インドネシア、ついに世界最大の華人国家に

1月21日(月)6時0分 JBpress

世界最大のイスラム国家、インドネシアは、実は世界最大の”華人国家”。春節のアトラクションを観劇するムスリム。華人とともに旧正月を祝う(筆者撮影)

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 「恭喜発財(コンシー・ファッ・ツァイ)!」

 2月5日の春節が迫り、インドネシアの首都・ジャカルタにあるチャイナタウン、パサールグロッドックでは、「お金持ちになりますように!」と新年のかけ声が日に日に大きく響き渡っている。

 師走の店の軒先は、赤や金色の旧正月一色の提灯や縁起物で埋め尽くされ、ごった返す。

 インドネシア語で春節は「イムレック」。インドネシアに居住する華人にとっては、1年で最大の行事の一つだ。

 世界最大のイスラム国家、インドネシアは、国民の9割がイスラム教徒。しかし、2月5日の春節は、国民の祝祭日で、華人の新年をともに祝う。

 スハルト政権下の20年前までは、中国文化の表現が禁止されていた。

 しかし、民主化に伴い自由化され、「寛容なイスラム国家」のイスラム教徒の従業員が真っ赤なチャイナドレスで、「恭喜発財!」と春節商戦最前線で活気を呼ぶ光景が普通に見られるようになった。

 今では、チャイナタウンだけでなく、大型のショッピングモールなどで、春節を前に赤い派手な提灯などが飾られ、店内は「真っ赤」に染まる。

 日本では知られていないが、イスラム圏のインドネシアは、中国圏以外では世界で最大数の華人を抱える世界有数の“華人国家”だ。

 昨年、中国の人気ポータルサイト「今日頭条」が華人系(現地国籍取得)が多い国家のトップ10を発表。

 これによると、トップ10のうちアジア圏が7カ国、北米が2カ国、南米が1カ国がランクイン。

 トップ3は、1位がインドネシア(767万人)、2位がタイ(706万人、参考記事「新年、中国人殺到の常夏の“隠された華人国家”」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49019)。3位がマレーシア(639万人)。

 しかし、1位のインドネシアの華人系は、IMF(国際通貨基金)が昨年末発表した人口統計によると、人口約2億6200万人のうち、約3.3%の約860万人に上るとされる。

 華人のインドネシア移住は、中国唐王朝の晩期、紀元879年に始まったと伝えられる。

 今では、インドネシア国内に広東会館があるが、その祖先は1000年の月日を超え、東南アジアのイスラム諸国に移民として海を渡り、定着したというわけだ。

 1000年を超えて変らないのが、このチャイナタウンで春節に販売される旧正月の伝統菓子だ。

 正月に欠かせない赤い提灯とともに、地元の華人が必ず購入するという「クエクランジャン」。春節にしか味わえない旧正月用の「餅菓子」だ。

 クエクランジャンは、インドネシア語。餅の形が籠を想像させることから、クエ(菓子)、クランジャン(籠)と命名された。

 もとは中国餅のニエンカオから由来したもので、ヤシから採れる希少な赤い色の砂糖と餅米の粉をコトコトと、長時間煮て作るものだ。

 日本の正月の鏡餅と同様に、その餅を何個も積み重ね、食卓に並べる。

 筆者も、ジャカルタの友人宅で、このクエクランジャンを賞味したことがある。

 柔らかくて、甘く香ばしい。食べ切れないときは、後で固くなったものを蒸してから、柔らかくし、今度は椰子の果実を餅に乗せて食べる。

 また一味違った風味と味わいで、口当たりはマッタリだが、日本にはないインドネシア風南国餅のおいしさだ。

 師走になると、中国菓子店では「毎日300個から500個売れる」(ジャカルタの店主)と言うほど、インドネシアでは欠かせない春節の“おせちの逸品”だ。

 しかし、こうした伝統的な春節の原風景も、20年前の民主化前は到底、考えられなかった。

 「インドネシア華人」の歴史は複雑だ。

 1966年、親米・反共のスハルト独裁政権誕生後、華人系インドネシア人に対する同化政策が導入され、中国語教育機関、中国語メディア、華人系組織団体等が、禁止となった。

 そのため、筆者の友人(43歳)の両親は華人だが、中国語が話せない。

 スハルト大統領は翌年、「華人文化禁止令」も発布。中国名からインドネシア名への改名が決められ、プリブミ(土着のインドネシア人)社会での華人系への差別化を進めた。

 今でこそ華人はどこにでも住めるが、当時は例えば首都ジャカルタの場合、北西地区以外は居住が禁止されていた。

 今でもバトミントンの選手などで、ムスリム姓を名乗っているインドネシア華人を目にするのは、そうした歴史的経緯がある。

 さらに、1997年に起きたアジア通貨危機に伴いインドネシア経済が破滅的な影響を受け、政治腐敗への国民の怒りがスハルトの独裁政権に向けられると、今度はジャカルタで経済的に裕福な華人を標的にした暴動が起きる。

 結局、アジア通貨危機を契機に、30年以上続いたスハルト政権は崩壊。

 殺人、放火、略奪や華人女性へのレイプも勃発し、インドネシア華人の30万人以上が海外へ脱出。

 「華人資本の多くが国外流失した」とされ、インドネシア経済にも重く暗い影を落とした結果となった。

 一方、スハルト政権末期に副大統領を務めたハビビ氏が、スハルト辞任後インドネシアの第3代大統領に就任。

 政治家に転身する前は、エンジニア出身でドイツの航空機メーカーのメッサーシュミットの副社長を務めていたハビビ大統領は、「リフォマシ」(「改革」=インドネシア語)の潮流に押され、華人系社会を徐々に受け入れる民主化政策を図った。

 インドネシア華人に対する差別用語「ノン・プリブミ」も廃止された。

 暫定的なハビビ大統領の就任後、1999年10月、民主的選挙で大統領となったワヒド氏は、低迷する経済復活にはインドネシア華人、華人系実業家の協力なしでは困難と判断し、中国を初の公式訪問先に選んだ。

 ワヒド大統領の祖先は、中国福建省からの移民で、客家人だった。こうした自らのルーツも踏まえ、中国語や中国伝統の文化、宗教、そして慣習が解禁された。

 2002年には、メガワティ大統領(当時)が中国の春節(旧暦の正月)を祝祭日とし、以来、(中国圏を除く)世界最大の華人国家の「復権」が図られたというわけだ。

 さらに2014年には、ユドヨノ前大統領がスハルト時代から半世紀近く使用されてきた「Tjina(チナ)」を廃止した上、新たに「Tionghoa(中華)」を採用し、中国と華人系インドネシア人を指す公用語を変更した。

 背景には、台頭する中国経済への対中政策や民主党党首を務めたユドヨノ大統領(当時)の総選挙前の華人系支持獲得があった。

 ジャカルタ特別州知事に華人系キリスト信者のバスキ・プルナマ(通称アホック)氏が就任する(2017年宗教冒涜罪で、禁固2年の有罪判決)など、(宗教的不寛容が高まる一方)インドネシア華人の社会経済復権はスハルト以降、少なからず進められてきた。

 一例を挙げれば、インドネシアなどASEAN(東南アジア諸国連合)域内での日系企業の合弁・提携先のパートナーも、現地の有力企業である華人系企業が極めて多い。

 日系大手コンビニ業界の華人系企業グループとの合弁・提携事例だけでも次に挙げるほどだ。

 ファミリーマートは、ウィングス・グループ(インドネシア)、セントラル・グループ(タイ)、ルスタン・グループ(フィリピン)、ローソンは、サハ・グループ(タイ)。

 さらに、セブン・イレブンは、ベルジャヤ・グループ(マレーシア)、CPグループ(タイ)だ。

 ちなみに、東南アジアを代表するマレーシア最大級の財閥企業、ベルジャヤ・グループは、2016年11月、世界遺産の京都・清水寺周辺に立地する 「フォーシーズンズホテル&レジデンス京都」を資本開発。

(参考記事「京都を買い漁る外資 1泊120万円のホテル開業へ」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48890)

 2020年には、沖縄にも、フォーシーズンズを開業予定だ。

 ASEANの華人系は人口比で少数派でも、インドネシアに代表されるように華人の経済力が、各国経済を牛耳っている。

 「中国回避 東南アジア回帰」の今、日本にとって東南アジアといっても、そこは伝統的に「華人力」が押さえる経済圏だということを肝に銘じておくべきだ。

(取材・文・撮影 末永 恵)

筆者:末永 恵

JBpress

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