中国で賃金高騰の注目職業「ユエサオ」とは?

5月18日(金)6時12分 JBpress

中国では、産婦ママは体を休めることが最重要とされる(写真はイメージ)

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 中国では産後1カ月の産褥期を「月子(ユエズ)」と呼び、産婦はその月子期間中、出産で疲れた体を回復させるために徹底的に休養を取る。その徹底ぶりは「トイレに行くとき以外はベッドを下りない」と言われるほどだ。

 そんな中国には、赤ちゃんを産んだばかりの産婦と乳児の世話に特化した「月嫂(ユエサオ)」と呼ばれる家政婦がいる。ホワイトカラーを優に超える給料をもらい、産後ママの痒いところに手が届くサービスを提供する、誰よりも重宝される最強の家政婦だ。

 ユエサオの赤ちゃん向けの主な仕事は、おむつを替える、ミルクを飲ませる、お風呂に入れる、衣類を洗濯する、の4つ。ただ、産婦の家に住み込み、24時間体制で赤ちゃんの世話をしてくれるから、産婦は安心して身体を休めることができる。

 産婦向けには、1日3回の栄養豊富な食事のほか、おやつの用意、母乳の出のケアや授乳、子宮回復のための指導なども担う。そのため、産婦は1カ月間、病院に入院しているのと同等、いやそれ以上のサポートを受けることができると言える。


賃金は12年で5倍に

 そんな中国で、ユエサオの賃金が高騰し始めて久しい。

 上海出身の友人が第一子を出産した2006年、上海でユエサオを雇った場合の費用は、1カ月最高3000元(約5万1000円、1元=17円で計算)だった。ところが2009年に第2子を出産した際は(彼女は夫婦ともに1人っ子同士であるため、当時でも2人目の出産が認められていた)、最低でも月額3000元に値上がりしていた。最高額は6000元。3年で倍増した計算となる。

 その後もユエサオの賃金はものすごい勢いで上昇している。

 北京や上海、深センなどの大都市部では、ベテランのユエサオの月収は9000〜1万3000元程度。中都市部では6000〜8000元であるのが一般的だとされている。

 上海市内のあるユエサオ派遣業者によると、今ではユエサオになりたての新人でも月収6000元。大手であれば8000〜9000元に上るという。

 ユエサオの月収は、ユエサオ歴と顧客からのフィードバックの良し悪しでクラス分けがされており、上海では最高クラスになると1万5000元を超えるとも言われる。これは同市で働くホワイトカラーの2017年第4四半期の平均月給9655元を大きく上回っている。

 業界団体の上海市家庭服務業行業協会が4月下旬に発表した、同市で働く家政婦の2018年第1四半期の賃金ガイドラインによると、ユエサオの月給は高位が1万600元、低位が6700元だった。このことからも、これら派遣業者のユエサオの賃金は妥当であることが分かる。


中国式産後の過ごし方

 ユエサオの賃金が上昇する背景には、中国で産後の肥立ち期間に生活上でさまざまな制限を与えられる伝統的な風習「坐月子(ズオユエズ)」の存在と、それを支えるユエサオの人材不足がある

 日本でも床上げまでの1カ月間は実家で母親の世話になって過ごすことが多く、基本的には体を休めるもの。だが、中国のそれは日本の比ではない。

 中国では、産婦はとにかくベッドから下りないことが最高の休養だとされる。

 さらにシャワーを浴びない、髪を洗わない、歯を磨かない(布で拭くのみ)、は序の口で、冷たい水で手を洗わない、外の風に吹かれない、クーラーを使わない、など日本人にとっては意味不明な制限も少なくない。

 産婦人科を退院するときから、風に当たらないように帽子をかぶるし、真夏でもシャワーは浴びずに体を拭くのみ。長そでの服を着て靴下を履く人もいる。出産で体中の毛穴が開くため、そこに冷たい風や水が入り込むと、歳を取ったときに更年期がひどくなるというのだ。


ユエサオを出現させた現代社会のニーズとは

 これらの習慣は、まだ中国の衛生環境が整っていなかったころのもので、科学的に根拠がないものもあるという声も聞かれる。だが、昔ながらの習慣を守り通そうとする自分の親やお姑さんに厳重管理され、一部あるいは大部分を守っている人も少なくない。

 そんな産褥期を快適に過ごすためには、どうしてもサポートしてくれる人の存在が必要だ。

 ひと昔前は、産婦の母親または姑がそのサポート役を担っていた。だが、社会全体の晩婚化を受け、母親世代も高齢化している。そんな現代社会のニーズ基づき出現したのがユエサオだと言える。

 ユエサオによるケアは、産婦が出産した後の入院中からスタートする。夜も病室に寝泊まりし、産婦や赤ちゃんの世話をする。

 退院後も同じ部屋に寝てもらい、夜中のミルクやおむつ替えを任せることができる。雇う側の条件が整っていれば、ユエサオは赤ちゃんと単独の部屋でベッドを共にし、夜中のすべての世話を頼むことも可能だ。

 極端な話、母乳育児を諦めて粉ミルクで育てようと割り切ってしまえば、産婦は赤ちゃんの世話を一切せずに、産褥期を終えることだってできるのだ。

 上海の友人は「完全母乳で育てたいが夜はゆっくり寝たい」と言って、母乳をあらかじめ搾乳して冷蔵庫に入れておき、子どもが欲しがるときにユエサオに哺乳瓶で母乳を与えてもらった。夜は自分だけ夫と一緒のベッドに寝て、子どもは別室でユエサオに託した。また別の友人は、昼間は自分で赤ちゃんに母乳をあげたが、しっかり睡眠を確保するため、夜中はユエサオに粉ミルクを飲ませてもらった。

 ユエサオを2カ月雇った友人もいた。彼女らは口を揃えて「産褥期に休養を取るのは何よりも大事なこと」だと言い切った。

 ここには、「母親になったからには、必ず母乳で育てるべき」「赤ちゃんの面倒は自分が見なければ」といった固定観念は存在しない。とにかく、産婦の体を休めることが最重要なのだ。


二人っ子の解禁で需要拡大

 産後ママが休養を取るためだけでなく、一人っ子世代が子育てに不安を持ち“専門家”であるユエサオに頼る傾向にあることも、ユエサオが重宝がられる理由の1つとなっている。

 子育ての専門家に赤ちゃんの扱い方を教えてもらいながら、今後の子育ての知識として勉強できる——。そんな思いもある。

 そして中国では2016年1月、すべての夫婦に2人目の出産を認める“二人っ子政策”が解禁された。このことはユエサオ需要をそれまで以上に大きく促すこととなった。

 とりわけ上海では、子どもの面倒を夫婦いずれかの両親にみてもらうのが一般的。1人目の幼稚園または小学校の送り迎えから、塾や習い事、食事の世話まで両親にお願いしているケースが多い。そこでユエサオを雇って、なかなか手が回らない産婦や第2子の世話をお願いする方法を選ぶことになる。


需要増の裏で技能不足の問題も

 ただ、ユエサオ需要がますます拡大する一方で、ユエサオの“産後ケアのプロ”としての水準の低さも問題になっている。

 ユエサオになるには少なくとも約30日の研修を受けた上で、国の職業資格証書を取得する必要がある。上海市では、市政府がユエサオ育成のために助成金を支給するなどしており、市が正式に認定した機関で授業を受け、職業資格証書を取得した人をユエサオとして送り出すよう指導している。ところが、それを守らない派遣業者も少なくない。

 背景にはユエサオ需要に供給が追い付いていない現状と、ユエサオビジネスの市場規模の拡大がある。研修期間を短縮し、産後ケアの知識や技能を持たないまま仕事に就く“まがいもの”のユエサオを派遣することで、利益を貪る派遣業者もいるということだ。

 一方で、ユエサオ派遣業者が以前に比べ規範化されているのも確か。大手派遣業者が増えているほか、事業内容もユエサオ派遣サービスだけにとどまっていない。ユエサオを仕事にしている友人によると、彼女が所属する会社はユエサオ向け研修事業が充実しているそうだ。彼女のユエサオ歴は7年。会社からはユエサオ研修の講師をやらないかと打診されているという。

 中国では毎年約1750万人の新生児が誕生しているとされる。とりわけ大都市部に住む若者はどれだけお金をかけてもユエサオを雇いたいという人が増えている。上海の友人らも、ユエサオの賃金高騰は認識しながらも自分が出産した際には雇っている人の方が多い。

 筆者自身も3人の子どもを上海で出産したが、ユエサオを雇ったことはない。そこにはやはり「母親として自分で子どもの面倒をみるべき」という気持ちが大きかった。今となっては「一度くらいユエサオにお願いすればよかったかな」と思うときもある。

筆者:山田 珠世

JBpress

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