ISがカシミールに「州設置」で高まる核戦争の恐れ

5月13日(月)11時45分 JBpress

イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が最後の拠点とするシリア東部の村バグズで、丘の上からISを監視する民兵組織「シリア民主軍(SDF)」の戦闘員(2019年3月18日撮影)。(c)Delil souleiman / AFP〔AFPBB News〕

(山田 敏弘:国際ジャーナリスト)

 過激派組織「イスラム国(IS)」がシリアで完全に排除されたと、欧米から支援を受けているシリア民主軍(SDF)が発表したのは、2019年3月のこと。ISは、シリアで最後の砦だったイラク国境に近い東部バグーズに追い詰められ、結局シリアでの拠点をすべて失った。

 ただそれでも、ISが地球上から根絶されたわけではない。シリアからはいなくなっても、残党が世界中に散らばって活動を続けるだろうという懸念も出ている。


インド・カシミール地方がISの拠点化する懸念

 そして4月、スリランカでISによる連爆破テロ事件が発生。日本人を含む少なくとも258人が犠牲になり、ISが犯行声明を出した。またその約1週間後には、最高指導者アブバクル・バグダディ容疑者の映像が公開され、「死んだ”兄弟”の復讐として、8カ国で92の作戦を実行した」とうそぶくなど、直ちにISによるテロ活動がなくなるとは考えにくい状況にある。

5年ぶりにプロパガンダ動画で姿を現したイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の最高指導者アブバクル・バグダディ容疑者。アルフルガン・メディアが公開した映像より(撮影日・場所ともに不明)。(c)AFP PHOTO / SOURCE / AL-FURQAN〔AFPBB News〕

 そんな中、インド発でISに絡む不穏なニュースが伝わってきた。英ロイター通信によれば、5月10日、ISがインドに「Wilayah of Hind(ヒンドの州)」という支配地域を設置したと宣言と報じたのだ。このISの声明は、インド警察当局が同日、インド北部のカシミールでISに忠誠を誓ったとされる戦闘員を殺害したというニュースに関連しているとみられている。

 このニュースを受け、ISは次のインド北部カシミール地方を拠点にするのではないかという懸念が出ている。だが、ISがカシミールから再び台頭する可能性はあるのだろうか。そしてそもそもなぜ、カシミールなのか。

 実は、もしISがカシミールに入り込むようなことが起きれば、事態はシリアやイラン以上に恐ろしいことになる可能性が考えられる。

 まず最初にカシミールについて簡単に説明したい。ここで言うカシミールとは、インドの最北部にあるジャム・カシミール州のことを指す。ヒマラヤ山脈に近いジャム・カシミール州は、大きく分けると、南にあるジャムと、北にあるスリナガルから成る。スリナガル側の住民はイスラム教徒が大多数を占め、ジャムではヒンズー教徒が多く暮らす。ジャム・カシミール州では、夏はスリナガルが州都になり、雪深い冬になると南のジャムが州都になる。


イスラム過激派が入り込みやすい「土壌」

 今回のニュースを受け、筆者はすぐにスリナガルに暮らす知人数名に連絡を取った。というのも、筆者は2012年に出版した拙著『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)の取材で何度もカシミールで現地取材をし、その後も関係者への取材を続けているからだ。

 現地の欧米系医療関連組織に勤める知人は、今回のニュースについて問うと、「そんな話は真実ではない」と不機嫌そうに述べた。

 そして「確かに反インドのデモが起きると、怒ったデモ参加者の中にISIS(ISの別名)の旗を掲げる者もいる。ただそれは怒りを示したいだけであって、本当にISISのメンバーまたはシンパということではない」とも言った。「ここカシミールの人々は、ISILの活動は許さない。あのような組織が、歓迎されることは決してない」

 とはいえ、この人物の見方とは裏腹に、残念ながらカシミールにはISのようなイスラム過激派組織が入り込みかねない「土壌」がある。

 というのも、カシミールは「忘れられた紛争」と呼ばれるほどイスラム教徒とヒンドゥー教徒の対立が長く続いている地域であり、実際に、テロ事件や治安当局との衝突が頻繁に繰り広げられているからだ。そうした混乱した地域には、宗教を利用して、恐怖支配とテロ行為を煽る、ISのようなイスラム教過激派が入り込みかねないのだ。

 現地の状況を理解するには、時計の針をインドとパキスタンが独立した1947年に戻す必要がある。

 独立時、カシミール地域は、インド側のカシミール(インドのジャム・カシミール州)とパキスタン側カシミール(パキスタンのアザド・カシミール准州)に分断された。その後、イスラム教徒が多数を占めるインド側カシミールは、ヒンドゥー教徒が多数派であるインドからの分離独立を目指し、中央政府に対して反発してきた。

 そんな住民感情に対しインドでは1990年から「軍事特別権限法(AFSPA)」と呼ばれる法律が施行されている。この法律は、カシミールに駐留する治安当局の権限を拡大するものであり、法的な手続きがなくても、カシミールの住民を殺害、捜索、逮捕を行なえるものだ。これを根拠に、インド治安当局は、カシミール住民への殺人や暴行など弾圧を繰り返してきたと非難されている。

 一方で、イスラム教国であるパキスタンは、イスラム教徒が多いインド側カシミールを取り戻したい。そのため、政府として過激派を支援・動員して、インド側カシミールに駐留するインド兵や治安部隊へのテロ攻撃を繰り広げてきた。

 こうした思惑が入り混じっているのが、今日まで続くカシミール紛争である。現在まで10万人以上と言われる死者を出している。


印パの衝突が絶えないカシミール地方

 またカシミール地方の印パ国境では、印パ軍の衝突も繰り返し起きている。最近では、2018年9月にパキスタンからの支援を受けていると見られるイスラム過激派組織のテロ攻撃に対する報復として、インド軍はパキスタン側の過激派組織の拠点などにピンポイント攻撃を行い、数多くの過激派関係者を殺害した。

 2019年2月にも、インド側カシミールでパキスタンが支援するイスラム過激派組織によるテロ攻撃が発生、その報復としてインド軍がパキスタン領内を空爆。それによって銃撃戦が発生するなど緊張が高まり、パキスタン側もインド領内を爆撃したと発表した。その後、インド軍の戦闘機がパキスタン領域で撃墜されて、パイロットが拘束される事態に。最終的にはパキスタン側がパイロットを解放し、それ以上の衝突には発展しなかった。ちなみに、インドもパキスタンも核保有国であり、全面衝突は核戦争に発展する可能性がある。

カシミール地方のパキスタン側に墜落したインド軍戦闘機の残骸とされるもののそばに立つパキスタン軍の兵士ら(2019年2月27日撮影)。(c)STR / AFP〔AFPBB News〕

 こうみると、カシミール地方には、イスラム過激派が宗教を押し出してテロ活動を行える余地があるとわかる。そんなことから、今回のロイターの記事が、現実味を帯びた話として注目されているのである。

 ただカシミールに暮らす別の知人に言わせれば、ISは望まれざる客だと言う。この知人は「あのロイターのニュースは間違っている。ここはシリアでもイラクでもない」と言う。

 カシミール地方でもイスラム教が多い北部に暮らす人たちは、敬虔なイスラム教徒が多い。「我々はインドによる統治に反対し、分離独立を願っている人が多い。そのため、スリナガル市内に駐留するインド軍などに対する嫌悪感も強い。そうだとしても、私たちはパキスタンが送り込むテロ組織には反対の立場だし、ISILがシリアやイラクなどでやってきた野蛮な暴力による問題解決は望んでいない」

 実はインドでは現在、4月11日から1カ月にわたる総選挙が行われている。そして12日には、首都ニューデリーなどで投票が行われた。選挙の争点は、現職のナレンドラ・モディ首相が率いるヒンドゥー教至上主義を理念とする与党インド人民党(BJP)が勝利するかどうかになっている。

 そんな中に湧いて出た今回のISのニュースは、インド国民に恐怖を煽るためのプロパガンダかもしれないと、前出の医療関連組織の知人は言った。現地ではそんな話になっているらしい。

 いずれにせよ、領土問題を抱える核保有国の印パが激しく争うカシミール地方に、ISが入り込むようなことは想像したくない。世界は「忘れられた紛争」を抱えた地域にISが入り込むような事態を許してはならないのである。

筆者:山田 敏弘

JBpress

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