ウクライナの一大反転攻勢作戦で第2次大戦以来の「欧州戦車戦」が勃発か

2023年5月8日(月)6時0分 JBpress

 4月30日、ウクライナのゼレンスキー大統領は「重要な戦闘が間もなく始まる」と宣言、同国軍の一大反転攻勢が「秒読み」だとほのめかした。

 ウクライナの反転攻勢については年初から「雪解け後の4月以降では?」と全世界のメディアや専門家が予測していた。その見立て通り、西側最強のMBT(主力戦車)“三羽烏”である「チャレンジャー2」(英)、「レオパルト2(レオ2)」(独)、「M1」(米)の供与も解禁された。また、これらを備えた“専門軍団”の創設と猛特訓も4月いっぱいに完了するなど、反転攻勢のお膳立ては揃ったといえる。

 欧州での戦車戦としては第2次大戦以来のスケールとなることは確実だが、想定される突撃ルートや戦い方について推理してみたい。


流出機密文書に書かれた兵力は嘘かまことか?

 反転攻勢が現実味を帯び出した4月初め、水を差すようにNATO(北大西洋条約機構)の機密文書の流出が発覚した。絶妙のタイミングだったことから「見切り発車で作戦を強行しそうなゼレンスキー氏の“勇み足”を阻止するため、アメリカがあえて仕掛けた一大情報作戦ではないか」との指摘も出た。

 流出文書は新しく編成された専門軍団にも言及、この情報自体がそもそも怪しいとの声も強いが、とりあえずこの情報を叩き台に推察すると──。

 軍団は「機械化旅団」12個で、うち9個は欧米など国外で鍛え上げられ、4月までに完了の予定(機密文書は3月現在)。「機械化」とは戦車や装甲車を多数配備し、攻撃力(火力)とスピード(機動力)に優れているという意味だ。

 規模は約5000名、世界で最も実戦経験豊富な米陸軍のフォーメーションが手本になっていることは想像に難くない。

 米陸軍の編成だが、現在の戦車部隊の主軸は、「機甲旅団戦闘団」(Armored Brigade Combat Team:ABCT。兵員5000名弱)で、戦車や歩兵、砲兵、工兵、防空、補給など多種多様な部隊からなり文字どおりの「戦闘団」だ。

「諸兵科連合部隊」とも呼ばれ、ある程度の規模の作戦を単独(自己完結)で続けられる。最低限必要な部隊を“全部乗せ”した戦闘集団で、MBTが約90台と比較的多いのが特徴だ。「師団」(兵力は1万〜1万5000名程度)の規模をほぼ3分の1に圧縮した、小回りの利く“ミニ師団”と考えていい。

 一方、国外で訓練を受けた9個の機械化旅団の中身は、戦力に多少の差はあるが、各旅団は戦車30台前後、装甲車60〜100台。全体で約4.5万名、戦車250台以上、装甲車・自走砲1000台弱の規模となるだろう。

 ABCTと比べ戦車数が3分の1と少ないが、実はNATOの欧州主要国、英仏独の陸軍と同等かそれ以上の戦力だ。中でも「第33旅団」と呼ばれる部隊が最強らしく、話題のMBT、レオ2を50台弱も揃える。

 加えて突撃前に対峙する敵を砲撃で叩きのめす(俗に「耕す」とも言う)ために使う、米製のM109自走砲を24台も備える。キャタピラ(装軌)式で戦車と随伴して悪路も踏破できるのが特徴で、他の旅団の大部分が牽引式の大砲で砲撃までの準備に時間がかかり、悪路に弱いのとは明らかに違う。


反転攻勢の殴り込み部隊「第33旅団」の狙い

 一方MBTの天敵が、塹壕などに潜み狙い撃ちする隊員の存在だろう。

 だが「第33旅団」は歩兵輸送用にトラックに似たタイヤ式装甲車(米製「マックスプロ」)を配備。もともとアフガニスタンでのゲリラ戦用に開発し、地雷を踏んで車両が大破しても乗員は無傷という構造だが、果たしてロシアの正規軍との戦車戦に相応しいのか、との懸念もある。

 もしかしたらこの情報こそがロシア側を混乱させる「情報戦」かもしれない。これまでのロシア侵略軍の稚拙な戦い方を踏まえ、「トラック型装甲車で十分」と確信したのだろうか。

 ウクライナの国土の大半は、小麦・トウモロコシ畑が地平線のかなたまで広がる大地。ただし雪解け時の春は水田のようにぬかるみ、キャタピラを履く戦車でさえ足を取られるほど。しかし5月に入れば地面は固まり、4WDのトラック型装甲車も十分走れる。

 キャタピラ式の装甲車よりも燃費がよいので補給部隊の負担も軽くなり、整備や操縦も楽で、地雷でタイヤが吹き飛んでも予備タイヤと交換してすぐさま戦線復帰ができる。逆にキャタピラは意外と外れたり故障したりする代物で、地雷で損傷した場合は修理にも時間がかかる。これらを考えれば「トラック型装甲車」の方が合理的と判断したのかもしれない。

 一方、大半の旅団の戦車数が「30台程度」に過ぎない点も気になる。だが対するロシア侵略軍は「大隊戦術群」(BTG。兵力600〜800名、戦車10台前後、歩兵戦闘車約40台)と呼ばれる部隊が基本で、これを2つ合わせ「旅団」を編成するようだ。

 つまり同じ旅団でもウクライナの機械化旅団が「兵力約5000名、戦車約30台」に対し、ロシア側は「同1200〜1600名、約20台」なので、十分対抗可能だと踏んだのかもしれない。

 これらのことを勘案すると、第33旅団は反転攻勢の「殴り込み部隊」として先陣を切り、ロシア側の防備の薄い所に楔(くさび)を打ち込み、他の旅団はこれに続き脇を固めながら雪崩れ込み突破口を広げて進撃する。既存のウクライナ軍歩兵部隊も加勢し、ロシアの敗残兵を一掃──というのが大まかな流れではなかろうか。反転攻勢に投入される兵力は、12個旅団を中心に15万名前後に達すると推測される。


NATO事務総長が戦車供与の現状をアナウンスした理由

 4月下旬、NATOのストルテンベルグ事務総長は「NATOと友好国は戦車230台以上、装甲車両1550台以上をウクライナに供与した」と表明、約束した数の98%以上に達すると断言した。

 これは前述の9個旅団の戦車、装甲車・自走砲数と大差がなく、図らずも流出機密文書の信憑性の高さを立証する格好だ。このため「NATO首脳がわざわざこの時期にアナウンスするのには、何か裏があるのでは?」と、専門家の間では虚々実々の情報戦が展開されているのでは、との見方が支配的だ。

 さて、12個の旅団が用意されていると見られる反転攻勢軍団のうち、9個旅団の他にも国内で訓練中の旅団3個が存在するようだが、これについては情報が皆無に近い。一説には、実はこれこそが作戦の主軸で、1個はレオ2、もう1個は1世代前の独製「レオパルト1」(レオ1)をそれぞれ90台前後備えた“最強戦車旅団”では、との深読みもある。

 レオ1は多少打撃力で劣るものの、レオ2と同等レベルの性能を誇る照準システム(FCS/射撃統制装置)を持ち命中精度に優れる。

 さらには「供与は当分先とアメリカが念押しする米製M1A1(M1の120mm砲搭載型)の引き渡しと戦車部隊訓練も、実は秘密裏に進められ“M1A1旅団”1個も仕上がっている」と勘繰る声もある。


専門家が口を揃える反転攻勢の「進撃ルート」

 では、反転攻勢の進撃ルートはどこか。各メディアや専門家は「ザポリージャ州〜メリトポリ〜アゾフ海」と口を揃える。

 ロシアが占拠するウクライナ南部地域は、ロシア国境から西進しアゾフ海沿いにクリミア半島の付け根をかすめ、ヘルソンに至る東西約500km、南北の幅約100kmに及ぶ。このほぼ中間のザポリージャ州の北から逆襲し、一気にアゾフ海まで進撃して南部地域を分断。西端のヘルソン周辺に布陣するロシア軍部隊を事実上孤立させ、「降伏か、クリミア半島への敗走か」の二者択一を迫る──というシナリオが真実味を帯びている。

 このルートの距離は約100kmで平坦な畑が広がり、戦車や装甲車が走るには好都合な戦場だ。途中、人口10万人クラスの中心都市メリトポリがあり、ウクライナ側のパルチザン(ゲリラ組織)が抵抗活動を続ける。

 市街戦は市内に立てこもる側が断然有利で、ウクライナ側に相当の損害が出る可能性もあるため、市内突入は控えて都市を包囲して「兵糧攻め」を実施。主軸部隊は脇目も振らずにアゾフ海の海岸を目指す。まさにスピードが命の「電撃戦」そのものだ。

 なおロシア軍は前線に沿って総延長120km超、幅数百mの強固な防御陣地を構築。対戦車用の塹壕や地雷原、三角錐のコンクリート製ブロック「竜の歯」、鉄条網などを何重にも配し、塹壕やコンクリート製シェルターには対戦車ミサイル(ATM)や機関銃を構えた兵士が配置されているという。

 軍団にとっては実に厄介な存在だが、防御陣地の撃破には秘策とも言うべき「(燃料)気化爆弾」を使う可能性も取りざたされている。

 これは「サーモバリック弾」とも呼ばれ、大量の液体燃料・固体の爆薬を大気中で瞬時に気化・発火して爆発的に燃やし、凄まじい衝撃波や高温高圧の爆風、酸欠状態、一酸化炭素を大量発生させる。そして、地雷や構築物、塹壕に隠れる敵兵を一掃するという爆弾だ。

「非人道的」との批判もあるが、同種の爆弾はロシア軍がすでにこの戦争で使用しており、ロシア側が文句を言う筋合いではない。

 ただこの「ザポリージャ〜アゾフ海」ルート、味方の戦闘機・攻撃機による分厚い航空援護(エアカバー)がなければ達成は極めて困難と見るのが常識だろう。ロシア側も当然このルートを最も警戒しているはずで、地上部隊も手厚く配置し、温存する数百機の戦闘機・攻撃機を差し向けてウクライナ軍団の壊滅に心血を注ぐのは間違いない。


ロシア軍機を迎え撃つ戦闘機、対空ミサイルの配備は?

 ウクライナの航空戦力は、2022年12月時点で戦闘機はミグ29、スホーイ27など100機前後、攻撃機はスホーイ24/25など30機あまりに過ぎず、エアカバーするにはあまりにも心許ない。

 攻勢作戦を行う時、軍団の指南役である米軍なら、圧倒的な戦闘機・攻撃機を繰り出し、いの一番に敵のレーダー施設を叩き、戦闘機や対空ミサイル(SAM)の動きを封じるだろう。その後に対空ミサイル本体や航空基地、指揮・通信施設、補給路、砲兵部隊を攻撃していくのがセオリーだ。

 つまり強大な空軍戦力で完全に制空権(航空優勢)を握ってからでなければ地上部隊は進撃しない、というのが第2次大戦以来の米軍の戦い方で、逆に制空権を握らず地上のSAMだけで戦車部隊が突撃するという戦法は、彼らのバイブルにはない。

 ウクライナ軍はNATOが供与を始めた米製「パトリオット」(数十〜160km)を皮切りに、既存の「S-300」(同90〜150km)など比較的射程距離の長いSAMを有するが、速攻第一の旅団と行動し、所定位置にセットしてロシア軍機を迎え撃つというのはあまりにも無理があるだろう。

 進撃ルートの途中はまだロシア軍の攻撃が続く戦場で、ここにミサイル発射機やレーダー、管制室の3点セットをセットするのは非現実的だ。敵に簡単に狙われて破壊される可能性が高く、それ以前に再装填用の高価なミサイルも大量に運びこまなければならない。

「最前線のギリギリにSAMを配備し、長い射程を活かしてロシアの戦闘機・攻撃機を迎撃すればいいのでは?」との指摘もあるようだが、軍団が到達目標とするアゾフ海は、最前線から100km以上も離れ、パトリオットやS-300でなければカバーは無理。しかも「乱れ撃ち」できるほどミサイルが潤沢にあるわけではない。

 軍団にはSAM装備の装甲車や歩兵が肩撃ちする携帯式SAM「スティンガー」、各種対空機関砲も配するが、護身用の拳銃のようなもので、射程は短くこれを防空の要(かなめ)とするのはあまりにも無謀だ。

「ウルトラC」として、多数のドローンを使ってエアカバーするとの説もあるが、少々近未来過ぎてリスクが高すぎると見るのが普通だろう。


陽動作戦でノーマークのルートを進撃する可能性も

 そこで一部では、よりリスクが低く今までほぼノーマークの「メリトポリ左回り」ルートが囁かれ始めている。

 ザポリージャ市(ウクライナ支配地)の南部から前線を突破し、軍団はまずここで2つに分かれる。主力部隊がすぐ西に折れ、もう片方の部隊は牽制部隊として、誰もが最有力視しロシア側も警戒する前述の「ザポリージャ〜アゾフ海」のルートを、あたかも進撃の本筋だと言わんばかりに派手に振舞う。専門用語で言う「陽動(引っ掛け)作戦」だ。

 その隙に主力部隊は敵の防備が比較的手薄なドニプロ川の人造湖(カホフカ貯水池)沿岸を一気に進み、メリトポリ西側に回り込むように南進してそのままアゾフ海に到達するというシナリオだ。ロシア側もまさか人工湖を越えて、ウクライナ軍が上陸作戦をするとは考えず、この辺りの兵力配置は手薄だと考えられる。

 それと連動してドニプロ川の全般にわたりウクライナ特殊部隊の高速ボートによる奇襲上陸作戦を至る所で展開。守備するロシア軍を翻弄させながら、頃合いを見て同川の数箇所に橋頭保を確保。前述の主力部隊の前進と連動し、ヘルソン地域守備のロシア軍に揺さぶりをかけるという一大作戦だ。

 最大のメリットは、人造湖の対岸がウクライナの支配地域で、距離にして30km足らずだということだ。

 ウクライナ軍が持つ一般的な大砲(射程30km)でも十分援護射撃が可能で、長射程の高機動ロケット砲システム「HIMARS」(同80km)や、HIMARSから発射できる長射程の精密ロケット弾「GLSBD」(同150km)の支援も十分期待できる。同じく射程数十km程度のSAMでも主力部隊を十分エアカバーできる点にある。もちろんウクライナ空軍も自国の近くで出撃しやすい。

 加えて、米軍やNATOの電子戦機が、ウクライナ南部のオデーサ(ウクライナ支配地)の領海ギリギリの公海上空で旋回飛行し、強力な電子妨害(妨害電波。ジャミングとも言う)をこの地域に浴びせロシア軍機やミサイルを狂わす側面支援も十分行える。

 その反面、ロシア空軍は本国から離れているので、この地域の制空権(航空優勢)を確保するのはかなり難しいだろう。

 それ以前に、進撃する主力部隊にとって敵は片方(一方は人造湖)にしか存在しないので防御が楽。しかも作戦継続に欠かせない武器・弾薬・補給(兵站)も人造湖を活用できる。

 上陸用舟艇や既存の河川用の小型貨物船や艀(はしけ)などを動員して水運すれば、相当量の軍需物資の供給は可能だと見られる。頃合いを見計らって、小型舟艇を使った「浮き橋」を何本も構築して補給路を強固にするのも可能だ。


メリトポリ以西の地域を奪還する壮大なシナリオの行方

 ヘルソン周辺には4〜5万名のロシア軍が立てこもると見られるが、ウクライナ軍が思いもよらない東側から現われ、しかもドニプロ川の西側からも、絶えずウクライナ軍特殊部隊が上陸侵攻作戦を展開する状況で、果たして士気の低いロシア軍がヘルソンで徹底抗戦するか、かなり疑わしい。総崩れするくらいならクリミア半島に撤収、という選択肢を選ぶほうがロシア軍全体にとっては賢明との意見も少なくない。

 うまくいけば、ヘルソン周辺のロシア軍は「兵糧攻め」を恐れて早々にクリミア半島に撤収し、ウクライナはメリトポリ以西の地域を奪還という壮大なシナリオだ。

 ただし、気になる点が2つある。1つ目は依然としてロシア軍が籠城するザポリージャ原発の存在で、最悪の場合原子炉を破壊して意図的に放射能をまき散らす危険性がある。ただし、黒海のリゾート地にあるプーチンの別荘、通称「プーチン宮殿」にも被害が及ぶので行わないのでは、との見方もあるが分からない。

 2つ目は人造湖をせき止めるカホフカ・ダムを破壊してドニプロ川下流で洪水を起こし、ウクライナ軍の渡河作戦を妨害しかねない点だ。だが強行すると湖の貯水量は極端に落ち、水資源の大半をここに頼るクリミア半島はすぐさま干上がってしまう。ロシアにとっては「天にツバを吐く」行為だが、プーチン氏ならやりかねない。

 孫子は「兵は詭道なり」として、戦いは騙し合いだと説いたが、裏をかいて予想すらしない反転攻勢ルートが飛び出すのか、あるいは裏の裏をかいて「王道」を進むのか──。ウクライナ軍の“先生役”である米軍は、第2次大戦の「ノルマンディ上陸作戦」、朝鮮戦争の「仁川(インチョン)上陸作戦」、湾岸戦争の「砂漠の嵐作戦」(砂漠からの大迂回進撃)など、一大奇襲作戦を次々に成功させている。

 ゼレンスキー氏が仕掛ける、21世紀最大の「一大反転攻勢作戦」の火蓋は間もなく切って落とされる雲行きだ。

筆者:深川 孝行

JBpress

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