金正恩一家の「美空ひばり記念館」行きと金正男暗殺の意図

5月4日(金)7時0分 NEWSポストセブン

幼き日の金正恩と母・高ヨンヒ RENK提供

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 北朝鮮との直接交渉では出遅れた感のある日本。しかし、最高指導者・金正恩の生い立ちに詳しい「デイリーNKジャパン」編集長の高英起氏は、それでも日本ならではのアプローチがある、と指摘する。


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 ターニングポイントを迎えた北朝鮮情勢において、日本だけが蚊帳の外に置かれる危惧が指摘されている。


 北朝鮮メディアは、米韓とともに圧力を強めてきた安倍政権に対して次のように警告した。


「日本の反動層が分別を失って引き続き意地悪く振る舞っていれば、永遠に平壌行きの乗車券を購入できなくなりかねない」(3月17日付朝鮮中央通信論評より)


 あえて北朝鮮が日本に対して言及するのは、今すぐではなくても日本との接触を模索していることを意味する。慌てふためく必要はない。今こそ北朝鮮に対して日本が独自につけ入る隙を見つける時が来たのだ。そもそも金正恩と日本の間には出自に関わる奇しき因縁があるのだ。


◆極秘来日していた金正恩一家


 金正恩が他人名義のパスポートで極秘に来日していた!──筆者のもとにこんな情報がもたらされたのは、今から6年前の2012年だった。そして今年2月、それを裏付ける情報が出る。ロイター通信は、金正日と金正恩が不正に入手したブラジルのパスポートで西側諸国のビザ申請をしていたことをパスポートの写真とともに報じた。


 公開されたパスポートの写真には、明らかに金正恩氏と判断できる顔写真が添付されている。記載されていた偽名は、「ジョセフ・パク」。筆者が2012年に得ていた情報と見事に一致した。


 金正恩は1991年、兄・金正哲と来日。さらに、金正恩のサポート役として公式登場した妹・金与正にも来日情報がある。未確認情報だが、この分だと来日していた可能性は高い。


 ロイター通信は、偽造パスポートの目的について「亡命の準備か」などと指摘しているが、単純にロイヤルファミリーとしての見聞を広める、もしくはお忍びの遊びに過ぎないだろう。なによりも3兄妹の実母は大阪鶴橋生まれの高ヨンヒだ。ルーツを追い求めて母の故郷を訪れたのだろうか。


 高ヨンヒは、北朝鮮の身分としては底辺である在日朝鮮人から金正日の妻、つまりファーストレディーに登り詰めた。1973年には万寿台芸術団の主役の踊り子として凱旋来日。1997年と2000年にも来日して銀座でショッピングを楽しんだというが、その際、興味深いある場所を訪れている。


 当時京都・嵐山にあった「美空ひばり記念館」に寄ったというのだ。高ヨンヒと美空ひばりに繋がりがあるとは思えない。なぜ高ヨンヒは美空ひばり記念館に寄ったのだろうか。


 謎を解くヒントの一つは、彼女が帰国した時期だ。高ヨンヒは1962年、9歳の時に北朝鮮に帰国した。この時期、美空ひばりは歌手だけでなく銀幕のスターとしても絶頂期を迎えていた。


 帰国運動がはじまるのは1959年からだ。北朝鮮へわたった在日朝鮮人は、日本を懐かしんでこっそりと美空ひばりの歌を歌ったという。高ヨンヒもその様子を見ながら、生まれ故郷である日本への郷愁を誘われたのかもしれない。


◆底辺から国母へ


 やがて金正日の妻となった高ヨンヒは、ある願いをもっていたと筆者は見ている。金正哲、または金正恩のどちらかの愛息を北朝鮮の最高指導者にする、すなわち北朝鮮の国母となることだ。


 金正日の妻になったとはいえ、彼女は在日朝鮮人だ。北朝鮮では底辺の身分から金正日の妻となる道のりで、辛酸をなめたことは容易に想像できる。また、金正日の女好きは有名だ。夫の女遊びに内心穏やかではなかっただろう。いつ他の女性にファーストレディーの立場を奪われるのかわからないのだ。


 高ヨンヒは、金正日の放蕩に堪え忍びながら陰で支えた。愛息が最高指導者になればそんな苦労は報われる。そして世界史にその名前を残すことになるのだ。金正恩もそんな母の思いに応え、最高指導者への道を歩む。


 高ヨンヒは2004年に死亡するが、金正恩は2010年に金正日の後継者として登場。翌2011年12月の金正日の急逝によって、北朝鮮の頂点に君臨する。金正恩は、ついに母・高ヨンヒの夢を実現させたのだ。


 母の願いを叶えた金正恩だが、父に対する複雑な思いも見え隠れする。最高指導者となった金正恩は2012年7月、妻・李雪主と遊園地の竣工式に登場し、北朝鮮ウォッチャーを驚かせた。金日成も金正日も、夫婦で仲良く公の場に出ることはなかったからだ。


 李雪主を登場させることには旧態依然とした北朝鮮指導層から反発もあっただろう。それにもかかわらず金正恩が妻を公の場に出した裏には、父への意趣返しがあると筆者は見る。父の女遊びに苦労する母を見ていた金正恩が「俺はオヤジのようにはなりたくない。だから嫁を大切にする」という思いを抱いてもおかしくはない。


 同じ2012年には、高ヨンヒを偶像化する内部映像が製作され幹部を中心に出回った。もし高ヨンヒが生きていれば60歳、すなわち還暦だった。


 実母が在日朝鮮人であることが明らかになれば、なによりも血統を重視する北朝鮮のプロパガンダからすれば、金正恩に傷がつきかねない。それでも高ヨンヒを「日陰の女」にしたくないという、金正恩の母に対する強い思いゆえだった。2017年に起きた金正男暗殺も、高ヨンヒの血脈以外は排除するという金正恩の強い意志の現れかもしれない。


 金正恩が愛した母・高ヨンヒ。くり返すが、彼女の生まれ故郷は日本だ。ここに、日本が金正恩にアプローチできる一つのきっかけがあるかもしれない。かつては非合法な形で来日したが、金正恩が北朝鮮の最高指導者として胸を張って母の生まれ故郷を訪れたいとの思いを抱いている可能性は十分にある。


 例えば、日朝首脳会談の機が熟した時、「実母である高ヨンヒが生まれたゆかりのある大阪で開催してはどうか?」という大胆な提案をするのもいいだろう。トランプが北朝鮮に対する姿勢を変えたからといってあたふたする暇があるなら、今こそ金正恩と日本の秘められた繋がりを活用する策を練った方がいい。


【PROFILE】高英起/関西大学経済学部卒業。1998年から1999年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。


※SAPIO2018年5・6月号

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