暴力団の下請け化する半グレ集団 警察が敷く包囲網

12月30日(日)16時0分 NEWSポストセブン

全国の繁華街を拠点にする半グレ集団の取り締まりが強まる

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 半グレ集団「関東連合」は2012年に発生した六本木クラブ襲撃事件をきっかけに縮小し事実上の消滅状態となり、怒羅権(ドラゴン)など複数の集団が2013年に「準暴力団」に指定された。そして2018年12月、大阪府最大の半グレグループ「アビス」は約半数のメンバーが逮捕、送検されて壊滅状態に追い込まれている。取り締まりが厳しくなるなか、変質した半グレ集団について、ライターの森鷹久氏がレポートする。


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 大阪・ミナミの繁華街を拠点に活動する半グレ集団「アビス」のメンバーら男女55人が検挙された事件。アビスは大阪市内を中心に複数のガールズバーなどを経営し、客を脅して法外な飲食料金を請求する「ぼったくり」をしたり、対立する半グレ集団が経営するガールズバーに金属バットなど武器を持って襲撃するなどしていたという。


「半グレ」とは、暴力団に所属はしていないが犯罪などを繰り返す反社会的勢力の事を指す。2000年代中盤から、全国の自治体で暴力団排除条例が施行されると、まさに「暴力団の代わり」といった存在感で、各地の繁華街、裏社会にその勢力を拡大し続けた。だが、半グレ集団の暴力的な面や、目に余る反社会的行為が重ねられるに従って社会問題として捉えられるようになり、彼らが力をつけるたびに警察が取り締まりを強めて叩く、ということが繰り返されてきた。


 これまで、警察は何度も半グレ集団に対する壊滅作戦を行ってきた。しかし、ひとつを叩き潰すと、また別の形ですぐに集団がつくられる、といった繰り返しになりつつある。暴力団と警察当局の関係も同様で、長年まるでモグラ叩きのようなやり合いを展開してきたわけだが、それでも半グレは、やはり暴力団とは異なる存在であった。


 しかし、今回の大阪の事件を受けて、かつて関西最大の半グレ組織「強者(つわもの)」に所属していた経験のある元メンバーの・X氏は、半グレは「暴力団そのものになった」と話す。


「俺たちが(半グレ集団)やってた頃も、組(暴力団)との付き合いがなかったわけではないです。いろんな地域から集まったやんちゃな奴らの集合体って感じで、それぞれに、兄貴分的な組の人間がいたりすることはありましたが…。アビスの連中は完全に“組の人間”じゃないですか? もはや半グレではない、完全にヤクザ」(強者元メンバー・X氏)


 X氏によれば、かつて半グレ集団の「シノギ」といえば、違法ドラッグや偽ブランド品の売買であったり、今回逮捕された事案と同様に、脱法的な飲食店経営などであり、一見するとヤクザがこれまでやってきたシノギと、傍から見ればあまり変わりはなかった。しかし「内部事情」は、ヤクザや最近の半グレの事情とはかなり異なっていたという。


「元々ヤクザが嫌だ、という理由で集まったメンバーが多かった。ヤクザなんかやってても規制だらけで、オマワリにもすぐに目を付けられる。だったら、組なんかに入らず自由にやれる方がいいや、って。シノギをやるにあたって、ヤクザもんと付き合うこともありましたが、一時的な礼金の支払いはあっても定期的に支払うバックとか上納金はない。支払えと言われれば、武闘派のメンバーが必ず“話し合い”をした。これは本当に話し合いなんですよ…」(X氏)


 強者は半グレ集団であると同時に、地下格闘技大会の看板も背負っていた。武闘派メンバーらは、大阪でナンバーワンの人気を誇っていた地下格闘技大会「強者」をはじめ、東京、名古屋、そして福岡などで開催される地下格闘技大会に出場し、その名をとどろかせていた。この功績こそが、相手がヤクザですら決して引かないという、強い半グレ集団の証明でもあった。さらに、当時の半グレ集団には「ファッション性」があった点も見逃せない。福岡市内の半グレ組織メンバーだったY氏が説明する。


「いろいろヤンチャしてきて、これまでならヤクザになっとったでしょうね。でも当番とか下っ端の仕事もせないかんし、いっちょん(全然)儲からん。先輩のヤクザは、上に金納めるためにドカタして生活保護もらいよったです…。ヤクザは“ダサい”ってなるでしょ。半グレは、洋服もカッコよかブランドもん着て、格闘技の試合に出れば人気も出るし、インスタらFacebookで自慢できる。雑誌に出たり、イベントのゲストに呼ばれてギャラ貰って…。まあ悪さもしますけど、表ツラはかっこよかですよ」(Y氏)


 要するに、本来であればヤクザになっていたという人種が、ヤクザイメージの崩壊、そして半グレ人たちがやたらとアピールしてきた「ファッション性」の訴求が功を奏してか、半グレにあこがれを抱いたり、半グレ集団に合流していったのである。しかし、メンバーが暴行や傷害容疑で相次いで検挙されると、大阪最強とされた「強者」も解散に追い込まれた。大手紙の大阪社会部に勤務していた記者が回顧する。


「強者が解散し、他の半グレ集団も活動縮小。ある意味での“暴力団回帰”が始まるのかと噂されていましたが、結局新興の半グレ集団が跋扈しただけ。ただしこの半グレ集団、少し調べてみると以前よりも暴力団との結びつきが強く、ほとんど暴力団そのもの。かつての半グレのように、カリスマ性のあるリーダーや名うてのメンバーがいるわけでもない。仕切っているのはヤメ暴力団員、(暴対法における指定暴力団の構成員)名簿には名を連ねていないが実質的には暴力団に入っているというヤブヤクザ。今回の事件は、完全に暴力団の下請けに成り下がった半グレと、その取り巻きが起こしたという事件です」(大手紙大阪社会部元記者)


 これでは、半グレを解散させたことによって、暴力団のアウトソーシング化、下請け化、はたまた派遣化が進んだだけではないか。


 1992年に施行された暴対法の影響で、指定暴力団は以前のような経済活動ができなくなった。繁華街の飲食店に対して要求していた「みかじめ料」「用心棒代」請求など、かつては当たり前に暴力を行使して行ってきた活動が、法で禁じられたのだ。その後、2000年代半ばから全国各地の自治体でも同様の条例が定められていったため、一般社会と関わることすら難しくなった。その結果、直接的な収入源を断たれた暴力団は、その活動を半グレなどに委託する「アウトソーシング」を始めた。


 とはいえ、半グレは様々な系統の暴力団とつかず離れずの関係を築きつつ、格闘技大会や飲食店経営などで独立性を保ってきたともいえる。しかし、半グレ集団による犯罪行為が目立ち始めると、当局の圧力を受けて解散したり、活動休止に追い込まれた。後に残った半グレ集団の残党だけでは、これまで通りの半グレ活動を続けられず、半グレ集団丸ごとがヤクザの下請けとなり、暴力団ではない「半グレ集団」として、名前だけがなんとか存続しているのだ。X氏も続ける。


「半グレ集団というよりは、完全にヤクザの下(請け)になったわけだから、上(のヤクザ)の意向に沿った行動しかできない。ヤクザ同士のもめごとがあると、末端要員として駆り出されるし、キャバクラのボーイとかスカウトみたいなシノギをやって、上納金も支払わなければならず…。今の半グレは、それでも自分は“ヤクザじゃない”と思っているようですが、考えが甘い。中には、暴力団ではないことを逆手にとりつつ、自身のバックには暴力団がいるんだと匂わせて人を脅す奴だっています。義理とか人情、仲間同士の結びつきなんかどうでもいいという、単なるお調子者の若い奴が多い印象です」(X氏)


 さて、条例や法律によって厳しく活動を制限されてきた暴力団と同様に、一般人以上暴力団未満という半グレの活動をこのまま放っておくわけがない、というのが当局の本音である。前出の新聞記者は、半グレが実質的に暴力団と同等かそれ以上の存在感を持って幅を利かせている現状がある以上、現行法の解釈拡大等によって、間もなく半グレも厳しく活動を制限されるはずとみている。しかし、そこには新たな問題点もある。


「暴力団の代わりだった半グレを、当局はいよいよ本気で潰そうとしています。そうすると当然、半グレに変わる集団が現れるはずです。最近は、そこに一般人が加わってしまうという傾向がある。例えばオレオレ詐欺の受け子や薬物の運び屋などは、ヤクザや半グレより一般人にやらせた方がリスクも少なく、ネット掲示板などで“日払い”や“高給”と謳って募集をすれば、人材は簡単に調達できる。暴力団から半グレ、そして一般人へと犯罪行為にかかわる当事者が変わってくると、いざ何か犯罪行為があったときに、取り締まりしづらかったり、悪の大元がわからなくなったりする恐れもあります。半グレの規制は必要かもしれませんが、是々非々なんです。」(大手紙大阪社会部元記者)


「この世に悪の栄えたためし無し」などといわれる一方で、悪人たちが絶滅したことも、有史以来一度もない。暴力団や半グレを潰しても、悪いことをする連中がいる、という事実がある以上、その代わりになる存在は必ずや生み出される。わかりやすかった「悪の仕組み」は、国家権力や正義の市民達と攻防を経てその形態を複雑化させ、地下に潜り、ついには一般市民を身代わりにし始めたということなのだ。

NEWSポストセブン

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