展示会中止で余った「金正日花」を住民に押し売りする北朝鮮の地方政府
2021年2月21日(日)8時44分 デイリーNKジャパン
北朝鮮の首都・万寿台(マンスデ)の丘にそびえ立つ金日成主席と金正日総書記の巨大な銅像。外国人観光客も多く訪れるが、案内員(ガイド)からは、花を買って銅像にお供えするように促される。
大切な人やお墓に花を手向けるのは世界的に見られる習慣だが、花に最高指導者の名前を付けてしまうのは、北朝鮮ならではだろう。ひとつは金日成花。バンドン会議でインドネシアを訪問した金日成氏が、当時のスカルノ大統領から贈られた蘭の一種だ。もうひとつは金正日花。1988年に日本の園芸業者が金正日氏の46歳の誕生日を祝って贈ったとされているベゴニアの一種だ。
光明星節(2月16日の金正日氏の生誕記念日)になると、展示会やお供え用の金正日花の需要が高まるが、当局がそれを利用してカネ儲けをしており、住民から不満の声が出ていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
平安北道(ピョンアンブクト)の情報筋によると、光明星節を控え、雲山(ウンサン)郡の永世塔(「偉大な首領様は永遠にわれわれのそばにいる」と刻まれたオベリスク)の周りには、国家機関、工場、企業所、一般住民が捧げた花束や花輪が並べられているが、それらはすべて地元の党組織の温室で栽培されたものだ。
郡党(朝鮮労働党雲山郡委員会)が運営する温室では金日成花と金正日花が栽培され、毎年光明星節と太陽節(4月15日の金日成氏の生誕記念日)に平壌で開かれる展示会に出品されていた。
ところが、今年は金正日花展示会が行われないこととなった。展示販売による利益が期待できなくなり困った郡党は党員に対し、温室で栽培した金正日花やその他の様々な花を買って光明星節の朝に永世塔に捧げるように指示を下した。花1輪1000北朝鮮ウォン(約15円)から、鉢植えの金正日花は10万北朝鮮ウォン(約1500円)と、価格は千差万別だ。
花を捧げる「花贈呈事業」への参加は事実上、強制だ。もし、花を捧げないとしたら、思想的に問題がある人物とみなされ、最悪の場合は政治犯に問われかねない。それで、コロナ鎖国による経済難で苦しい中でも、財布をはたいて花を買うのだ。
一方で、鉢植えの金正日花を買い求める人も多く、格差社会の深化、両極化がうかがえる。観賞植物にして自宅に飾るためだが、金正日花そのものが政治性を帯びたものであるため、購入することはお上の覚えを良くする効果がある。
一般住民は銅像に花1輪を捧げることになっているが、トンジュ(金主、新興富裕層)は花輪を捧げ、忠誠心のあるところを見せつけて、党の信任を得ようとする。実際、花輪を捧げる人のリストは当局に通知される。ちなみに花輪は、機関、工場、企業所の長が代表として捧げるものだ。住民は、そんな状況を、神聖な花が当局のカネ儲けのネタになっていると鼻で笑っている。
新義州(シニジュ)の別の情報筋によると、市党(朝鮮労働党新義州市委員会)や人民委員会(市役所)は、忠誠心を示すために、花や花束を買って、太陽像(金日成氏の銅像)に捧げるよう指示を下した。この時期に購入可能な花は、温室栽培された金正日花しかない。
機関、工場、企業所では、従業員からカネを集めて、温室で栽培された金正日花で作った花輪を作り、銅像に捧げるが、高いものだと30万北朝鮮ウォン(約4500円)もし、花輪の中心に金正日花が多く挿されたデラックスバージョンならその倍の価格だ。
その販売収益が市党の金庫に入ることは言うまでもないが、光明星節を利用して金正日花を押し売りして暴利を貪っていると、当局のやり方に非難が相次いでいる。
光明星節、太陽節には必ず「花贈呈事業」、つまり花を銅像に手向けることを強いられるが、その花は「花販売所」で購入する。ところが、今年は花販売所ではなく温室で販売しており、それも強制的に買わせるのは今まではなかったことだと、情報筋は指摘している。
RFAは2015年、炭鉱地帯の平安南道の安州、肅川(スクチョン)、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の明川(ミョンチョン)、会寧(フェリョン)、慶興(キョンフン)などで、個人が温室を作り、キュウリ、スイカ、トマトに栽培していたが、中国産の輸入品と比べ価格面で競争にならず、より儲かる金日成花、金正日花の栽培に切り替えていると報じている。
金日成花、金正日花の個人栽培の状況は現在でも不明だが、最近は「儲けすぎ」のトンジュを摘発し、財産を取り上げ、利権を国家機関が回収するという流れが起きていることから、個人栽培に何らかの制限が加えられている可能性もある。