中国に倣え:ロシアがインターネット遮断の試み

2月21日(木)6時8分 JBpress

ロシア下院、インターネット隔離法案を支持 「北朝鮮式」可能に。写真はデータセンターのサーバーに接続されたケーブル(2018年7月25日撮影、資料写真)。(c)Yann Schreiber / AFP〔AFPBB News〕

 今年2月8日、ロシアの有力ビジネス紙『RBK』は、ロシア政府が多数のインターネット事業者を含む大規模訓練を実施する計画であると報じた。

 RBKによると、この演習にはメガフォン、ビーライン、MTS、ロステレコムといった主要通信事業者が参加し、全体の統括はInfoWatch社のナタリヤ・カスペルスカヤ氏(ネットセキュリティ企業として有名なカスペルスキー社の創設者、エフゲニー・カスペルスキー氏の元妻)が担当するという。

 演習の目的はインターネット網の運用能力と安全性に関して如何なる喫緊の脅威が存在するかを明らかにすることとされている。

 しかし、この種のサイバーセキュリティ演習は昨今、どこの国でも実施されており、特に珍しいものではない。

 ただ、興味深いのは、この演習の結果が「インターネット主権」に関して現在議論されている、ある法案にフィードバックされると報じられている点だ。

 この法案は、昨年12月に3人の下院議員によって提出されたものだ。

 「連邦法案第608767-7号:若干のロシア連邦の法令の改正について」と題されたこの法案は、2003年7月7日連邦法第126号「通信について」の改正を提案するもので、次の内容を含んでいる。

●ロシアの全インターネットプロバイダーは自社の機器に「脅威に対抗するための手段」をインストールし、インターネットの一体性、安定性、安全性に対する脅威が生じた場合には政府が定めた方法による「集権的コントロール」を行うこと

●特定の脅威が存在しない場合においても、連邦通信・情報技術・マスコミ監督庁(ロスコムナゾール)が禁止されたインターネットコンテンツを遮断できるようにすること(現在は各プロバイダーが独自に実施している)

●あらゆるインターネット通信は政府に登録されたノードを通じてロスコムナゾールが指定する方法で実施すること

●通信事業者と情報流通オーガナイザー(メッセンジャーアプリ、SNS、電子メールサービス等)に対して特定の通信ノードの遮断を命じられるようにし、ロスコムナゾールまたは法執行機関の命令に従わない場合は通信を遮断すること

●外国との通信システムの所有者、通信事業者、イントラネットを所有する個人、通信ノードの所有者を政府の指定する内容の訓練に参加させること

●ドメイン名やIPアドレスを収集できる国家システムを創設すること

 以上のうち、最も注目されるのは第1の項目であろう。

 有事にインターネットの「集権的コントロール」を行うという点が、外国とのインターネット通信の遮断を意味しているのではないかと見られているためだ。

 このようなアイデアは新しいものではない。例えばロシア通信省は2016年、国家プログラム「情報化社会の発展」に新たな目標を追加した。

 その第1は、ロシアのインターネット通信の99%をロシア国内のサーバー経由で行うとの目標を、2020年を達成期限として掲げたことである。

 なお、2014年時点ではこの割合は約7割であったとされる。

 第2の目標は、重要インターネット・インフラの99%をロシア国内に移転するというものだ。達成期限は同じく2020年である。

 ここでいう「重要インターネット・インフラ」の意味するところは明らかでないが、高級紙『ヴェドモスチ』の取材によると、これはロシアの最上位ドメイン(「.ru」および「.рф」)が使用されているドメイン名空間およびその機能を支えるインフラや、その他の通信ノード、回線及び通信機器などを指すという。

 要するに、ロシアのドメイン名が用いられるインターネット空間と、それを支える物理インフラの全体をロシア国内に移管し、ロシア国民の通信自体もほぼすべてその上でのみ行うようにするということだ。

 ただし、こうしたインフラのうち、2014年時点でロシア国内に存在していたのは全体の4割程度であったというから、第1の目標に比べてさらに野心的な目標ということになる。

 ちなみに100%でないのは、ロシア本土から切り離されたカリーニングラードが存在するためだという。

 このような措置は、公式には「テロ対策」を目的としたものと説明されている。

 つまり、ロシア国内のテロ組織などが、ロシア政府の監視が届かない外国の開戦を使い、秘密裏に連絡を取り合うことなどを防ぐため、ということである。

 これは一面においては事実であろうが、理由のすべてではあるまい。

 ロシア政府の語らない本当の理由は、主に2つあると考えられる。一つは、国民のインターネット利用を完全に監視下に置くことだ。

 ロシアはこれまでの法改正によって、ロシア人インターネットユーザーに関する情報やそのインターネット・トラフィックをロシア国内のサーバーに保存することをインターネット事業者に義務づけ、情報機関がこれを自由に閲覧できる体制を作り上げている。

 これに加えてインターネットのトラフィック自体がロシア国内で完結するようにしてしまえば、インターネット監視の精度はさらに向上する。

 ロシア政府が監視したいのはテロリストや犯罪者だけでなく、そこには反体制的な知識人や若者も含まれている。

 第2に、ロシア政府はインターネットが国際通信網に依存していることを一種の国家的脆弱性と捉えているようだ。

 ロシア政府の「情報化社会発展戦略」は2010年の策定以来、幾度かの改定を経ている。

 今回は、ウクライナ危機勃発後の2014年4月の改定では、同プログラムに期待し得る成果として「情報および通信技術の領域におけるロシア連邦の技術的独立性の達成」が初めて盛り込まれた。

 パソコンや携帯電話、それらで使用されるソフトウエアの西側依存については従前から指摘されてきたが、ここでは通信回線自体の「独立性」が問題にされるようになったのである。

 さらに同年7月、通信省はある実験を実施したと報じられている。

 報道によると、これは「特定の目的を持つ非友好的な国家による活動」がロシア領内の安定的なインターネットの動作を侵害しようとする事態に対して「ロシアの主権を強化」することを目的としたものであるという。

 具体的には、戦時や大規模な国内騒擾の際、一時的にロシアのインターネットをグローバル・インターネットから遮断することを想定しているようだ。

 「アラブの春」に際し、エジプト政府がインターネットを遮断したことがモデルになっているとも言われる。

 また、ウクライナ危機のような事態に際し、米国がIPアドレスの付与を拒むなどしてロシアのインターネット通信を遮断しに掛かる事態も想定されていたようだ。

 これはウクライナ危機後にロシアのマスコミなどで繰り返し懸念されていた事態であった。

 このようにしてみれば、2016年になってから通信省がインターネットのインフラとトラフィックを「ロシア化」しようとした理由もある程度見えてこよう。

 平時のインターネット監視に加え、有事においてもロシアのインターネット空間が自律性(通信省の言葉を借りれば「主権」)を確保できるようにすることを、ロシア政府はこの頃から真剣に検討し始めたと考えられる。

 この実験の結果は同年9月、安全保障会議の席でウラジーミル・プーチン大統領にも報告されたようだ。

 ロシア政府はこれまで、インターネット上で起こることを国家管理下に置く「インターネット主権」を目指してきた(通信省の実験でも「主権」という言葉が用いられたことに注意)。

 その究極形と言える形態が中国の運用する「金盾」であり、実際にロシア政府の最終目標はこうした「壁」を目指していると指摘する識者もいる。

 もっとも、ロシアのインターネットをグローバル・インターネットから遮断するというのは並大抵のことではない。

 たとえ一時期のことであってもロシアの国民生活や経済に与える影響は甚大なものとなろうし、平時からトラフィックやインフラを「ロシア化」し、完全管理するとなればインターネット事業者の負担は激増する。

 実際、こうした理由からインターネットの「ロシア化」などは不可能だと指摘する専門家は多い。

 本稿の冒頭で紹介した通信事業者のサイバー演習に際しても、インターネット事業者からかなりの異議があったことをカスペルスカヤ氏は示唆している。

 こうした事情もあってか、2016年末に通信省が公表した新たな「情報化社会発展戦略」の改定案からは「情報及び通信技術の領域におけるロシア連邦の技術的独立性の達成」という目標が削除された。

 資金不足が理由とされているが、要するにとても経済的合理性にそぐわないということであろう。

 ただ、今回の連邦法案第608767-7号に見られるように、有事にインターネットを「孤立化」させようという動きは依然、存在している。

 冷戦後のユーフォリアの中で、世界をフラットに接続するインフラとみなされたインターネットだが、それがあくまでも人工的に構築された空間であることを忘れてはならないだろう。

 グローバル・インターネットはいつか分断されるのだろうか。

 連邦法案第608767-7号はその一つの試金石となりそうだ。なお、同法案は2月12日に下院第一読会を通過している。

筆者:小泉 悠

JBpress

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