アッバス議長顧問「パレスチナ和平に日本も一役買ってほしい」

2月15日(木)18時0分 ニューズウィーク日本版

<パレスチナ自治政府・アッバス議長のナビール・シャース顧問が語る、日本に期待するパレスチナの国家承認>

2週間ほど前、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長の顧問ナビール・シャース(国際関係担当)が日本を訪れていた。シャースは議長の特使として日本政府関係者と協議を行い、パレスチナ国家の承認を要請した。

シャースはアメリカの大学で学び、70年にパレスチナ解放機構(PLO)に参加。93年にイスラエルとパレスチナがパレスチナ暫定自治に関する「オスロ合意」を結んだ際は、合意文書の作成など重要な役割を果たした。94年に設立されたパレスチナ自治政府では、03〜05年に外相を務めている。

そんなシャースに単独インタビューを行い、パレスチナと中東和平交渉の行方について話を聞いた。来日回数が21回に上り、寿司や刺身が大好きだという彼はおおらかでざっくばらん。「何を聞いてくれてもいいですよ」とさらっと周囲を気遣い、物腰も柔らかである。この人柄が交渉力の秘訣なのか。

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——アメリカがエルサレムをイスラエルの首都と認定した問題では、昨年12月の国連総会でアメリカに撤回を求める決議案が採択されました。パレスチナ和平は世界各国から支持されているにもかかわらず、なぜ一向に進まないのだろうと思ってしまいます。その原因はどこにあるのでしょうか。

「絶対的権力は絶対的に腐敗する」という英歴史家ジョン・アクトンの名言は国家にだけでなく、今の世界情勢にも当てはまる。世界の権力構造は変化の節目にあり、アメリカ自身も薄々とそれを感じているはずです。かつてお友達のふりをしていたロシアもヨーロッパも、対等に世界を動かせる力がついてきました。世界を動かす力は分散化し、多元的な方向に向かっているということです。そのリーダー候補に名を連ねるのはロシアや中国、ヨーロッパ、それからインドや南アフリカ、ブラジルなど。もちろん日本もその候補の一つです。

この話をすると、みんなは信じてくれないが、経済や文化、軍事などと同様に権力もグローバル化の波に押されて多元化し始めています。もうアメリカの決定一つで世界が回るような時代ではありません。その証拠に、北朝鮮問題への対応やメキシコとの摩擦、ロシアや中国との接近などアメリカを取り巻く動きを見れば、いかにその求心力が低下しているかが分かります。アメリカ自身の混乱を示す最大の出来事は、ドナルド・トランプのような人物が大統領になったことです。アメリカはこれ以上ないほど困った状況にあるのでしょう。

——今後の中東和平交渉は「アメリカなし」でも「アメリカオンリーワン」でもない、新たな取り組みがささやかれているようですが、これについてパレスチナ側の考えは?

アッバス議長の言葉を借りれば、われわれはリスクも取らず、冒険もしません。和平交渉のメンバーからアメリカを外すつもりも、以前のように独占させるつもりもありません。そのことをわれわれは明らかにしていますし、日本や他の世界の国々にも理解してほしい。アメリカを敵対視するとか、仲間はずれにするようなことは決して考えていません。しかし同時に、日本やロシア、中国などが疎外されるような状況にはしたくありません。

パレスチナとイスラエルの和平実現は、多元的な権力の下で進めるべきです。日本もその主導的な立場の一国になってほしい。世界のパワー構造が変わりつつある今だからこそ、自国のためにも一歩踏み出して日本独自の政策の下で新しく出来上がりつつある「ニューワールド」の構築に一役買ってほしいです。

——しかし、日本は変化するのが難しい国だとよく言われます。

世界がさまざまなレベルで変化しているのは事実ですし、日本もいずれ変わらなければならない。極東の一国で材料や資材を輸入し、製品を作って世界に輸出するという存在だけではその変化についていけなくなるでしょう。だからこそ、変わらなければならないのです。世界で新たなリーダーが生まれ権力構造の変化が進むなか、アメリカだけを頼りにするような考えはもう時代遅れとなるでしょう。

それから、日本はイスラエルを承認しているといいますが、その国境はどこにあるのでしょうか。イスラエルはいまだに国境を画定していない国ですから。パレスチナを承認することは世界や日本にとって重要な意味を持っています。なぜならパレスチナを国家承認することで、中東和平問題に対する国連決議の不履行など、現在、乱れている国際社会の秩序と原則を正しい方向に戻すことになるからです。

日本にはそのことに一役買ってほしい。そうでなければ、いざというとき、つまり日本政府がパレスチナを国家として承認することになったとき、イスラエルの入植活動や侵食によってパレスチナ領土の残りの部分がなくなっているに違いありません。

もはやパレスチナの国家樹立と承認は待ったなしの状況です。日本もそう認識すべきです。もちろん、パレスチナをいきなり承認するのは難しいことはわれわれも理解できますが、段階的な形でもいいですし、フランス議会がパレスチナを国家承認するよう政府に求める決議を可決したように、日本の国会による承認要請という形でもいい。方法はいろいろあります。



——パレスチナ問題を一言で表現するなら?

パレスチナはわれわれの国であり、また手放すつもりは絶対ありません。われわれが望んでいるのはイスラエルを追い払うことではなく、むしろイスラエルとともに平等で平和な暮らしを実現することです。

かつて150万人だったパレスチナ人の人口は現在、国内だけで660万人に上り、海外で暮らす難民を含むと1260万人以上になります。そのうちの160万人がイスラエル国籍を持ち、イスラエル社会の一員として暮らしています。われわれはイスラエルと1つの国で暮らすか、パレスチナとイスラエルの2つの国で平和に暮らすかのいずれかの選択を受け入れ、パレスチナでの和平を実現したいと思っています。一方、イスラエルはパレスチナの全てが自分たちのものだと主張し、われわれの領土をどんどん盗み、われわれを追い出そうとしているのです。

——トランプ米大統領はエルサレムをイスラエルの首都として公式に認定するとしましたが、パレスチナ市民の反応は極めて冷静だった印象があります。80年代のようにインティファーダーが起こったわけでもない。パレスチナ人の抵抗のスタイルは変わったのでしょうか。

私たちはトランプ大統領とその決定に対して、最大限の表現と行動で「NO」とはっきり拒絶しました。現代史においてもアッバス議長のように、イスラエル首都認定というアメリカの決定を拒絶したパレスチナ元首はいません。

——今後のイスラエルとの和平交渉で期待できる人物は?

残念ながら1人もいません。かつてはイツハク・ラビン元首相のような平和を愛した人間もいましたが、彼が(95年に)暗殺されてから、またイスラエルでベンヤミン・ネタニヤフが(09年に)政権を取って以降はその面影もありません。

——日本はかつて宿敵だったアメリカと同盟国となった、数少ない例の1つです。将来、パレスチナとイスラエルが、アメリカと日本のように友好的なパートナー関係を築く可能性はあると思いますか。

もちろんその可能性は大いにあります。かつて、そういう可能性を思わせるところまで近づいた時期もありました。(オスロ合意のあった)93年から96年まではパレスチナ人とイスラエル人が行き来していましたし、ガザ地区とその周りのイスラエル入植地の家族が交流し、お互いの子供たちがホームステイしたりもしていた。平和実現まであと一歩のところでした。

——日本の若者に伝えたいことはありますか。

私たちパレスチナ人はあなたたちのことをもっと知りたいですし、お互いに知的な関係を築いていきたいと望んでいます。

80年代は、経済発展を成し遂げた日本の話題で世界中のマスコミが湧いていました。それを見た私は、ひょっとして、これから私たちの目指すべき新しいモデルとなるのは日本なのかもしれないと思い、日本に関する本を片端から読み漁り「日本」という国を勉強しました。私は、アラブ人が日本のようなユニークなモデルを検証し、学ぶべきだと昔も今も思うのです。

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パレスチナ人は和平実現を心から望んでいると、想いの詰まった彼の言葉からはひしひしと伝わってくる。司馬遼太郎は著書『この国のかたち』(文芸春秋)で「日本史には英雄がいないが、統治機構を整えた人物はいた」と記している。

今のパレスチナに必要なのは英雄になれる人物よりも、パレスチナ和平と国家樹立に向けたマスタープランを作り、統治機構を整えられる力なのかもしれない。和平実現やその先の自立した経済などさまざまな課題について自ら備えを用意し、多元的権力構造の新たな世界で多くのパートナーとの協力関係を力にして、確実に和平を実現してほしい。

【執筆者】アルモーメン・アブドーラ

エジプト・カイロ生まれ。東海大学・国際教育センター准教授。日本研究家。2001年、学習院大学文学部日本語日本文学科卒業。同大学大学院人文科学研究科で、日本語とアラビア語の対照言語学を研究、日本語日本文学博士号を取得。02〜03年に「NHK アラビア語ラジオ講座」にアシスタント講師として、03〜08年に「NHKテレビでアラビア語」に講師としてレギュラー出演していた。現在はNHK・BS放送アルジャジーラニュースの放送通訳のほか、天皇・皇后両陛下やアラブ諸国首脳、パレスチナ自治政府アッバス議長などの通訳を務める。元サウジアラビア王国大使館文化部スーパーバイザー。近著に「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人」 (小学館)、「日本語とアラビア語の慣用的表現の対照研究: 比喩的思考と意味理解を中心に」(国書刊行会」などがある。

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アルモーメン・アブドーラ(東海大学・国際教育センター准教授)

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