香港版「肉体の門」141ガールが見たデモの深層

1月24日(金)6時0分 JBpress

香港・元朗の街。新界と呼ばれる郊外地域にあり、背の低い古い建物が多い

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 2019年6月に始まった香港の反体制デモは現在も続いているが、同年11月24日の区議選で民主派が地滑り的な勝利をおさめたことを契機に、過激な行動はやや沈静化した。
 著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)が第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したルポライターの安田峰俊氏は、デモ発生から香港に通いつめて現地の情報を発信してきた。・・・が、諸事情から時機を失して発表できなかった原稿があるという。その「問題記事」を緊急寄稿してもらった。(JBpress)


風俗ビルに飲み込まれていったデモ隊の若者

 香港島の目抜き通り、軒尼詩道(ヘネシー・ロード)を人波が埋めている。2019年9月15日14時30分ごろ、香港ではこの日も数十万人規模の大規模デモがおこなわれていた。

 昼間の時間帯は「和理非」と呼ばれる平和的な市民デモがおこなわれ、夜になると「勇武派」と呼ばれる過激派が、警官隊との武力衝突や「親中的」な店舗の破壊を繰り広げる——。この当時、週末デモの展開はそうしたパターンがなかば固定化していた。

 デモのトレードマークのマスクと黒シャツに身を固めた市民の隊列は延々と続く。私は彼らの先頭近くまで先回りしようと、軒尼詩道と1ブロックを挟んで隣接する駱克道(ロックハート・ロード)を西に向けて、カメラを抱えて小走りで進んでいた。

 すると馬師道(マーシュ・ロード)との交差点で、デモ隊から外れてきた若者が道路を渡るのが見えた。人通りの少ない裏通りで黒シャツ姿は目立つため、何気なく目で追っていると、彼は「富士大厦」(FUJI BUILDING)と書かれたピカピカのビルの入口にスッと吸い込まれていったのだった——。

「おいおい、マジかよ?(笑)」

 私の苦笑には理由がある。この富士大厦は、内部に「141」(一樓一鳳、一樓一)と呼ばれる性風俗店が数十部屋も密集した、香港でも指折りのいかがわしい建物として有名なのだ。

 香港市民が未来を賭けて戦うデモの開始早々に離脱して、進行ルートの近くにあるエッチなお店に、真っ昼間からマスクと黒シャツのデモ姿のままでフラフラと行ってしまうダメ人間。私は彼の姿に少々あきれつつも、生々しくも憎めない人間味を感じたのであった。


141という香港版の「飛田新地」

 話を先に進める前に141について簡単に説明しておこう。ものごとの性質上、信頼度が高い情報源がきわめて少ないので、やむをえず主に中国語版のWikipedia記事「一樓一鳳」の記述にもとづいて書く。

 香港では売春行為自体は禁じられていないが、金銭を対価にした性的サービスを組織的に提供する管理売春は違法となっている。ゆえに法の抜け穴をつく形で、客となる男性が、アパートの部屋に1人で暮らす個人事業主の女性を訪ねる形の性産業が発達することになった(ちなみに香港の旧宗主国であるイギリスも同様らしい)。

 とはいえ、管理売春の禁止はあくまでもタテマエの話だ。香港各地の繁華街や下町には、ほとんどの部屋が「141」になっているボロい建物が少なからず存在する。日本人にイメージしやすく言えば、大阪の飛田新地や往年の横浜の黄金町のような「ちょんの間」街が、住宅事情が厳しい香港ではひとつのビルの形をとり、立体的に展開していると考えてもいい。

 客の男性はそうしたビル内に入り、ドアのインターホンを鳴らして女性を訪ねる。出てきた相手と条件が折り合えば交渉成立だ。そのシステムゆえに、現地の日本人駐在員の間では「ピンポンマンション」といった俗称もあるらしい。

 香港の性産業広告サイトの「一樓一」の項目を見る限り、141で働く性産業従事者は「北姑」や「北妹」と呼ばれる中国大陸出身者が多数を占める。お客の男性が払う金額は、女性の年齢や容姿にもよるが280〜2000HK$(約4000〜2万8000円)くらいと、範囲にかなりの幅があるようだ。

 地元の香港出身の女性は「陀地妹」と呼ばれるが、大陸パワーに押されて数は減っている。さらに香港は国際都市であるだけに、数は少ないものの日本・台湾・東南アジアなどの各国や、ウクライナやロシア出身の女性が141で働いているケースもある。香港の遊び人たちは、白人系の女性については「金絲猫」(金色のネコ)、「鬼妹」(西洋女性)といったあだ名で呼んでいるという。


デモ参加者を接客した141ガールを探せ!

 香港デモはもともと、中国大陸への容疑者送還に関する法律改正案の撤回を要求して勃発し、そこに若者の反警察感情や反中感情が加わって過激化した。デモ現場では大陸出身の中国人の排斥や、中国製品・親中派企業の製品のボイコットを訴える過激なメッセージも多い。デモシンパの間では、親デモ企業のリストが「黄色経済圏」、親中派や反デモ派の企業のリストが「藍色経済圏」と呼ばれて出回り、黄色経済圏での消費活動が推奨されている。

 だが、ときに100万人規模におよぶデモ参加者のなかには、中国大陸出身の夜の女性に対する消費は「黄色経済圏」の例外だと考える男性も存在するようなのだ。ぜひ141の関係者から実情を聞いてみたいところである。

・・・もっとも、私自身が「お客」になって取材相手を探すのは、コンプライアンス的な問題はもちろんのこと、成果を得るまでに膨大なトライ&エラーが予想されるので現実的ではない。

「デモ参加者を接客した経験を持つ」「政治的な問題である香港デモについて喋ってくれる」「本人の身元についてもある程度は教えてくれる」という条件をクリアできる中国大陸出身の141ガールは、簡単には見つからないはずなのだ。

 そこで私は、香港や広東省で働く複数の日本人駐在員に連絡を取り、彼らがWeChat(中国で普及しているチャットソフト)の連絡先を把握している141ガールのなかから、取材に応じられそうな人を探してもらった。

 結果、30人以上のアドレスを保持していた風俗大王のような遊び人から紹介してもらった1人が、141での勤務歴を持つという話し好きの中国人女性・ココさん(仮名)だった。


重慶のネトゲ代打ちシングルマザー

 もっとも、ハードルはまだあった。ココさんは月に1回程度、中国大陸から観光滞在を名目として、香港へ1週間程度の出稼ぎに来る。連絡が取れた9月下旬の時点では、彼女はまだ大陸の地元にいたのだ。

 結局、紹介者の同席のもとで彼女に直接話を聞くことができたのは、私が香港区議会選の取材のために再渡航した11月後半のことであった。

 ココさんは取材時点で23歳。香港から北西に約800キロ離れた中国内陸部の重慶市の生まれで、最終学歴は高卒だ。バツイチで1歳の子どもがおり、喫煙者である。中国での職業はネトゲ(オンラインゲーム)のレベル上げ代行などをおこなうフリーター。普段の月収は3000元(約4万8000円)くらいだという。

(余談ながら、福建省には彼女のネトゲ道の「師匠」がいるらしい。この師匠のもとでネトゲの代打ちを学んだ門弟には、なぜか日本の長崎県で暮らす在日中国人もいるそうだ。中国のマイルドヤンキーの世界が垣間見られて興味深い)。

 ココさんはある日、地元の友人から稼げる仕事があると紹介され、2019年8月末と10月、そして11月の3回にわたり香港で働くことになった。

 最初の勤務先は、香港の悪所として日本人にも知名度が高い富士大厦ではなく、銅鑼湾の「合宜大厦」というビルだ。2回目以降は、香港北西部の郊外地域・元朗で300HK$(約4200円)のサービス料でお客を取っている。紹介者の話では、彼女が働く場所や価格帯は141ガールとしては低いランクに属するらしい。

 以下、対話文形式で、そんな重慶のヤンママが語る香港デモの姿をお伝えしよう。


お前たちは洗脳されている!

——8月末から香港に出稼ぎを繰り返しているみたいですが、これはデモがどんどん激化した時期とほぼ重なります。違いは感じました?

ココ 最初はどうってことなかったんですが、10月からは街が殺伐とした感じがあります。壁が落書きだらけだったり、デモの日は通行人や自動車を見なくなったり。他の女の子も、お客が減っているって言ってます。そもそも、香港は怖いので女の子の側も出稼ぎを躊躇する人が出ていて。

——141に来る香港人って、どういう人たちが多いですか。

ココ 年配の人もいますけど、30代くらいの人がいちばん多いです。お金なさそうな感じの人が多い。あと、元朗は南アジア系のお客さんがけっこういますねー。

——なるほど。ところで、デモ隊のお客さんが来たときの話を聞かせてください。

ココ 働きはじめて1日目の夜に会いましたね。8月後半の週末で、たぶん同じ歳(20代なかば)くらいの男の子。私が重慶から来たと話したら「お前たち大陸の人間は洗脳されている!」「中国の報道は統制されている! お前たちには自由がないのだ!」とか言い出して、超めんどくさかった。

——超めんどくさかった(笑)。

ココ こういう店に来て何言ってんのって感じですよね。私は自由なんだけど! と思ったんですが、言い返すのはよくないなーと思って黙ってたんです。あとは・・・。ええと「これは400HK$(約5600円)で買ったんだ!」って言って、デモで使う帽子とか防毒マスクを見せてきました。

——8月だと、まだ警察の取り締まりがその後よりはユルい時期なので、彼もガードが甘かったんですかね。

ココ さあ? で、「お兄さんは仕事なにしてるの?」って聞いたら「仕事はやめた!」って言ってて。

——あかん。

ココ 当時、合宜大厦にいたときの私の料金は500HK$(約7000円)だったんですよ。彼は働いたほうがいいんじゃないかなあと思いました。


香港で『環球時報』動画を見続ける

 ココさんはこの手の取材をわざわざ受けていることからもわかるように、政治や社会情勢に比較的関心が高いタイプだ。

 取材中にスマホを見せてもらうと、抖音(TikTok)で『環球時報』など中国国内系のニュースチャンネルを大量にフォローしていた。お客が来ないときはこれらを見ているそうで、香港にいるのにほぼ中国国内の情報源のみから「現地情報」を得ているらしい。

 中国国内の香港デモ報道の特徴は、デモ隊の破壊・暴力行為や警察への攻撃は伝えるいっぽうで、デモの理由について正確な説明をほとんどしないことだ(「外国の陰謀」「香港の貧富の格差」といった説明はなされる)。当然、ココさんの香港デモ認識も似たようなものとなっている。

ココ 中国は自由な国でしょ。すくなくとも、お金があったら自由や幸せを買えるじゃない。でも香港の暴徒(注:中国大陸の人は香港デモ参加者を「暴徒」と呼ぶ)は、国家に支配されること自体が「不自由」だと思ってるみたいで。ほんと、意味わからない。

——中国国内の人の考え方だと、そうなるわけですよね。

ココ 国家に支配されるのは当たり前だし、それを嫌がるのはわがままじゃないですか。


「暴徒」に助けてもらった夜

ココ でも、暴徒もみんな悪い人たちじゃないんですよ。

——なんでですか。

ココ 元朗で働きはじめてから、深夜に仕事が終わって隣の部屋の女の子とごはんを食べに行ったら、暴徒が警官と戦っている現場に入っちゃったんです。それで、警官が撃った催涙弾のガスが目に入って大変で・・・。これまでも141のビルの外で衝突が起きて、部屋まで催涙ガスがちょっと漂ってきたことはあったけれど、モロに浴びると全然違ってて。

——相当しんどいでしょう。私たち報道の人間がゴーグルとマスクを完全装備していても、肌が露出する首や頬はかなりキツいですから。

ココ うん。それで私たちが泣いてうずくまっていたら、黄色い蛍光ベストを着たデモ隊の救護班が助けに来たんです。「大丈夫?」って普通話(中国の標準語)で話しかけてくれて、目薬をさしてくれて。ティッシュももらいました。すごく親切で、いい人たちでした。

——いい話ですね。

ココ それで思ったんです。彼らは暴徒だけれど、一人ひとりは本来は善良な人間だったんだって。それが、どうして道を誤ってこんなに悪いことばかりするようになったのか・・・。なにか、誤解があるんじゃないのかなあ。

——お、おう。


デモ隊の破壊店舗からスマホを略奪転売

 香港デモは8月末ごろから過激化し、HUAWEI(ファーウェイ)や中国銀行などの中国大陸系資本の店舗や、デモ隊側から「親中的」とみなされた香港企業の店舗や地下鉄に対して、一部の勇武派が破壊や放火を繰り返すようになった。もっとも、一連の破壊行為は(すくなくとも当事者にしてみれば)政治的な意見表出が目的であるため、銀行や小売店が破壊されてもデモ隊自身による略奪はほとんど起きていないとされる。

 とはいえ私が現地で聞いた話によると、11月24日の香港区議会選を境にデモが多少は沈静化するまでは、警察がデモ対応に忙殺されており、デモが多い地域では治安の悪化が肌で感じられたという。

——ほかにおもしろいお客さんが来たことはありますか?

ココ 10月の元朗で、「すっげえ儲かった!」って言って3日くらい連続で遊びに来た20代前半の人がいたんですよ。あんまり勉強してなさそうで、仕事もしてないって言っていたんですが。

——なんで3日連続で。

ココ 私も理由を聞いたら、デモ隊がぶっ壊した中国移動(チャイナモバイル:大陸資本の携帯通信事業者)なんかの店舗から、ディスプレイ展示されていたスマホとかタブレットPCを大量にパクって売りさばいたらしいです。「1万HK$の商品なら5000HK$で売れる」って言っていました。「お前にもひとつやろうか?」って言われたけど、嫌な感じがしたので断りました。

——ヤバいやつだ。彼はデモの参加者なんですか?

ココ 政治的なことはなにも喋らなかったし、たぶん普通の野次馬だと思います。店がぶっ壊された跡は私も見たけれど、警察もいないし、たぶん物を盗んでも誰も何もいわない。その気になれば盗み放題なんじゃないかな。

——日本では報道されない真実だ・・・。

ココ その人は盗品の転売で相当儲けたみたいで、「これからタイに行って遊んでくる」って言ってましたねー。


新型コロナウイルスは香港情勢をどう変えるか

 香港デモはいまなお市民の過半数が賛成しており、年が明けた1月1日にも、主催者発表で100万人規模に達する平和的な大規模デモがおこなわれた。言うまでもなく、本記事のココさんの話に登場したとんでもないお客たちは、香港デモの周辺にいるごく一部の人々でしかなく、デモ参加者や運動全体の性質を示すようなものではない。

 とはいえ、香港の全市民を巻き込んだ大騒動であるからこそ、一般の報道ベースにはあらわれない「意識の低い」話が多々あるのも事実だ。また、社会問題に興味を持っているがごく庶民的な感覚で生きている中国の一般人の、香港デモへの認識を垣間見られる話でもあった。

 香港の過激な抗議運動は2019年11月の区議選を境にやや下火になった。また、今後は新型コロナウイルスの流行で外出や集団行動を控える人が増えることから、デモの動員人数はしばらく下がるとみられる。

 ただ、デモ賛成派と反対派の双方の香港市民の感情的なしこりは大きい。加えて香港人の中国大陸への不信感は、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行の際に中国政府の情報隠蔽によって被害が拡大したトラウマが大きく関係している。今回の新型コロナウイルスの流行でも、同様の構図が生まれれば、中国への嫌悪感がより強まりかねない。

 香港の抗議運動と、香港人と大陸出身の中国人との価値観のすれ違いは、今後も細く長く続くのだろう。

筆者:安田 峰俊

JBpress

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