反逆罪に問われたパプア人、ほぼ全裸で出廷したワケ

1月16日(木)6時0分 JBpress

2008年、モーニングスター旗(明けの明星旗)を掲げてオランダで展開された西パプア独立運動の様子(ウィキペディアより)

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(PanAsiaNews:大塚 智彦)

 インドネシアの首都ジャカルタにあるジャカルタ中央地方裁判所は、1月13日に開かれた国家反逆罪に問われているパプア人被告6人に対する公判を、開廷後に突然延期する措置をとった。

 理由は被告のうちの2人の男性がパプア人の伝統的衣装である「コテカ」というペニスサックだけを身に着け上半身裸で出廷し、衣服の着用を求める裁判長の指示を拒否したためだ。

 ほぼ全裸の状態にペニスに筒状のサックだけを身に着けた被告2人の姿は検察、弁護側などの裁判関係者、傍聴人などが詰める公開の法廷には相応しくない、と裁判長が判断した結果だった。


「独立運動の象徴旗を持ってデモ参加」で国家反逆罪

 パプア人被告は「自分たちパプア民族の伝統的な装束である」として裁判長の着替え要求に対して譲らず、被告側の主張に対する検察側の反論が予定されていた公判は、被告人の服装が原因による延期という異例の事態となってしまった。

 地元紙「ジャカルタ・グローブ」(電子版)が伝えたところによると、被告6人は2019年8月28日にジャカルタ中心部にある大統領官邸前で開かれたパプア人によるデモに参加。その際に掲揚や所持が禁じられているパプア独立運動の象徴とされる「モーニングスター旗(明けの明星旗)」を掲げ、国家への反逆罪などに問われた。

 12月から始まったこれまでの公判では普通の服装だった男性のアンブロシウス・ムライト、ダノ・アネス・タブニ両被告は13日、上半身裸で胸に英語で「サル」と書き、下半身はコテカだけの姿で入廷した。「サル」はインドネシア人がパプア人を「揶揄する差別語」である。


パプア人差別発言が原因の抗議デモ

 ことの発端は、2019年8月17日、ジャワ島東部スラバヤ市内にあるパプア人大学生が住む学生寮に警察官が踏み込んで家宅捜索とパプア人大学生を連行するという事件にある。インドネシアの独立記念日である17日に国旗が侮辱され、捨てられている様子がSNSで伝えられ、同学生寮に普段は掲げられている国旗がなかったことから「パプア人学生が国旗を捨てた」との情報が拡散し、警察が乗りこむ事態になったのだった。

 このネット上の情報は、後に偽情報と判明するが、大学生を連行する際に警察官や集まった付近の住民や野次馬からパプア人学生に対し「サル」「イヌ」などの差別発言が続き、その様子が動画サイトなどでたちまち全国に伝わった。

 インドネシアからの分離独立の運動が続くパプアではインドネシア政府や軍・警察への反発も根強く、差別発言への抗議活動は燎原の火のごとく全国のパプア人の間に広がり、各地で抗議集会やデモが起きる事態となった。

 パプア州では抗議デモが暴動に発展して約30人が死亡する事態に発展し、ジョコ・ウィドド大統領はパプア問題が単なる差別反対からくすぶっていた独立要求運動に拡大することを懸念、治安部隊の現地増派や対話集会開催など硬軟両様で事態の沈静化に乗り出していた。

 6被告はジャカルタでのデモに参加して「禁断の旗」を掲げたことから「反逆罪」に問われ、逮捕・起訴され、その裁判は12月の初公判以来、続いていた。


パプア人男性の象徴的装束「コテカ」

 アグスティヌス・トリウィラント裁判長は13日「法廷がパプア人の文化伝統に基づく装束を尊敬していない訳ではないが、次回公判では前回までと同様の服装で出廷してほしい。本法廷では帽子や半ズボンの着用は認めているのだから」として次回公判(1月20日の予定)ではコテカを着用しないよう被告側に要求した。

 コテカはヒョウタンの一種を加工したもので、パプア州中央高地のワメナなどでは男性はコテカ、女性は腰蓑という伝統的衣装をまとったパプア人が現在も存在している。ただ、観光客などが写真撮影すると「撮影料」を要求したりするケースも多いといわれている。

 主にダニ族やヤリ族が着用するが種族によって異なるコテカがあり、全長30センチ以上の長いものや直径約10センチの「大筒状」のコテカ、湾曲状や模様が描かれたコテカもあり財布や物入れも兼ねている場合もある。

 先端部に近いところと腰を細い紐で繋ぎコテカが前に傾かないように固定され、さらにコテカ下部と陰嚢部分が紐で固定されている。

 メラネシア系のキリスト教徒が多数派のパプア人はインドネシア政府による同化政策、ジャワ島やスラウェシ島からの移民政策などでパプア人の「文化や伝統が浸食されている」として中央政府、治安当局への反発が歴史的に根強い。

 8月17日の独立記念日に大統領官邸で実施される記念式典に各民族の民族衣装を着用した来賓や治安当局者が参列することが恒例となっているが、上半身裸で肌に模様を描き、鳥の羽の被り物を頭にした「パプア人」を装う一群が必ず登場する。政府の公式行事でも「半裸がパプア人の文化」であることを認めて、模倣しているのだ。

「インドネシアは一つ」と国家としての統一を掲げながら一方で、パプア人は「未開民族」だとして多くのインドネシア人は潜在的にパプア人へ差別意識を抱いているとされている。それがスラバヤでの「サル」「イヌ」などの差別発言に象徴され、パプア人の怒りを招いたのだった。


次回公判でもコテカ着用を明言

 コテカを着用して出廷したダノ被告はアンタラ通信に対して「コテカを着用して出廷したのはこれがパプア文化の一部であるからだ。裁判官はコテカをズボンに着替えるよう要求し、事実上コテカ着用を禁止した。それに従うことは仲間のパプア人同胞から阻害されることになる。次回公判もコテカで出廷したい」と語った。

 同様にアンブロシウス被告も「コテカは我々の文化であり、アイデンティティーでもあり、裁判では着用し続ける」と述べ、次回公判でも両被告ともコテカを再び着用する姿勢を示している。

 2019年10月に誕生したジョコ・ウィドド大統領の第2期政権にとってパプア問題は独立運動や民族的少数者への差別問題も内包した最重要国内課題の一つである。

 年末年始にかけてもパプアでは複数の銃撃戦が治安部隊と独立武装組織とみられるグループの間で発生するなど治安の悪化が懸念されている。インドネシア政府、治安当局はパプア州、西パプア州での外国報道陣の自由な取材や国際NGOなどの活動を厳しく制限しており、パプアで実際に何が起きているのか正確な情報が伝わってこないのが現状で、NGOなどからは治安組織によるパプア人に対する深刻な人権侵害事案が起きている可能性も指摘されている。

 そうした情勢の中、複雑な背景のパプア問題を象徴する裁判でもあり、13日の公判でコテカ着用を理由に審理延期措置をとった裁判官の次回公判での判断が注目される。

筆者:大塚 智彦

JBpress

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