オリガルヒ代理戦争? ウクライナ大統領選が火ぶた

3月29日(金)6時0分 JBpress

大統領選に立候補したユリア・ティモシェンコ氏。同氏のサイトより(https://www.tymoshenko.ua/en/news-en/we-will-restore-faith-in-the-future/)

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 ウクライナ大統領選挙の投票日が3月31日に迫ってきた。(文中敬称略、人名はウクライナ語表記)

 複数の世論調査結果を総合すると、決選投票進出はゼレンシキー、ポロシェンコ、ティモシェンコの3人に絞られてきたと言っていいだろう。

 昨年末に立候補を表明した人気コメディー俳優、ゼレンシキーが支持率で他を大きく引き離し、一方で現職大統領のポロシェンコは野党リーダー、ユリア・ティモシェンコと激しい2位争いを繰り広げている。

3候補者の支持率の変化(%、「大統領選挙において誰に投票しますか」)


現職ポロシェンコの再選戦術

 首都キエフにおけるマイダン革命(「尊厳革命」)直後に行われた大統領選挙で、ポロシェンコはウクライナ政治史上、最高の得票率で当選した。

 しかし、出口の見えないドンバス内戦、景気低迷、公共料金の高騰、そして変わらぬ汚職体質で支持率を下げ続け、再選に危険信号が灯っていた。

 国際通貨基金(IMF)の圧力に屈して昨冬に実施した住民向け天然ガス価格および暖房料金の値上げの引き上げは国民の反感を買ったものの、その後はことあるごとに支持率を回復させた。

 ところが昨年末以降、ナショナリズムの強調、メディア露出、そしてバラ撒き政策により支持率を回復させてきた。

 例えば、11月末のケルチ海峡でのウクライナ艦艇拿捕事件、新年以降の相次ぐナショナリズムを刺激するイベント−ウクライナ正教会のロシア正教会からの独立令(トモス)発布(1月7日)、ウクライナ人民共和国合同令100周年(1月19日)、尊厳革命の英雄追悼(2月18日)などである。

 今回の選挙では他の候補者も、ロシアがクリミア、ドンバスを侵略・占領している現実を前にしてナショナリズムを強調し、NATO(北大西洋条約機構)・EU加盟路線を是認している。

 しかし、トモスにしても、NATO・EUとの関係強化にしても、大統領の任期中に行われたわけであるから、現職のポロシェンコが手柄を独り占めできることになる。

 また、得票の最大化戦略の観点から見てもナショナリズムの強調は理解できる。もはやドンバスやクリミアの票を考慮しなくてもいいため、選挙公約はウクライナ中部・西部有権者向けになる。

 新年以降に実施する公務員給与・年金支給額の引き上げ、生活保護の現金支給化などのバラ撒き政策も、公共料金引き上げショックを相殺する効果がある。

 これに加え、ポロシェンコが所有するテレビ局「5チャンネル」や「お友達」オリガルヒ傘下メディアによる放送姿勢も世論に大きな影響を与えている。

 今回の選挙では、ポロシェンコにとどまらず、諸オリガルヒも自ら贔屓とする候補者の支援に積極的で、欧州評議会がオリガルヒ系メディアによる偏向報道に強い懸念を示している程である。

 そして投票日には、地方行政府や政府予算に依存する組織、オリガルヒ傘下企業による動員も見込まれる。

 特にウクライナ大統領は地方の首長人事権を握っているから、彼らは自らの保身のため票集めに邁進することになる。現職は世論調査に表れる支持率以上の得票を積み上げることができるのだ。

 これに比べると、ティモシェンコは、政権批判以外に売りがなく、また陣営のオリガルヒは小粒でありメディアのバックアップは限定的になる。

 さらには、ユーリ・ティモシェンコなる元最高会議議員の男性が出馬して、ユリア・ティモシェンコの支持率をわずかとはいえ削っていることも特筆される。

 人気が拮抗している場合、わずかな票差が命運を分ける。

 ライバル候補の得票を削るため似た属性の候補を立てる戦術は「テクニカル候補(technical candidate)」と呼ばれ、ウクライナ選挙では頻繁に見られる。

 ユーリは「何者かに立候補辞退を求められ多額の現金を提示された」とポロシェンコ系メディアで訴え、公安が捜査に乗り出すなど、ユリア・ティモシェンコのイメージダウンに少なからず貢献してその役割を立派に果たしている。


「若い世代の代表」-ゼレンシキー

 では、支持率トップを独走するゼレンシキーはどうなのか。

 1978年にウクライナの産業州ドニプロペトロフスクで生まれたゼレンシキーは、2015年にテレビ局「1+1」で始まったユーモア政治劇「公僕」で、中央政界で奮闘する善良なウクライナ大統領を演じて国民的人気を獲得。

 現実世界でも大統領となるべく自らの番組内で立候補を表明した。

 ゼレンシキーの選挙公約を見ると「国民投票」を軸とした直接民主主義が強調され、ポピュリスト的な傾向が見られる。

 しかし外交、安全保障、経済、社会政策等、すべてが月並みな言葉の羅列で具体的な政策は示されていない。

 むしろ、ゼレンシキー自身は旧世代に対するアンチテーゼとして振る舞っており、劇中同様、既存の腐った体制を変革してくれる部外者として有権者にアピールしている。

 「政治的経験がない」という経歴がむしろプラスに作用している。実際、世論調査を見ると、ゼレンシキーの支持層は若い世代に偏っており、逆に年金世代からの支持率は著しく低い。


オリガルヒはいまだ死なず

 ウクライナは、2度の「革命」(2004年のオレンジ革命、2014年のマイダン革命)で一見すると政治体制が変革されているように見えるが、実はアクターの顔ぶれはほとんど変わっていない。

 現大統領のポロシェンコもティモシェンコも20年以上ウクライナ政治のトップに居座り続けているし、ウクライナの政治・経済を牛耳るオリガルヒや地方ボスも依然として健在である。

 オリガルヒや地方ボスは、ウクライナ危機に際し新体制支持を打ち出し秩序維持に協力することで、既得権益を保証されてきたのだ。

 ウクライナ危機で消え去ったオリガルヒは前大統領のヤヌコヴィッチとそのファミリーのみであり、残りのオリガルヒはウクライナのGDP(国内総生産)成長率を上回るスピードで資産額を回復させている。

 もちろん、ポロシェンコ自身もウクライナ有数のオリガルヒであり続けており、いくつかの利権を維持している。

 典型例としてウクライナ最大の資産家リナト・アフメトフを見てみよう。

 アフメトフは同郷の前大統領ヤヌコヴィッチのパトロンであり、特にドンバスの炭鉱・鉄鋼業を経済的地盤としていた。

 しかし、首都キエフの政権交代劇でヤヌコヴィッチはロシアに逃れ、ドンバスの彼の産業資産は人民共和国を名乗る分離主義者に簒奪される憂き目に遭ってしまった。

 アフメトフはウクライナ危機で政治的にも経済的も大打撃を受け、その資産額は、米フォーブス誌によれば2011年の160億ドルをピークに23億ドル(2016年)に急落した。

 しかし、2019年には60億ドル(ウクライナGDPの4%強に相当)まで資産額が回復している。これは新体制が彼のビジネスに好適な環境を提供しているためである。

 例えば、火力発電所の売電価格の引き上げ決定は、国内火力発電の大半を所有するアフメトフに莫大な利益をもたらしている。

 また、国営企業の民営化においてもアフメトフ系企業が次々に落札に成功している。


「オリガルヒの手駒」ゼレンシキー

 オリガルヒ依存はゼレンシキーも例外ではない。選挙キャンペーンの組織、莫大な選挙資金、用意周到な出馬戦略は一コメディアンや番組制作プロダクションの手に負えるものではない。

 彼の背後には、オリガルヒの一人、イーホル・コロモイシキーが見え隠れする。

 フォーブス誌の世界資産家ランキングによれば、コロモイシキーは総資産額11億ドルでウクライナ6位(正確に書くと彼はウクライナ・イスラエル・キプロスの3重国籍人)の資産家であり、金融業、鉄鋼業、メディア、エネルギー、投資業と広く展開してきた。

 ゼレンシキーが出演するテレビ局「1+1」のオーナーでもある。

 コロモイシキーは古くから政治に関与しており、特に「オレンジ革命の英雄」ユーシチェンコ(元大統領)のパトロンとして有名であった。

 ウクライナ危機に際しては、早くから「革命」側についており、私財を投じて志願兵部隊(バタリオン)を組織し、秩序回復やドンバス内戦に貢献してきた。

 その功績から、ポロシェンコによりドニプロペトロフスク州知事に任命されたが、彼の持つウクライナ最大の商銀「プリヴァトバンク」が債務超過に陥った際に政権側と対立し、知事職から解任されている。

 プリヴァトバンクは国営化され、それによってコロモイシキーの資産額は大きく目減りしてしまった。

 今回の選挙では、反ポロシェンコという意味でティモシェンコ支援に回るとの予想もあったが、ゼレンシキー人気が高まるなか、自らの手駒を切った形になる。

 「1+1」局はゼレンシキー贔屓・政権批判を貫いており、ポロシェンコ系メディアの反ゼレンシキー報道と対照をなしている。


決選投票はどうなるのか

 いずれの候補者も総投票数の過半を得られるだけの支持はなく、決選投票が確実視されている。

 おそらく1位で通過するゼレンシキーはコロモイシキー色が強すぎるため、他のオリガルヒは対抗候補の支持に回るかもしれない。

 特にポロシェンコが決選投票に進出した場合、既得権益の維持のため、オリガルヒの多くは彼の再選を支援することになろう。

 世論調査では2位がポロシェンコであろうがティモシェンコであろうが、決選投票においても「ゼレンシキー有利」という数字が出ているが、さらなるキャンペーン資金投入や動員次第では、多少の劣勢はひっくり返せる。

 しばしば、ウクライナの有権者は、自らの政治性向、例えば地政学的な選択(親ロシアか親欧米か)に沿って投票を行い、これが東西ウクライナ間で異なる投票結果につながっている(いわゆる「東西分裂論」)と説明されるが、これは一面に過ぎない。

 マスコミ支配や多額を費やす選挙キャンペーンで世論は誘導できるし、行政府、オリガルヒ、地方ボスを中心とした「マシーン政治」は選挙結果に強く作用する。

 これはウクライナだけでなく、各国に共通する現象でもある。

筆者:藤森 信吉

JBpress

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