《紅白初出場》新浜レオン「伯方の塩」CMソングの演歌歌手父が語った“大舞台へのエール”

2024年12月29日(日)6時0分 女性自身

大みそかの風物詩『NHK紅白歌合戦』の放送が間近に迫っている。


今年、初出場するのが演歌歌手の新浜レオン(28)。演歌・歌謡界からは6年ぶりの初出場者であり、まさに期待の星だ。


「膝でスライディングする“膝スラ”と、『がんばレオン』『おつかレオン』『幸せ溢レオン』といった“レオン語”でも人気です」(芸能関係者)


彼の父親である髙城靖雄(66)もまた芸歴43年のキャリアを持つ演歌歌手。若いころには『伯方の塩』のテレビCMに出演、「は・か・た・の・しお♪」の歌声で視聴者を魅了した。そんな髙城が、デビュー5年半にして紅白初出場をつかんだ息子への思いを本誌に語った。


「幼い頃の息子はプロ野球選手になりたいという一心で、小学校3年から高校まで野球一筋で生きていました。生まれ育った千葉県は強豪校がひしめく野球王国です。


高校時代は地元の千葉英和高校という部員が100人ぐらいいる学校でキャッチャーとしてキャプテンも務めました。県大会のベスト4まで進みましたが、あと2勝で甲子園というところで夢破れました。その後、大学に進学した際には『もう野球はやらない』と言い出したんです」


夢を失った新浜が見つけたのが、父と同じ歌手への道だった。


「小さいころからずっと私のディナーショーやコンサートに連れて行っていたので、歌手への憧れが芽生えていたのかもしれません」


大学在学中にはカバン持ちとして父の仕事を手伝っていた新浜は、4年生の時に現在の所属事務所にデモテープを持ち込む。プロを目指した球児のストイックさと礼儀正しさが買われ、令和元年初日の2019年5月1日、事務所初の演歌歌手としてデビューを果たした。


「新浜レオンという芸名は事務所の社長がつけてくれました。令和元年にデビューしましたので新元号の『新』と、『浜』は出身地である千葉のイメージから。また社長は青森の出身で、津軽半島の岬にライオン岩という観光名所があるらしく、いつかタレントに『レオン』と名付けたいと考えていたのだそうです。レオンという芸名のために、デビュー当時は『ハーフなんですか?』と、よく聞かれたとか(笑)」


■レオンの声量は応援団長だった父親ゆずり


歌手としての基礎は父が教えた。


「音程の取り方やリズム感、歌の発声は私がピアノで指導しました。そのせいかレオンは声量があるんです。野球部時代はずっとキャプテンでしたが、歴代の監督はただ声が大きいという理由から息子をキャプテンに指名していたと思うんですよね(笑)。


私は岩手県出身です。『あまちゃん』でも有名になった岩手県立種市高校という日本に一つしかない潜水科がある学校を卒業していまして、そこで応援団長をやっていました。授業が終わったら毎日、太平洋に向かって「押忍!」とか「フレー!」とか叫んでいましたので、声量には私も自信があるんですよ(笑)」


応援団長として声量を鍛えた髙城は大学卒業後の87年、キングレコードよりメジャーデビューを果たす。全日本有線放送新人賞などいくつもの新人賞を受賞したが、その名を一躍広めたのが96年よりイメージキャラクターとして出演した「伯方の塩」のテレビCMだった。


「当時、二代目社長だった方が私をイメージキャラクターに起用してくださり、私が歌うイメージソングを制作してくれました。


その翌年からテレビコマーシャルにも出始めたんです。10年近くイメージキャラクターを務め、CMは全国で放送されました。そのおかげで、どこに行っても『塩屋さんですか?』なんて言われましたよ(笑)。


レオンも小さいときに家族編というので私と一緒にCMに出でるんですよ。『伯方の塩で漬物漬けるぞ〜!どんどんせっせ、どんせっせ。は・か・た・の・しお!』といった感じでね。


今でもレオンが『実家は玄関を開けると塩だらけ』なんて冗談を言っていますが、私は今も毎朝晩、伯方の塩を溶かした冷水を浴びています。今日も浴びましたよ。


43年この道やっていますが、塩水浴効果で風邪を引いて仕事を休んだことは1度もありません。レオンも小さいころからやっていましたし、今も続けているんじゃないですかね。もっとも彼はお酢のCM(※『おいしい酢』)に出演しているので、いまはお酢を飲んでいるかもしれませんが」


■「泣いてもいい! 全力で歌ってもらいたい」


冷たい塩水を浴びながら育った息子は、大晦日に人生最大の大舞台に立つ。


「私も43年前にデビューした当時は、紅白出場の夢を抱いていました。でも芸歴20年目あたりから、紅白というのは夢のまた夢の世界なんだと痛感するようになったのです。


だから息子に対しても、『紅白は夢の世界。紅白という言葉は、もう口にしない方がいいんじゃないか』と、言ったことがありました。ところが息子は『いや、これに向かっていくし、これからも紅白という言葉をずっと言い続ける』と強い意志で言い返してきたのです。


11月19日に紅白の出場者が発表されたときに、『お父さん、紅白初出場が決まりました!』と震えながら私の携帯に電話してきて、私も泣きそうになりましたね。


私もかつてNHKホールで歌ったことがありますが、初めてステージに立ったときは感激よりも緊張で、とにかく怖かったのを覚えています。緊張で勝手にビブラートがかかり、そのうち足が震え、手が震え出して……。そんな現象が起こるのがNHKホール、ましてや紅白歌合戦です。


楽しんで歌えっていうのは無理なこと。でも、緊張感とステージに立てる嬉しさ、その両方をかみ締めてほしいと思います。もう泣いてもいい!とにかく全力で歌ってもらいたいですね」


新浜が紅白で歌う『全てあげよう』は木梨憲武(62)がプロデュースし、所ジョージ(69)は作詞作曲しており、2人も応援に駆けつけるという。


そんな晴れ舞台に立つ息子へ、父は自宅から魂のエールを送る——。

女性自身

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