のハリウッド映画の方向性を左右する、もしかしたら配信シフトよりも大きなインパクトかもしれない変化が決定的となった年でもあった。2020年、パンデミック以降の映画市場の回復が他国よりも早かった中国は、北米を大きく上回って歴史上初めて名実ともに世界最大の劇場映画のマーケットとなったわけだが、今年に入ってから外国映画の国内公開における規制を極端に強めている。ディズニーは2021年7月以降、『ブラック・ウィドウ』、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』、『エターナルズ』とMCU作品を立て続けに公開して、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』以降の作品は劇場公開からディズニープラスでの配信までの期間をおいたこともあって尻上がりに好成績を記録してきたが、いずれの作品も中国での公開は見送られている。

 実は12月に『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』が世界公開(同作は2022年に中国でも公開される見込みだという)されるまで、9億200万ドル(約1040億円)を稼ぎ出して2021年の世界興収でトップに立っていた作品は、朝鮮戦争初期に中国人民志願軍(PVA)が米国率いる国連軍に勝利した「長津湖の戦い」を描いた国威発揚映画の『長津湖』。それに次ぐ8億2200万ドル(約945億円)の興収をあげた作品も中国のコメディ作品『こんにちは、私のお母さん』。日本を含む世界中で大ヒットした『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』は、その2本の中国映画の後塵を排してようやく第3位につけているという状況だった。21世紀に入ってから、ハリウッドはそんな膨大な中国マーケットを開拓すべく大作の企画を開発し、中国資本の参入も受け入れてきたわけだが、米中間の政治問題や経済問題の影響も受けて、今後その流れは大きく変わっていくだろう。

 そして、年の最後に触れないわけにはいかないのが、前述した『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の歴代ナンバーワン作品『アベンジャーズ/エンドゲーム』に肉薄するオープニング3日間だけで世界興収5億8720万ドル(約670億円)という歴史的なスタートダッシュだ。現時点で最終興収がどのくらいになるか見当もつかないが、その一方で、同時期に公開中だったスティーヴン・スピルバーグ監督の新作『ウエスト・サイド・ストーリー』や、公開日が重なったギレルモ・デル・トロ監督の新作『ナイトメア・アリー』は大苦戦を強いられることとなった。いや、1年を通してフランチャイズ作品以外で健闘したのはヨーロッパ各国でも大ヒットした『DUNE/デューン 砂の惑星』(本作も公開後にシリーズ化が決定したわけだが)と、中国でも公開することができた『フリー・ガイ』くらいで、年間世界興収の上位には中国映画とスーパーヒーロー映画をはじめとする人気フランチャイズ作品ばかりが並んでいる。パンデミック期以前からその傾向はあったものの、人気フランチャイズ作品とそれ以外の「格差」はパンデミック期を経てさらに加速することとなった。

 世界中の映画関係者が危惧していた配信シフトによる観客の映画館離れは、劇場に映画を見に行くこと自体がイベント化している人気フランチャイズ作品以外の作品において顕著になってきている。そのことがもたらすのは恐らく、誰もが名前を知るような巨匠を含む有力映画監督たちの配信映画やドラマシリーズへの雪崩を打つようなさらなる参入だろう。また、中国のような強引なかたちではないものの、今後、配信プラットフォームが普及しきっていない欧米圏以外の国ではドメスティック映画の「地産地消化」も進むかもしれない。実際のところ、既に日本はそうなりつつあるような……。(後編に続く)

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