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KLで金正男暗殺、背後に北朝鮮の脱中国政策

JBpress2月17日(金)6時12分
画像:金正男氏が2人の実行犯に襲われた現場の国際線出発ホール(クアラルンプール国際空港第2ターミナル、筆者撮影)
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金正男氏が2人の実行犯に襲われた現場の国際線出発ホール(クアラルンプール国際空港第2ターミナル、筆者撮影)

 東南アジアには「平壌(ピョンヤン)レストラン(国ごとに微妙に名称が違う)」という北朝鮮政府直営の料理店がある。表向きは何の変哲もないレストランだが、そこは国際的な地下経済やその活動の拠点の1つになっているとも言われる。

 筆者も訪れたことがある。玄関先では、チマチョゴリを身に纏った妖艶なアガシが微笑みながら迎えてくれた。

 店に入ると北朝鮮兵士が「金主席万歳!マンセー!」と叫ぶビデオが流されており、北朝鮮名物「平壌冷麺」などに舌づつみを打ちながら、「喜び組」のライブも楽しめる。

 彼女らは容姿、舞踊、歌だけでなく、朝鮮語以外に、中国語、英語、料理店のある現地の言語も話す、北朝鮮から送られた"ハニートラップ"の精鋭中の精鋭、インテリの情報工作員とも言われている。

 どちらからですかと聞かれ、「日本人(イルボンサラム)」と言うと、彼女らの穏やかだった表情が一転曇り、「拉致される?」と一瞬、恐怖におののいたことは今でも記憶に新しい。


北朝鮮と国交がある国は161か国

 韓国の外交白書によると、北朝鮮と国交を樹立しているのは、161か国で、平壌に大使館を置いているのは、24か国。あまり知られていないが、意外に多い。

 この「平壌レストラン」も中国、ベトナム、ミャンマー、タイ、インドネシア、パキスタン、マレーシアなどの国交樹立関係にある国々で開業してきた。

 とりわけ、今回、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(ジョンナム)氏(46)が暗殺されたマレーシアは、反米のマハティール元首相の影響で、2009年に両国間で相互ビザなしで訪問できる「最初の国」となり、北朝鮮が2003年からクアラルンプールに、翌年にはマレーシアがピョンヤンに双方が大使館を設置。

 マレーシアはこれまで北朝鮮の要請で、朝鮮半島情勢を巡る6者協議関連などの舞台にも頻繁に選ばれ、昨年10月には北朝鮮の外務省幹部と米国の元国務省幹部らが非公式に接触したことが確認されている。

 また、2013年には、マレーシアの私立ヘルプ大学が金正恩に名誉学位を授与するなど、マレーシアは北朝鮮と“緊密”な二国間関係を築いてきた。

 今回、マレーシア当局は「キム・チョル」の偽名旅券で正男氏を入国スルーさせるなど、「北朝鮮者の出入に“寛容”な国」(西側外交筋)でも知られ、これまで頻繁に北の工作員の姿もキャッチされてきたほどだ。

 今回の正男氏の暗殺事件で、「韓国の情報機関、国家情報院が事件発生数時間後にすでに事実を掌握していた」(同上)とされる一方、マレーシア政府の対応が後手に回り、犯行実行場所そのものにマレーシアが“選ばれた謎”も紐解くことができる。

 北朝鮮が活動拠点を東南アジア地域に拡大する最初のきっかけは、2005年の米政府によるマカオの銀行の金融制裁だった。以来、“親北”のマレーシアなどに秘密口座を開設するようになったと言われている。

 情報筋によると、正男氏は父の金正日が生存のときは、クアラルンプールの北朝鮮大使館などから金銭的支援を受けていたが、金正恩政権発足後の2012年からは、マレーシア、インドネシア、シンガポールに拠点を置くIT関係の会社などの海外ビジネスパートナーとのビジネスで経済的基盤を支えていたという。

 「今回、6日にマレーシア入りしたのもビジネス関連だろう」(正男氏知人関係者)といわれている。

 クアラルンプールには、2010年から2013年頃、最大の支援者の叔父の張成沢氏の甥で正男氏のいとこが北朝鮮の大使に赴任している間、KL郊外の一軒家に住み、長いときは半月から1か月近く滞在し、近隣のお気に入りバーによく姿を見せていたという。

 しかし、張成沢氏一家が2013年に処刑された後は、マレーシアで目撃されることがほとんどなくなり、再び姿を見るようになったのは、ここ1、2年ほどだったという。

 ”親北”のマレーシアでは、2011年4月から北朝鮮唯一の航空会社、高麗航空(エア・コリョ、KOR)が、平壌−クアラルンプール(KL)間の直行定期便を就航させている。

 ロシア製のツポレフ「TU-204」型機(座席数142席)やウクライナ製のアントノフ24Bなどで、2016年時点で同航空は定期路線を中国の北京、上海、瀋陽、ロシアのウラジオストクに飛ばし、かつてはネパールやタイなどにも路線を広げていた。

 マレーシアには、定期便を就航する前にはクアラルンプール国際航空にチャーター機を飛ばしていた。

 しかし、マレーシア人がいきなり飛行機で北朝鮮に旅行することは不可能で、KORの独占代理店「長江旅遊」を通じ、北朝鮮のガイド同伴ツアーのみで、平壌を中心に開城や妙香山を周遊する3泊5日のツアーや、北朝鮮と中国をセットにした商品が派手に宣伝されていた。

 価格は、平壌3泊5日ツアーで約2000から2500リンギ(約5万2000円から6万5000円)に設定されていた。


マレーシアからの観光客は年間1000人

 就航当時は、地元紙に「スリ、物乞い、エイズウイルス(HIV)感染者が1人もいない、最後の浄土」と全面広告を掲載。

 一方で「朝鮮半島で戦争勃発時には予約金、ツアー料金返金で1000リンギ賠償(約2万6000円)」とも記載され、”危険だがレアな旅”と興味をそそり、関係筋によると、北朝鮮を訪問するマレーシア人は年間約1000人に達していたという(2015年以降運休)。

 実は、東南アジアではシンガポールもビザなしで相互訪問してきた。しかし、昨年7月、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議2270号の履行措置に基づき、シンガポール政府は、北朝鮮とのビザ免除制度中止を決定。昨年10月から、北朝鮮住民に対し入国ビザを義務づけた。

 シンガポールは、昨年6月、安保理に提出した制裁履行報告書で、「制裁対象の北朝鮮人入国拒否と北朝鮮国籍者へのビザ規制強化を準備」としていた。

 特にシンガポールは、金正恩氏の叔母、金敬姫(キム・ギョンヒ)氏ら、北朝鮮の実力者も治療や観光などで訪問していた国だ。

 「北朝鮮はビザ免除でマレーシアとシンガポールを外貨稼ぎの拠点として活用してきた」(外交筋)とされ、シンガポールの決定で、北朝鮮は外貨稼ぎと対外活動の縮小を余儀なくされた。

 そればかりかシンガポールに本部を置く「朝鮮エクスチェンジ」など、北朝鮮人材への技術教育や民間交流を推し進めてきたNGOにとっても大きな痛手となった。

 一方、昨年一連の中央日報など韓国メディアの報道では、北朝鮮消息筋の話として、「国連安保理で対北朝鮮制裁案を決議した後の同年3月頃から、特に中国が国連制裁決議実行に前向きな姿勢を見せ始めると、北朝鮮の活動が自由にできる東南アジアに中国から重点的活動を移行し始めた」という。

 具体的には、「北京や上海など中国の大都市にいる北朝鮮の幹部ら50人ほどをベトナム、カンボジア、ミャンマー、タイなどに配置換えし、北朝鮮政府は新規事業を始めさせた」としており、これまで対外経済や活動で最大の支援国だった中国から北朝鮮が逃げる一連の”脱中国”の動きで、東南アジアシフトが加速している。


活動拠点を中国から東南アジアへシフト

 「彼らの中には朝鮮鉱業貿易開発協会(KOMID)や朝鮮労働党39号室が含まれ、特に朝鮮労働党39号室は、北朝鮮による昨年1月の核実験、2月のミサイル発射で、国連の安保理から制裁機関に挙げられている」という。

 中国に長年あった北朝鮮の最大活動拠点を以前から国交を樹立している国のある東南アジアに移行することで、現地の大使館を利用し、「特に、カンボジアやミャンマーなどでは、その国の国籍取得が安易に可能で、北朝鮮関係者が現地国籍を取得して活動を広範囲に実施している」(前出の外交筋)ともいう。

 かつてシンガポールで北朝鮮の資金管理を担当し、韓国に亡命したキム博士は、「昨年1月の核実験後、”脱中国計画”を立案した可能性がある」(韓国メディア)とさらに裏づける。

 脱中国で、東南アジアに活動拠点をシフトした金正恩政権は、中国から援助を受け、東南アジアを拠点とした異母兄弟の正男を暗殺することで、国際社会だけでなく中国に対して、宣誓布告をアピールしたことになり、今後、中国や東南アジア諸国を巻き込んで情勢がさらに緊迫することは必至だ——。

筆者:末永 恵

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