野村克也氏「もう叫んでも、何をしても居ない」 妻・沙知代さんを見送り“男の弱さ”痛感

12月30日(土)16時11分 Techinsight

野球評論家・野村克也氏が29日放送の『ニュースキャスター 超豪華!芸能ニュースランキング2017決定版』(TBS系)で、8日に虚血性心不全のため急逝した“サッチー”こと妻・野村沙知代さんとの30年余りの結婚生活を振り返った。

野村克也氏によると前妻の浮気が原因で別居中だった頃、行きつけの中華料理店で沙知代さんと出会ったという。前妻との離婚が成立しないまま同居を始め、1973年には克則氏(元プロ野球選手)が誕生したが公になることはなかった。しかし1977年に週刊誌が不倫スキャンダルとして、沙知代さんの存在を明らかにする。「愛人が打順にまで口を挟んでいる」などの報道もあり、球団内部からも批判が相次いだ。当時、南海ホークスの監督・選手を兼任するプレーイングマネージャーだった野村氏は窮地に立たされ、同年9月にシーズン終了まで2試合を残して解任された。野球界に戻れなくとも沙知代さんを選んだ野村氏に、「何とかなるわよ」と彼女はまるで動じなかったという。その沙知代さんの言葉通り翌年、ロッテオリオンズに選手として移籍。1979年からは西武ライオンズでプレーし、1980年に引退。プロ野球解説者を経て1990年からはヤクルトスワローズ、そして1999年から阪神タイガースで監督を務める。

その野村氏がヤクルトの監督を務めていた1996年、毒舌が大人気となりタレントとしても活躍していた沙知代さんが新進党公認候補として衆院選に立候補した(落選)。その際、選挙公報などに「コロンビア大学留学」など虚偽の経歴を公表していたことが大問題になる。この「コロンビア大学留学」ついては野村氏自身も沙知代さんからそう聞いており、英語も堪能だったことから全く疑っていなかった。彼女の学歴詐称が明らかになっても「嘘をついてでも、俺をゲットしたかったんだな」と捉え、世間やマスコミから沙知代さんが猛批判されても夫婦の絆が切れることは無かったそうだ。

そして2001年12月、法人税法違反(脱税)などの疑いで沙知代さんは東京地検特捜部に逮捕される。捜査員が自宅に踏み込んだが、お金のことは全て妻任せだったため野村氏は立ち尽くすだけであった。また妻の逮捕により、翌シーズンの続投が決まっていた阪神の監督を辞任することとなる。それでも「将来のため、僕のために金を残そうとしたんでしょう」と沙知代さんを庇った。

学歴詐称や脱税についても彼女からは何の説明も無かったというが、沙知代さんは勾留中の面会時に初めて「ごめんね」という謝罪の言葉を口にしたという。だがすぐに「何とかなるわよ」と逆に野村氏が励まされ、またしてもその言葉通り、彼は2006年から東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任したのだ。

愛する妻を見送った今、野村氏は「男の弱さを痛感している」と辛そうだ。帰宅した時は沙知代さんが居るだけで安心していたが、「もう叫んでも、何をしても居ない」と寂しそうに笑う。そしてインタビューの最後に「(沙知代さんと)別れようと思ったことは一度も無い」「如何なることが起きようとも動じず、一生懸命僕に尽くしてくれました」と亡き妻を称えた。

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