金正恩、ロシア訪問の収穫は「亡命ルート」の確認か

4月27日(土)6時0分 JBpress

ロシア極東地方のウラジオストクにある極東連邦大学で、会見するウラジーミル・プーチン大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働委員長(2019年4月25日撮影)。(c)Alexey NIKOLSKY / SPUTNIK / AFP〔AFPBB News〕

 4月25日に、ロシア極東のウラジオストクで行われた、金正恩委員長とウラジーミル・プーチン大統領の露朝首脳会談。会談は3時間余りに及び、その後のディナーまで含めると、5時間にもなった。

 中でも、最初のテタテ会談(両首脳と秘書だけの非公式会談)は、1時間の予定が、約2時間に延びた。初顔合わせだった2人は、ここでいったい何を「密談」したのか?

 考えられる話題としては、トランプ政権との今後の核交渉、ロシアから北朝鮮への食糧・エネルギー支援、ロシアに派遣している北朝鮮労働者、ロシアから朝鮮半島へのパイプライン設置・・・と幅広い。

 だが私は、まったく報じられることはないが、もう1つ、2人は重要なイシューを話し合ったと推定している。それは、北朝鮮有事の際の「金正恩ファミリーの亡命ルートの確認」である。


中国への「南浦ー威海ルート」だけでは不安に

 朝鮮戦争が休戦したのは1953年だが、金日成主席は、再度、アメリカから空爆を受けた際の対策を考えた。平壌から中国に逃げるには、海岸沿いの陸路で新義州へ抜けて、そこから鴨緑江を渡って中国側の丹東に入るというのが「最短ルート」である。距離にして、約200kmだ。

 だがこの陸路は、海沿いのため、空爆が容易で危険である。そこで密かに、平壌の「金日成官邸」(金日成主席の執務室)からトンネルを掘って、黄海に面した港湾都市・南浦(ナムポ)まで通じるようにしたのである。約60kmの地下トンネルだ。

 南浦には、密かに非常用の高速艇と小型機を用意した。それに乗って、海路もしくは空路で、黄海の対岸に位置する中国山東省威海の中国北海艦隊基地まで向かう。距離は300km弱だ。

 中国と北朝鮮は、国連軍(アメリカ軍、韓国軍)を相手に、朝鮮戦争をともに戦った「血盟関係」にある。1961年には、金日成主席が訪中して、中朝友好協力相互援助条約という軍事同盟も結んでいる。

 だが、金日成主席は、1994年に急死。用心深い性格だった2代目の金正日総書記は、21世紀に入って、この「南浦−威海ルート」だけでは不安に思うようになった。中国は1992年に、朝鮮戦争以来の仇敵である韓国と電撃的に国交を結んでおり、信用できなかったからだ。


埠頭の租借と引き換えに・・・

 一方、ロシアも、2001年に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟し、2008年に北京でオリンピックが開かれたことなどで、100年続く「ロシアが兄で中国が弟」という両大国の関係が逆転することを恐れた。そこで、「中国の裏庭」である北朝鮮に接近を図ったのである。

 2008年、ロシアと北朝鮮は大胆な「合意」に達する。それは、北朝鮮はロシアに、日本海側の羅先港の第3埠頭の権益を49年間租借させる、ロシアは港湾の整備と、羅先−ハサン間54kmの鉄路の復興を担当する、というものだ。この鉄路はもともと、日本植民地時代に整備したもので、すでに廃線になっていた。

 金正日総書記は、このロシアへ向かう鉄路に、「保険」をかけたのである。すなわち、鉄路の地下に、「亡命用道路」の整備も、密かにロシアに対して依頼したのだ。

 そのため、この国際鉄道建設は、鉄道建設を専門とするロシア鉄道(本社モスクワ)と、トンネル建設を専門とするロシア極東山岳建設(本社ウラジオストク)とが、共同して請け負った。そして、わずか全長54kmの「鉄路の整備」に、丸5年もかかり、2013年9月22日に、完成式典がハサンで行われたのだった。ロシア鉄道のウラジーミル・ヤクーニン社長(当時)と、北朝鮮の全吉洙鉄道相(当時)が式典に参加し、国際的な輸送網が完成した意義を強調した。

 この時、北朝鮮は、金正日時代から金正恩時代へと変わっていた。「不動のナンバー2」と言われ、この鉄道建設の最高責任者でもあった張成沢党行政部長が処刑されるのは、この式典から2カ月余り後のことだ。

 北朝鮮で金正恩委員長が、完全に推戴儀式を済ませてから半年ほど経った2012年11月、中国では習近平が、中国共産党総書記に就任した。その後、2017年まで、丸5年にわたって、中朝はいがみ合っていた。両者とも「お山の大将」のような似た者同士だったため、互いに反発していたのである。

 2017年、アメリカにトランプ政権が誕生し、北朝鮮空爆の可能性がかつてなく高まっていった。たが、金正恩委員長は、習近平政権とも「反目」していたため、北朝鮮有事の際に中国へ亡命するという選択肢はなかった。そのため、この「ロシア亡命ルート」が、極めて重要になってきたのである。


「亡命ルート」確認のため空路ではなく鉄路で訪露

 金正恩委員長は、北朝鮮側の羅先は、何度か視察したことがあったが、ロシア側へ行くのは、今回が初めてだった。露朝首脳会談前の一部報道では、金委員長がロシア製の専用機でウラジオストク入りするとの憶測が伝えられたが、それでは「亡命ルート」を確かめられないので、鉄路で行くに決まっていた。

 金委員長は国境を越えると、まずはハサンで「1号列車」(スターリン大元帥が金日成主席に贈ったお召列車)を降りた。表向きは、かつて金正日総書記も見学した「露朝友好の家」を見学するためだった。だが、まったく報道されないものの、有事の際にハサンで避難する場所を確認した可能性がある。

ロシア国境の町ハサンに到着した北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(2019年4月24日撮影)。(c)AFP PHOTO / Press Service of Administration of Primorsky Krai / Alexander SAFRONOV〔AFPBB News〕

 そして、金正恩委員長とプーチン大統領の首脳会談が行われたウラジオストクである。テタテ会談に続いて行われた、側近を交えた首脳会談には、ロシア側に、ロシア鉄道のオレグ・ベロゼロフ社長が着席しているのが確認できた。

 極東山岳建設の幹部は確認できなかったが、首脳会談の終了後に行われた晩餐会には、当然、招待されていただろう。もしかしたら金正恩委員長はお忍びで、極東山岳建設の本社を訪問していたかもしれない。

 ともあれ、米朝は「振出し」に戻りつつあり、今後の朝鮮半島情勢は、2年前のように、刻一刻と深刻化していくリスクを孕んでいる。そうなると、やはりポイントは、「ロシア亡命ルート」になってくる。今回の露朝首脳会談の成果は少なそうだが、金正恩委員長にとってのせめてもの「成果」は、亡命ルートの確認だったのではなかろうか。

筆者:右田 早希

JBpress

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