愛国心と反戦のはざまで揺れ動くロシア人が映し出す「ロシア人であること」

4月12日(火)6時0分 JBpress

(永末アコ:フランス在住ライター)

「あなたは愛国心がありますか?」と聞かれたら、 答えに一瞬、悩むのではないだろうか、きっと日本に住んでいる方の多くが。

 それでいいのだ。愛国心とは自国にいてはなかなか生まれないもの。海外出張や海外旅行から帰ってきて、久しぶりの美味しい緑茶を飲みながら、「やっぱり日本はいいなぁ」と感じるくらいで十分。まずまず平和な国に住んでいるという証拠である。

 外国に住むと、少しばかり愛国心が芽生える。日本よりフランスの生活の方が性に合い、パリに生涯いるつもりの私でも、フランスの友達やファミリーの間では、「akoの前で日本人を否定するのは御法度」と囁かれているくらい隠れ愛国心がある。

 私の経験や周りを見る限り、愛国心とは、他国の者から自国を否定される、もしくは争いなど(オリンピックやサッカーなどの世界選手権を含め)敵対する国があって初めて宿るもののようだ。

 だとすると、愛国心というのはどこか危ない。日本にいる日本人が持つ郷土愛とは違う。

 20年ほど前に、上海の国際学生都市に住んだことがある。そこで出会った中国人学生たちは、自国から一度も出たことがないのに、郷土愛ではなく愛国心に満ちていた。 国が国民に愛国心を訴えていたからだと思う。

 インターネットが普及し始めていたが、情報はまだテレビや新聞で手に入れるのが一般的だった。私は中国語が読めなかったが、寮にあったテレビで、子供でも分かる世界の真ん中の大きな中国を誇るテレビCMをよく目にした。20年経った今でも、あの明るい音楽と虹の絵の映像が蘇る。

 よって、中国人学生たちの国への誇りも疑いないものだった(彼らの多くが早朝に狭い寮から外へ出て、外国語をお経のように唱えて覚え、語学が堪能で、意思疎通に問題はなかった)が、我ら小国に対する上から目線のようなものを感じることもあって、私は時々イライラした。

「だけどあなたたちは他国を知らないでしょう?あなたの国は自由に国外へ行くこともできないじゃない?」と私は言いたかったが、決して言葉にはしなかった。そんなこと言っても、ただ彼らを苦しめるだけだと思ったからだ。それに、すべては彼らのせいではない。

 けれどもし、その言葉をあの時に口にしていたら、彼らはさらに愛国心を膨らませていたかもしれないと今は思う。人間には誰しも、親を守りたいように、自分の生まれた国を守りたいという本能がある。

 ロシアは今、あの時の(そして今の)中国同様、外からの情報が限られている。そして、国家は国民に国家愛と団結を今までになく求めている。加えて、欧州や米国、日本などの外国からは制裁というかたちで自国を否定されている。ロシア市民に制裁の理由は私たちと同様には伝わってはいないから、ロシア人の愛国心の炎が今高く燃え上がっていても不思議ではない。

 愛国心は敵なくして存在しないばかりか、敵が強そうであればあるほど高まるものだ。ロシア国内では国民を守ると言うプーチンの支持率が最高に上がっているというニュースもある。

 私が愛国心について考えるに至ったのは、パリ在住ロシア人の友人ユリアのインタビューがきっかけだった。彼女が語ってくれたロシアは、エカテリナともリュドミラとも違う。事実は同じだが、ユリアはそこに違う真実を捉えている。

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◎亡命ロシア人芸術家が語る、腐敗したプーチンのロシアとウクライナ侵攻(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69428)
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制裁下でも何も変わらないモスクワ生活

 ユリア・マルシァク(仮名)は生まれも育ちもモスクワ。モスクワの大学を卒業し、モスクワに友人も多く、両親もモスクワ在住の、生粋のモククワっ子だ。

 我が夫のいとこの奥様で、年に何度かの家族の集いでは私たちは外国人同士で語ることも多く、長年の仲良しだ。何事にも自分の考えをしっかり持ち芯があり、背が高くモデルのように美しいだけに、冷たい印象もある。第1回「亡命ロシア人芸術家が語る、腐敗したプーチンのロシアとウクライナ侵攻」に書いた十代の私がカッコイイと思ったロシア人の姿を、そのままにしたような女性である。

 学業優秀でモスクワの大学がパリの大学に彼女を推薦し、2006年からパリに住み始めた。専攻していたロシア史を学ぶ上で、フランスは重要な国の一つだった。そして、パリで現在の夫と出会い結婚し、そのまま住み続けた。パリに憧れて住み始めたわけではないので、コロナ期は例外だが、年に2、3回はモスクワへ帰る。

 フランス人の夫と数年前にパリに起業した会社は、外国の顧客も多いため、自分がロシア人であることは最近、表にしない。先の2回で書いたエカテリナもリュドミラも本名を記しているが、彼女は匿名を希望したため、仮名にしている。

 ロシア人への風当たりが厳しい今、欧米や日本からロシア人として差別され、ビジネスがうまくいかなくなると、ファミリーの死活問題になり、子供も養えなくなる。彼女はとても慎重で、緊張の中にある。言葉を変えれば、少し怯えている。意味のない差別が行動に移された時、それはいじめと酷似していると感じる。

「モスクワの両親はどう?友人は?」と、ユリアに心配顔で聞くと、さらりと「何も変わらないよ」という返事だった。

「外国の店が閉まって、外国のモノがなくなり始めていて、食べ物に困り始めていると聞くけれど」
「でも、マクドナルドが閉まっているのなら、他に開いている店へ行けばいいだけのことよ」

 確かに、フランスでも大成功しているマクドナルドだが、なくなってもカフェやビストロへ行けばよく、ケバブだってある。日本なら喫茶店や食堂へ行けばいいのだ、モスバーガーだってある。


フランス人になく、ロシア人と日本人にあるもの

「モノはどう?外国のメーカーがかなりロシアから撤退したり休業したりしているみたいだけど」
「ユニクロがなくなっても誰も特別困らないわ。ルイ・ヴィトンやサンローランの新作がどうしても欲しいなら、シンガポールへショッピングに行けばいい。あそこへ行けば欧州のモノで買えないものはないわ」

「食材は?お店には外国のモノがなくなり、ロシアの食品はそれに比べたら美味しくないって話を耳にするけれど」
「欧米のモノがなくなっても生きるのに困ることはないわ。他に食べるモノはあるし、欧米以外から輸入することもできる」

 ロシアには小麦、砂糖の十分ストックがあるという。輸出ができなくても、国民は自国の小麦や砂糖を食べることができる。美味しい紅茶やお菓子などの贅沢品が輸入できなくなったとしても、ちょっと我慢すればいい。代わりはある。広いロシアでは畑を持つ人も多い。

 エネルギー輸出の制裁も、「見た目こそは華々しいが効果に欠ける」とゼレンスキー大統領が言う通り、抜け道がある。ロシアでは10年にも遡らないクリミア紛争後にもインフレはあった。30年前のあのひどい物不足とインフレに比べたら今の状況は全然いい。

 フランス人の友人が以前、私とリュドミラに「フランス人になくて、日本人とロシア人に共通しているもの、それは忍耐だと思う!」と言って、皆で笑ったことがあった。確かに間違っていない。無駄に騒がず文句も言わず、仕方ない状況に耐えることを、ロシア人も私たちも少しばかり知っている。

 また、ビザやアメックスといった欧米のクレジットカードが制裁で使えなくなったとしてもロシア人は困らない。ミールという、隣国で使うことのできるロシア独自のカードがある。まだ持っていないのなら、そちらに切り替えればいいだけだ。ミールにとっては願ったり叶ったりである。

「では、モノではなくて旅は?飛行機が飛ばなくて、外国へ行けなくなっているのではない?」
「そんなことないわよ。イギリスやフランスに旅ができなくても、中国や、その他の美しいアジアやアフリカがあるもの。世界は欧米諸国だけではないわよ。広いのよ」

 ユリアの話の後では、「西側の厳しい経済制裁でロシア経済が疲弊すれば、国民の反発とともに、戦争維持が困難に、云々」というフランスや日本の記事が虚しく感じられる。ロシア国民を知らぬ、ピントの合っていない指摘だ。


嫁不足のフランスの田舎に嫁ぐロシア人女性

 ユリアは大きなため息をついて言う。「そもそも欧米人(彼女の中では質問をしている私の国、日本を含め)は、ロシア人をどこかで下に見ているわ」。

 その要因の一つは、フランスの地方に多いロシア花嫁の存在があるかもしれない。フランスでは、女性の少ない地方の男性とお見合いで結婚するロシア人が少なくない。日本におけるフィリピン人女性と同じ感覚だ。もちろん、それはロシアのある一面でしかないが……。

 もしくは、西側諸国の、モノにあふれているこちらが勝ち組という潜在意識だ。冷戦時代のロシアのバレエダンサー、ノリエフの映画に「我が国には、米国のように冷蔵庫もテレビはないが、素晴らしい文化と芸術がある」という言葉があった。西側諸国は自分たちの勝手な価値観で、ロシアを無意識に下に見ているのかもしれない。

「ロシアは国家が市民をコントロールするなど制約が多いイメージがあったから……。フランスと比べてその辺はどう?」
「コントロール?全然。ロシアの生活に不自由はないわ。フランスの方がコントロールだらけで融通がきかない。規則がいっぱいですぐ罰金。至るところが駐車禁止。厳しい税金、最近までワクチンはきっちり4カ月以内」
「ワクチンといえば、ロシアのスプートニク接種者はフランス入国が困難で、おかげで仏露のファミリーが集う昨年のクリスマスに私の家族は入国できず、フランスの家族は既に祖母の不幸でロシアに行ったばかりだったので、どうせならと皆でギリシャに集まったわ。フランスはロシア人入国をクリスマスも許可しなかった。逆はありえないことね」

 ウクライナ戦争が始まって以降、厳しいコントロールと情報制限が敷かれたロシアではある。しかし、2021年のモスクワの治安は欧州や日本の政府からも良好とされ、一般人にピリピリしたところはなかった。出張で何度もロシアへ行っていた私の主人にも、ロシアでの温かなエピソードがいくつもある。

 あの頃、確かにユリアは「ロシアはサービスがよくないのよー。自分の国でも嫌になるわ」と言っていた。それは、ロシアと敵対する者がおらず、愛国心が今ほどないあの頃だからこそ言えた、自分の国をちょっと蔑んでみた言葉だった。

 だが、今ではすべての質問に、ロシアの肩を持って答えるユリア。ロシア人としてのここ1カ月余の経験が、彼女の愛国心をぐいぐいと高め、彼女を頑なにしている。強い北風に吹かれて硬くマントを閉じ、心を閉じ、制裁国の民である私にも背を向けるようで、私は悲しくなる。


逃げ場のないロシア人がためこんでいる怒りと悲しみ

「人は信じたいことを信じる」と、ユリアは続ける。確かに、その方が生きやすい。そして、人はいとも簡単にまとまり、生きやすい同じ思考に流れていく。

 フランスの新聞は我が物顔で、ロシア制裁を正義としている。日本も同様だ。その制裁の名のもとに、罪のないユリアのファミリーがどうなるかは考えない。

 朝一番に開くPCのフランスの新聞と日本の新聞は、ほぼ全く同じことを語っている。時に写真も同じだ。フランスの新聞で見たことのない戦争用語が出て来ても、辞書で調べる必要はない。クリックして日本の新聞に移れば、その翻訳が現れたりする。

 ユリアは続ける。「皆一つの意見だけを見て決めてない? 視点が偏っていない? そもそもそれは真実かしら」。

「ロシア人は国外からの情報がシャットアウトされ、ニュースがコントロールされている」と聞いて、私たちは「それは悲劇!」と思っている。では、日本や欧米は「情報がシャットアウトなどされず、ニュースはコントロールさていない」のだろうか。

 4月8日付けの日本の大手新聞にフランスについて書かれた記事があった。そこには、「資源国ロシアが『欧州の穀倉』ウクライナに侵攻したことで、食料品や燃料価格が高騰し、市民の日常も一変した」と書かれていて私は驚いた。市民の日常も一変した??全く事実ではない!!

 ウクライナに申し訳ないほど、私たちの日常は何も変わっていない。食料品価格高騰も実感していない。強いて言えば、ガソリン代が上がり車の運転を仕事にする一部の人たちには影響がある。

 これは意図したフェイクニュースではないだろうが、書かれていることを、鵜呑みにしてはいけないという良い例になる。

 ユリアは、西欧諸国とロシアの二つの相反した情報を毎日毎日あふれるように受けとる。しかし、たとえユリアが、自国が理にかなっていないと思ったとしても、欧米諸国がロシアに厳しく当たり続ければ、ロシア人として反発したくなるのではないだろうか。自分の生まれた国を守りたい、という人間の本能から。

 私が上海にいた時、一緒に寮でパーティをしていた中国人学生たちが南京虐殺をあまりにも強く攻めたてたことがあった。それがひどいことだと認識しているはずの私たち日本人も、「南京虐殺否定論」を持ち出し、対抗したことを私は思い出す。

 喧嘩をした時には、それでも相手の逃げ道を作ってあげるのが、私たち人間のルールだ。しかし、今のロシア人たちには、誰も逃げ道を作ってあげていない。彼らの、彼らが選んだわけではない大統領が、許されぬ行為をしているがために。


ゼレンスキー大統領は「現在という点でしか物事を見ていない」

「正常な人間であれば、戦争なんてしたくないと思っているのは当たり前でしょう?! 国籍に関係なく」

 ウクライナへの攻撃に関して問うと、ユリアは第一声、そう言った。

「ウクライナは小国なのに持ちこたえている。『最後までロシアに対抗せよ!』と言う欧米の応援を聞くたびに、声を失うわ。誰が対抗するの?私には息子がいるから、 ウクライナ人であれ、ロシア人であれ、戦前に立つ若い兵士を見るだけで心が張り裂けそうになる」

 ウクライナの勝利よりも、ロシアの勝利よりも、一刻も早くこの悪夢を終わらせて欲しいと祈り、願うのは、世界中の母が同じだ。

「ウクライナだったクリミアがロシアに併合した2014年は、ウクライナ人の友人たちと言い合って友達をなくしたけど、今回はもう、それもないわ。友情を政治の犠牲にする必要はないと皆悟ったみたい」
「父には古くからのウクライナ人の友達がいて、こんなことになる前から、会話が政治になると喧嘩になるけれど、それでも何かあると助け合っている。ただ、全体的にロシア人はウクライナ人に親類のような親しみを持っているけれど、ウクライナ人はロシア人ほどには感じていないことは残念ながら明らかね」

 それも政治のせいであり、ウクライナの愛国心がロシアのそれより高いとしたら、それは敵対する国が巨大だからではないだろうか。

「ロシア史を勉強してきて、そこにはもちろんウクライナの歴史も大いに絡まっていて、物事は点だけで見てはいけないということを学んでいるの。流れを知って初めて正しく点が理解できる。ゼレンスキー大統領は、現在という点でしか物事を見ていないことが、彼の失敗だわ。両国の歴史の深く掴んでいたら、NATO(北大西洋条約機構)に入れないことなど、分かるものではないかしら」

「もうこれで戦争の話は終わりにしましょう」という仕草をユリアはした。

「人々は、世の中は黒と白ではなく、どちらもがグレーゾーンを持つことを知るべきだわ」と付け加えて。

「ねえ、ではどうしてフランスに住み続けているの?」
「なんといっても気候がいいもの。フランスのライフアート、文化、料理、田舎も好き。そしてユーモアも!」
「では、ロシアの好きなところは?」
「文化、歴史、そしてユーモア!」

 フランス、ロシア、ウクライナ、日本……。ユーモアに国境がないことを、そして私たちは語り会う。平和を心から祈りながら。

筆者:永末 アコ

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