靴も買えないロシアの庶民生活、格差は極限に

4月25日(木)6時14分 JBpress

ロシアの冬には犬でも靴が必要だ。写真はロシア・モスクワで、保護靴を履いた犬と飼い主(2019年1月30日撮影)。(c)Mladen ANTONOV / AFP〔AFPBB News〕

 ロシア連邦国家統計局は4月1日、2018年度の家計状況の調査結果を発表した。調査は対面方式で、昨年9月にロシア中の6万世帯を対象に行なわれた。

 この種の調査は伝統的に行われており、内容的には新しいものではない。しかし、ある「失言」のために、必要以上に世間の注目を集めてしまった。

 この調査では、実際のロシア国民の生活レベルを知ることのできる質問が並んでいる。

 「各シーズンに対応した2足目の靴を家族全員に買えるか」

 「一年中いつでも果物が買えるか」

 「使えなくなった家具を買い換えられるか」

 「誕生日や新年にお客を自宅に呼べるか」

 「急な出費に対応できるか」

 などだ。このうち靴については、調査対象世帯の3分の1以上(35.4%)が「買えない」と回答。

 この結果に対して記者にコメントを求められたドミトリー・ぺスコフ大統領報道官は、戸惑いをあらわにして、次のように話した。

 「それについてコメントするのに困惑します。なぜ、まさに『靴』なんでしょうか?」

 「どうして3分の1なんでしょうか。その数字は一体どこから来ているんですか?」

 「正直に言えば、この数字について国家統計局が解説してくれたら、ありがたいのですが。我々はその数字を理解するのに窮します」

 この的外れのコメントを、冒頭では「失言」と紹介したが、本人はどこまでも空気が読めず、失言とは思っていない。

 ペスコフ報道官の発言に関するニュースは瞬く間に広がり、庶民の「がっかり感」は増大した。

 3分の1の家庭で、サブの靴が買えずにメインの靴を履きつぶすしかない、という状況自体には誰も驚いていない。

 しかし、国の支配層が庶民の生活ぶりを想像することもできない、想像するフリすらしない、という意味で、がっかりしたのである。

 数日後、国家統計局から詳細な説明を受け取ったペスコフ報道官は、次のように話した。

 「そういう調査が行われていたことは知りました。しかし以前と同様に、この科学あるいは社会調査が行われた基準の理解について窮しています」

 「なぜ話は靴(の購入)についてなのか、やはり私には理解できません。おそらくこのパラメーターは、何かを物語るもので、何かによって説明されるものなのでしょう」

 「調査についてはもちろん、(ウラジーミル・)プーチン大統領にも報告されています」

 そして、この家計状況調査は、アカデミックな性格を帯びているため、付属的な観点から捉えるべきだとの見解を示した。

 ぺスコフ報道管といえば、「庶民クラス」のロシア人の脳裏によぎるのは、2015年にソチで挙げた結婚式だ。

 ペスコフ報道官は新妻からもらったという、スイスブランド「リシャールミル」の超高級腕時計をつけて登場した。

 反体制派指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏は、ペスコフ報道官の時計は30個限定で作られたもので、価格は62万ドルだとブログで公表した。

 その話が本当なら、7000万円近い腕時計ということになる。

 妻のタチアナ・ナフカはフィギュアスケートの五輪金メダリストなので、数千万の時計をポンと買えるほど稼いでいても、一応不思議ではない。

 しかし、夫の収入を妻や親族に「つけ替えて」、夫本人とは関係ない収入のように見せかける、というのはロシア政界で古典的な手法である。

 いくら妻のポケットマネーから出たお金だと言っても、疑いの目で見られることは致し方ない。

 靴の話に戻るが、ロシアで暮らしてみて思うのは、靴は本当に必需品であり、家計にとって大きいということだ。

 なので、靴に関する質問、しかも2足目に関する質問が調査対象に入っているのは、生活感を知る意味で非常に納得できる。

 もし東京で暮らすなら、一年中同じスニーカーを履いていても何とかなるかもしれないが、ロシアでは、冬用ブーツ、春・秋用ブーツが必要だ。

 冬場、大都市部では雪を溶かすために塩を散布しているので、頑張って手入れしても靴が猛スピードで痛んでしまう。

 塩がなければないで豪雪の中を歩くことになるので、それもまた不便である。筆者はロシアで6回冬を越したが、靴代にはかなりのお金を使ってしまった実感がある。

 ペスコフ報道官が、なぜ靴がポイントになっているのか理解できないのは、ずっと車で移動しているので靴が傷まないからだろう。

 さて、統計局の調査の中で、靴の件以上に筆者が衝撃を受けたのは、休暇の過ごし方だ。

 ロシアでは、28日間の有給休暇が法律で決まっている。そのうち14日間は連続で取らなければならない。

 つまり2週間はぶっ通しで休まないといけないルールになっている。ロシア人はもちろん、10連休で大騒ぎしている日本を奇異な目で見ている。

 そんなロシア人に「別宅や親戚、友人宅などを含めて、1週間、自宅以外で過ごせるか」と質問したところ、49.1%が「無理」だと回答したのだ。

 年金生活者のみの世帯では63.8%が「無理」だった。

 「別宅」というのはダーチャのことを指す。ダーチャとは、国民の6割以上が持っている郊外のセカンドハウスのことで、大自然の中にある自給自足の山小屋をイメージしてもらえればよい。

 ダーチャはソ連時代、ほぼ国民全員に与えられた。かつて食糧不足の時代には、ダーチャで野菜や果物を作り、家計の足しにしていた。

 家やサウナを自分で建てたりと、大工仕事を趣味にする人も多い。ロシア人にとって夏をダーチャで過ごすことは、贅沢でもなんでもなく、至極当たり前だったはずである。

 それなのに、もう定職に就いていない高齢者のうち、63.8%が家にただ座っているというのは、おかしな話だ。

 周囲の人々に聞いてみると、「ダーチャが2つもあるが、交通の便が悪くて5年以上行っていない」

 「自分で運転できなくなった。子どもたちは自分のことで忙しいから、車を出してとは言えない」

 「遺産相続したけれど、手入れする気もない。しばらく待てば売っても税金がかからないから、とりあえず放置している」

 といった声がどんどん出てきた。

 身体的な衰えやライフスタイルの変化に加え、以前なら問題にならなかったアクセスの不便さによってダーチャ離れが加速しているようだ。

 ダーチャはもともと簡素な家が多いので、手入れせずそのままにしておくと、ますます住みにくくなる。そうして、うち捨てられていくという悪循環だ。

 それに加えこの調査では、25.3%の世帯が、誕生日や新年などのイベントがあっても、経済的な事情で家に客を招待することはできないと答えている。

 一昔前まで、大したご馳走がなくても客を呼び合って友情を深めるのは、ロシア人の特徴だった。

 ロシア人は誕生日をとても大切にし、自分の誕生日には自分が主催で誕生日会を開き、友人やお世話になっている人に感謝の気持ちをこめてご馳走するのだ。

 しかし、4分の1の世帯でそれすらもできないとなると、ロシアの良い部分がどんどん失われていくような感覚になる。

 ロシア人の友人は「この調査に、窓の状態を加えるべきだった」と話す。住民の経済状態を把握するには窓を見るのが一番だと言うのだ。

 かつて、住宅は全員にあてがわれたが、私有化が行なわれた。その後、皆が好き勝手にリフォームした。

 古い窓だと騒音と隙間風がひどいので、窓の交換はリフォームの優先事項だ。

 高い買い物ではあるが、全く手が届かないという値段でもない。つまりこれこそが、家庭のお財布事情を如実に反映している。

 モスクワの住宅地を歩いていても、注意して見てみると、ボロボロの木枠で割れかけの窓もけっこう残っている。

 ぺスコフ報道官をかばうわけではないが、モスクワに住んでいると、中心街を歩く人たちは生き生きとファッショナブルで、高級車が大量に走り、夜が早いヨーロッパと違って、深夜までショッピングできる。

 それほどモノであふれているため、日本から旅行者が来ても、この国で貧困に喘ぐ人がたくさんいるとはなかなか気づけないだろう。

 ロシアはとんでもない格差社会で、さらに格差が広がるような仕組みが整ってしまっている国だ。

 筆者はもちろん好きで住んでいるわけだが、ベンツの運転席に10代の若者が座っているのを見ると、時々むなしい気持ちになってしまうのである。

筆者:徳山 あすか

JBpress

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