北朝鮮のコロナ対策「切り札」が盗難被害に
2021年4月19日(月)11時11分 デイリーNKジャパン
かつて、犯罪が極めて少ない国と言われていた北朝鮮が、音を立てて崩れつつある。比較的豊かで、統制が厳しい首都・平壌ですら窃盗などの犯罪が多発。安全部(警察署)には通報が相次ぎ、捜査が追いつかない状況となっているとのことだ。
先月には、ヤミ両替商を営む母子が、カネ目当てで家に押し入った男に刃物で刺され死亡する事件が起きた。犯人は、母親の友人の弟だった。
一方、平壌から北に60キロほど離れた平安南道(ピョンアンナムド)の安州(アンジュ)では、ある窃盗事件のせいで大騒ぎになっていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
現地の情報筋によると、事件が起きたのは今月9日の深夜。安州市防疫所の駐車場に止められていた車が盗難に遭い、タイヤ、バッテリー、エンジンの主要部品が盗まれてしまった。運転できなくなったこの車は、一般の乗用車やトラックではなかった。
「部品を盗まれたのは、コロナ防疫用の消毒車で、中国に特別に注文を出して取り寄せた重要な防疫装備だった」(情報筋)
地域一帯を周回しつつ消毒を行なっていた特別仕様の車が、廃車同然の状態になってしまったのだ。
通報を受けた平安南道安全局(県警本部)は、市外に出る道をすべて遮断し、盗まれた部品を取り戻す作戦を展開。街中が殺伐とした空気に包まれた。
また、今回の事件について報告を受けた中央は、最高尊厳(金正恩総書記)が絶対的な関心を持っているコロナ防疫事業を至急に進めなければならない状況で、部品を盗んで非常防疫車を使用不能に追い込んだことは、体制の安全を脅かす政治的事件であるとして、道内の司法機関全体に動員をかけ、捜査を行わせている。
政治事件となったことで、犯人が逮捕されれば、管理所(政治犯収容所)送りを免れないだろう。
一方、被害者である安州市防疫所だが、犯行当日の夜に警備を行なっていた職員と幹部が取り調べを受けるはめになっている。捜査班は、タイヤ、エンジン、バッテリーを外すにはかなり時間がかかるため、内部の協力なしには犯行は不可能と見て、内通者のあぶり出しに力を入れている。
別の情報筋によると、市内には夜間通行禁止令が下され、日が暮れてから下手に外出すると連行、勾留され事件の関係者扱いされかねない雰囲気で、人っ子一人いない状況だとのことだ。
コロナ対策として国境封鎖、貿易停止が行われている影響で、自動車部品の品薄が1年以上続き、市内では部品が盗まれる事件が相次いでいる。つまり、単純な窃盗事件ということだが、犯人はこんなおおごとになるとは思いもせず、迫りくる追手に震えつつ身を隠しているかもしれない。
震えているのは、捜査にあたる司法機関の関係者も同じだ。中央が乗り出し政治事件となったため、容疑者逮捕に至らなければ、安州市のみならず平安南道の司法機関も、重い責任が問われかねない状況だと伝えている。