キューバ・カストロ前議長 米を翻弄した巧みな外交術

4月4日(月)16時0分 NEWSポストセブン

米国と国交回復したキューバ

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 世の中にはおかしなことが様々なことがあるが、評論家の呉智英氏が最近おかしいと感じたことは何か。呉氏は、アメリカとキューバの外交について論じる。


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 三月二十一日、キューバを訪問したオバマ米大統領がラウル・カストロ国家評議会議長と会談した。ラウル・カストロ氏は、フィデル・カストロ前議長の弟である。会談中、オバマ氏がキューバにおける政治犯の人権問題に言及すると、カストロ氏は色を成して「政治犯だって? キューバにそんなものがいると言うならリストを出してくれ。そうしたら今夜にも全員釈放する」と反撃した。


 私はこのニュースを読んで、ああ、弟カストロはやっぱり兄カストロに一ランク落ちるな、と思った。ちょっと下手なのである。


 私の学生時代、一九六〇年代後半、キューバの社会主義に好感を持つ友人が多かった。当時、ソ連の惨状はよく知られていたが、キューバには南国特有の大らかさが感じられ、また指導者も魅力的だった。その指導者とは、兄カストロとゲバラである。


 ゲバラは既に一九六七年ボリビアでゲリラ活動中に逮捕され銃殺刑に処せられていた。こうした経歴もロマンチックで、ゲバラ人気は高かった。私より十歳年長で、しかも保守系の政治家である亀井静香氏も、ゲバラ崇拝者として知られる。


 しかし、私はゲバラに惹かれることはなかった。ロマンチックはいいが、政治的力量がないように思われたからである。一方のカストロにはそれがあるような気がした。その政治がいい政治か悪い政治かは別にしてである。換言すれば、味方にしたい人物、敵に回したくない人物、という評価である。


 私のこの直感は、その十数年後に当たった。一九八〇年前後のことだったと思う。アメリカではしきりに人権外交が称えられた。その一環として、キューバの政治犯への人権抑圧がしばしば批判された。キューバもまた、ソ連ほどではないが、反体制知識人を逮捕監禁していたのである。


 アメリカの人権団体は、これを繰り返し批難した。そのたびにカストロは、我がキューバに政治犯などいないと反論した。これに対して、アメリカの人権団体は、キューバでは政治犯は精神病院へ強制入院させられている、と再批難した。カストロは、入院しているのはあくまでも精神病患者であると、再反論した。


 こんな批難・反論が続くうちに、とうとうカストロが切れた。よし、分かった、じゃあ、お前らが言う通り“政治犯”を自由と人権の国アメリカへ解放してやろう。


 そして“政治犯”を百人も二百人も乗せた船をフロリダへ送った。アメリカでは人権団体が勝利を誇り、港には歓迎のアーチが飾られた。やがて船が桟橋に着き、歓声が挙がる中、続々と“政治犯”が降りて来た。


 その姿を見た瞬間、人権団体は、これはマズったなと思ったが、もう遅い。祝福の声に囲まれて“政治犯”たちは自由の国の中に放たれたのである。まさかアメリカでも精神病院へ再投獄するわけにはいかないからである。


 私はカストロが「切れた」のは絶対に演技だったと思っている。


■くれ・ともふさ/1946年生まれ。京都精華大学マンガ学部客員教授、日本マンガ学会理事。著書に『バカにつける薬』など。


※週刊ポスト2016年4月15日号

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