韓国のケチで古臭い平成30年間の「反日」を振り返る

1月12日(土)7時0分 NEWSポストセブン

「反日」はポスト平成でも収まる気配はない AP/AFLO

写真を拡大

 日本の平成時代が今年で終わる。筆者(黒田勝弘)は2度目のソウル常駐で平成元年(1989年)に赴任し、以来現在までそれは続いている。新聞記者として平成時代をまるごとソウルで過ごしたことになる。そしてこのコラム『ソウルの風』は平成17年(2005年)から連載してきた。平成時代のおおよそ半分のソウルからのレポートである。


 振り返ってみるとレポートのかなりの部分を日韓関係が占めている。それは「韓国の反日事情」の一覧表みたいでもある。韓国では休むことなく反日現象が続いていたことになる。平成時代の終わりに際し、「平成の日韓」を総括するとともに「ポスト平成の日韓」を考えてみたい。


「平成の日韓」は一言でいえば「反日・反韓と韓流・日流」の奇妙なねじれの時代だったといえるかもしれない。そして過去にはなかったものとして、日本における反韓・嫌韓感情の顕在化が印象的だ。その背景には、いわゆる“韓流”をはじめ韓国という国の存在感の拡大が間違いなくある。日本人としてそれは、考えたくないイヤなことであっても、引越しできない隣国の現実として確認しておかなければならない。


 昨年も、反韓・嫌韓であるはずの日本に、反日であるはずの国から800万人以上の人びとが喜々として押しかけている。日本としては追い返すわけにはいかない。これも「韓国の存在感」である。


◆民主化で慰安婦問題に火がついた


「ポスト平成」を考える上で、先ず「平成の過去」を振り返り検証しておく。



 平成元年当時の韓国は盧泰愚政権(1988─1993年)だった。この時代、「ソウル五輪と民主化」で韓国の国際的イメージが大きく改善した。しかし日韓関係ではいわゆる慰安婦問題に火がついた時代だった。


 今にいたるまで日韓関係を揺さぶり続ける慰安婦問題が、この時期になぜ登場したのか。その理由は“民主化”である。


 韓国における民主化というのは、1960年代の朴正熙政権(1961─1979年)に始まる保守・軍事政権時代の“過去否定”のことだった。慰安婦問題がそれまで表面化しなかったのは、男女の性的問題であり、社会的通念として表向き話題にするものではなかったからだ。このタブーが民主化によって破られた。


 民主化で性的表現の自由化が進んだこととも深く関連している。筆者の記憶では、慰安婦問題もテレビドラマ化されることで一般化、大衆化し“市民権”を得た(MBC『黎明の瞳』1991─1992年放映)。過去否定だから、過去の政権下での日韓国交正常化への批判も表面化する。否定的面が強調され、慰安婦問題は隠されていた懸案として脚光を浴びたのだ。


 1991年8月、朝日新聞は後に問題になった「元慰安婦の初証言」を特ダネとして報道したが、当時、筆者は、今では伝説的になっているこの元慰安婦(金学順)のことは報道しなかった。理由は朝日新聞に先に書かれたということもあったが、元慰安婦の経歴を知るにおよんで違和感を持ったからだ。


 彼女は「貧しい家庭の出身で、幼くして他家の養女となり、14歳の時にキーセン学校に出され、17歳の時に養父に連れられ中国に行き、日本軍人相手に数ヶ月、慰安婦をした」というもので、それまでのいわゆる従軍(!)慰安婦のイメージとは違っていたからだ。このどこに日本の国家的責任があるというのか。



 朝日新聞はその後、日本軍による慰安婦強制連行説の根拠になった虚偽の吉田清治証言でも非難されたが、しかし慰安婦問題は朝日新聞の“活躍”がなくても、韓国にとっては格好の反日テーマであり大きな日韓問題になったと思う。それは「民主化による過去否定」と「女性と人権の時代」という韓国側の事情があったからだ。


 この流れは今も続いていて、文在寅政権といういわゆる民主化の申し子の再登場によって社会的にはいっそう高潮しているようにみえる。慰安婦合意の無視、徴用工判決、自衛艦旭日旗拒否、「独島」ナショナリズムの扇動…などすべてその流れだ。韓国の民主化は国家的観点の後退とNGO全盛となって、ポピュリズムを生んでいる。


 盧泰愚政権の後、本格的な民主化ブームとなり、金泳三政権(1993─1998年)下では、それまで棚上げされていた「独島」に関し埠頭建設という大きな現状変更を強行した。中国まで引き込んで「歴史の正しい立て直し」なる反日キャンペーンも展開している。


 次の金大中政権(1998─2003年)は最近、小渕・金大中共同宣言や日本大衆文化解禁など日本に理解があったと評価が高いが、最後は国内の“反日歴史ポピュリズム”に押され、日本の検定教科書に修正を要求する愚を犯している。


 その後、初の解放後世代の盧武鉉政権(2003─2008年)は、対米姿勢と同じく日本に対しても豪気(!)を発揮し、国民の「独島」往来を自由化・観光化して反日愛国ナショナリズムを盛り上げ、「対日外交戦争」まで宣言している。


 10年ぶりに保守の政権奪還となった次の李明博政権(2008─13年)は、対日外交立て直しが期待されたが最後に反日ポピュリズムに足をすくわれた。日本生まれ、財閥経営者出身、ビジネス思考……などから終始つきまとった“親日イメージ”を払拭し、愛国者として歴史に名を残すため初の「独島上陸」を敢行した。「天皇謝罪要求」まで言い出し日韓関係は一気に悪化した。


 次の朴槿恵政権(2013─2017年)は朴正熙の娘として、対日関係改善が嘱望されたが、逆に「父のイメージ」を脱したいという脅迫観念があって、対日姿勢は硬直してしまった。後に慰安婦合意にこぎつけたが、手遅れだった。最後は「朴正熙時代」への復讐に燃える民主化勢力を称する左翼・親北・反日勢力のロウソク・デモによって、父の身代わりとして断罪・追放された。



◆強い相手には頭が上がらない


 こう見てくると、平成時代の日韓関係は日本からすると、民主化と国力増大で勢いづいた韓国に挑発されっ放しで「日本受難の時代」だったのだ。だから日本における最近の反韓・嫌韓ムードというのも、背景は昨日今日のことではないことが分かる。この累積ストレスは相当だろう。


 ではこの隣国にどう巻き返すのか。


 日韓関係は昔から「韓国に困ったことがあるとよくなる」といわれてきた。意気消沈して対外的におとなしくなるからだ。今後の韓国で、経済や内政、南北、安保、国際関係など「困ったこと」はそれなりに予想されるが、これは相手頼みだからあてにしてはいけない。


 それよりも、韓国人は昔も今も、有無をいわさないほど大きく強く豊かで立派な相手には頭が上がらないし、尊敬する。結局、そういう日本を見せつけることが、彼らのケチで古臭い反日(心理)を圧倒する最大の秘訣である。彼らはバブル以降の日本を、口グセのように「失われた20年」といってバカにし、楽しんできた。執拗な反日現象の背景にはそんな心理もあった。「ポスト平成」は日本が“力”をつけ立派になるしかない。


●取材・文/黒田勝弘(産経新聞ソウル駐在客員論説委員)


【PROFILE】くろだ・かつひろ/1941年生まれ。京都大学卒業。共同通信ソウル支局長、産経新聞ソウル支局長を経て産経新聞ソウル駐在客員論説委員。著書に『決定版どうしても〝日本離れ〟できない韓国』(文春新書)、『隣国への足跡』(KADOKAWA刊)など多数。


※SAPIO2019年1・2月号

NEWSポストセブン

「韓国」をもっと詳しく

「韓国」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ