原油価格はなぜ地政学リスクで急騰しないのか

5月24日(金)6時12分 JBpress

アラブ首長国連邦を構成するフジャイラ首長国の沖合で「破壊行為」を受けて損傷したとされる石油タンカー2隻のうち1隻(2019年5月13日撮影)。(c)KARIM SAHIB / AFP〔AFPBB News〕

(藤 和彦:経済産業研究所 上席研究員)

 米WTI原油先物価格は中東地域の緊張の高まりなどが材料視されて堅調に推移している(1バレル=60ドル台前半)。

 中東での最初の事案は5月12日に発生した。アラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ沖合い6〜10カイリの海域で、サウジアラビアのタンカーなど2隻、UAEの船舶1隻、ノルウェーの船舶1隻が何者かの「妨害」によって損傷を受けた。

 同国の船舶が被害を被ったノルウェーの保険会社は「攻撃は近辺を航行していた船舶が放った複数の水中ドローン(30〜50キログラムの純度の高い爆発物を搭載)を用いて実施された。イラン革命防衛隊が関与した疑いが極めて強い」との見方を発表した(5月17日付ロイター)。これに対しイラン側は一貫して関与を否定している。

 次の事案は5月14日に発生した。サウジアラビア東部の油田と西部の港をつなぐ原油パイプライン施設2カ所が、爆発物を積んだドローンにより攻撃され、死傷者はなかったものの、パイプラインは閉鎖に追い込まれた。イエメン内戦でサウジアラビアと対立するシーア派反政府武装組織フーシ派が自らの関与を認める声明を発表すると、翌15日、サウジアラビアをはじめとするアラブ連合軍はイエメンの首都サヌアなどでフーシ派の拠点に対する大規模な空爆を実施した。

サウジ連合軍がイエメン首都サヌアを空爆。空爆後に上がる煙(2019年5月16日撮影)。(c)Mohammed HUWAIS / AFP〔AFPBB News〕

 その後もイラクのバグダットで政府機関や米大使館が集中する地域「グリーンゾーン」にロケット弾が撃ち込まれたり(19日)、サウジアラビアのイスラム教の聖地メッカに向けて弾道ミサイルが発射される(20日)などの事案が相次いでいる。


原油生産や輸出への影響は微々たるもの

 こうした中東情勢の悪化が「原油供給の減少につながる」との見方が強まっているが、WTI原油市場では、今年(2019年)4月下旬に記録した最高値(1バレル=66ドル)を超える勢いが生まれていないのが実情である。

 その理由は、中東地域で物騒な事案が相次いでいるが、実際の原油生産や輸出への影響がほとんどないからである。

 フジャイラ沖で「妨害」を受けた4隻は原油を運んでいたわけではなかったし、操業を停止したサウジアラビアのパイプライン施設も翌日通常操業に戻っている。

 フジャイラ沖の妨害を大々的に宣伝することで、国際社会におけるイランの孤立を図ろうとするサウジアラビアやUAE政府の思惑も垣間見える。

 フーシ派の攻撃についても、これまで「すべて未然に防いだ」とする発表が一般的だったサウジアラビア政府が、今回のように「被害を受けた」ことを認めるのは珍しい。軍事介入を行っているイエメン内戦により生じた人道危機への国際社会の非難が高まる状況下で、サウジアラビア政府はフーシ派の脅威を強調することで自国の立場を擁護する意図があったとする見方がある。


回避されそうな米国・イランの武力衝突

 さらにツイッターの激しい論調とは対照的にトランプ大統領のイランとの武力衝突に対する消極的な姿勢も明らかになってきている。

 トランプ大統領は5月14日、「米国は最大12万人の兵力を中東地域に派遣する計画がある」との報道を否定した。「自分が前回の大統領選に勝利した理由の1つは中東での戦争開始ではなく米軍の撤退を公約したからだ」と認識しているトランプ大統領は、イランとの武力紛争は自身の再選を脅かすリスクになると考えているからだ(5月17日付ブルームバーグ)。

 ワシントンでは、「12万人の派遣案」を作成したとされるボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)への風当たりが強まっているようだ。米国の外交専門誌「ナショナル・インタレスト」の最新号は「イランやベネズエラ、北朝鮮に対しボルトン大統領補佐官が野望をむき出しにしていることから、大統領府から追放すべき人物のリストに挙がっている可能性がある」と報じた。

 一方、窮地に追い込まれたイランはどうだろうか。

 イラン革命防衛隊関係者から「ホルムズ海峡を封鎖する」との発言が出るなど強硬派の意見が優勢になっている感があるが、筆者は「何らかの方法で原油輸出を続けられれば、イランはホルムズ海峡を封鎖しない」と考えている。

 4月まで日量100万前後だったイランの原油輸出量は5月に入り50万バレル以下に減少している(5月17日付ロイター)が、輸出先の大半はアジアであり、最大の輸出先中国という状況に変わりはない。

 中国国有石油大手は5月からイラン産原油の積み出しを中止した(5月10日付ロイター)が、5月中旬に中国の舟山近くの貯蔵タンクにイラン産原油の荷下ろしが行われた(5月16日付ロイター)。中国側はイランとの値引き交渉が成立すれば、米国の制裁を回避するため、借入返済、物々交換など現金決済を伴わない形での原油調達を続ける可能性が高いと言われている。

 イラン側にも自国の原油を「イラク産」として輸出するという「奥の手」がある。大きなリスクを伴う手段だが、イラク側には断れない理由がある。イラクは慢性的な電力不足にあり、現在イランから電力用の天然ガスを大量に輸入しているからだ。

 米国政府はイラクに対し、イラン産天然ガス購入について制裁適用免除を継続している。その期限は今年6月に到来するが、制裁適用免除が終了しイラン産天然ガスの輸入が不可能になれば、今年の夏以降、イラクで電力不足に端を発した社会混乱が生じることだろう。米国はイラク南部における天然ガス開発による自立を促しているが、現在開発中のプロジェクトが予定通りに進捗したとしても、2〜3年はかかる見込みである。

 ホルムズ海峡は狭い(最も狭いところは約33キロメートル)とはいえ、イランが長期にわたり封鎖する能力を有しているかどうかは疑問である。封鎖しようとすれば確実に米軍から強力な軍事攻撃を受けることになり、イラン政府は「一巻の終わり」である。

 このように見てくると、中東地域の地政学リスクの高まりは「大山鳴動ネズミ一匹」になるのではないかと思えてくる。


減産をめぐりサウジとロシアに温度差

 地政学リスクの影響で世界の原油市場の見通しが不透明化している中で、OPECと非OPEC産油国(OPECプラス)は、5月19日、サウジアラビア西部ジッダで原油の減産の状況を確認する監視委員会を開催し、7月以降の減産幅の縮小(例えば減産目標を日量90万バレルに引き下げる)を軸に話し合った。

 具体案は6月下旬に開催されるOPEC総会などで決定されることになったが、会合後の記者会見でサウジアラビアとロシアの間の認識に温度差があったことは明らかである。

 サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は「市場の安定のため、今年後半も減産を継続することがメインシナリオだ」と語ったが、ロシアのノヴァク・エネルギー相は「様々な案を検討した。今後1カ月の動向を見極めたい」と述べるにとどめた。

 4月のOPECの原油生産量は前月比3万バレル増の日量3026万バレルと、今年に入り初めて増産に転じた。サウジアラビアの生産量は日量980万バレルと2015年初め以来の低水準となり、イランの生産量も前月比12万バレル減の257万バレルとなったが、イラクやナイジェリアの増産がその穴を埋めた。懸念されていたリビアの生産量の減少も生じていない(日量110万バレル超を維持)。減産対象11カ国の削減遵守率は116%となっている。

 次にロシアだが、5月中旬までの原油生産量は日量1116万バレルとなり、初めて減産目標(119万バレル)を下回った。


米国で続く原油の供給過剰状態

 OPECプラスにとって「目の上のたんこぶ」である米国の5月の原油生産量は日量1220万バレルと伸び悩んでいる(過去最高は1230万バレル)。石油開発部門への資金流入が減少していることから、石油掘削装置(リグ)稼働数が減少している。高油価にもかかわらず破産申請を行うシェール企業も出てきている(5月20日付OILPRICE)。

 しかし、シェールオイル全体の生産量は依然堅調である。米エネルギー省によれば、6月の主要シェールオイル生産地の生産量は前月比8万バレル増の日量850万バレルとなる見込みである。掘削作業は手控えられているが、既に掘削を終えた坑井を完成することで増産ペースが維持されている。

 米エネルギー省は5月7日、「今年の米国の原油需要の伸びが日量25万バレルであるのに対し生産の伸びは同149万バレルとなり、来年の需要の伸びは同28万バレルであるのに対し生産の伸びは93万バレルとなる」として米国産原油の国内での供給過剰状態が続くとの見通しを示した。

 足元の状況も、生産とは裏腹に輸出は拡大傾向にあり、輸出に関するインフラが整う今年後半以降は「輸出主導による原油生産増」という形が鮮明になる可能性がある。


中国の原油輸入量が急減する懸念

 シェールオイルの動向が気になるとはいえ、供給サイドからの下支えがあるという構図は変わらない。それにもかかわらず、年初から4月中旬まで続いていたヘッジファンドの原油先物買い越し額は、このところ急速に縮小している。

 供給サイドよりも需要サイドに関心が移りつつあるからだ。特に4月に日量1064万バレルと過去最高を更新した中国の原油輸入量が今後急減する懸念が生じている。

 中国の原油輸入量が増加したのは、制裁免除の失効前のイラン産原油の駆け込み輸入が要因だった。その駆け込み輸入がなくなることに加え、米国との貿易摩擦による中国経済への悪影響が次々と明らかになっているのだ。

 中国の国家統計局は5月15日、小売店やインターネット通販などの売上高の合計である「社会消費品小売総額」が16年ぶりの低水準だったことを明らかにした。4月の乗用車販売も11カ月連続の前年割れだった。また、13兆ドル規模の中国債券市場では、今年4月までに約6400億円相当のデフォルトが発生した。過去最大だった前年比3倍以上の水準に達しており、今年は未曾有のデフォルトラッシュとなるとの指摘がある(5月8日付ブルームバーグ)。

 中国の5月の原油輸入量は4月に比べて日量100万バレル以上減少するとの観測が出ている(5月9日付ロイター)。そうなれば原油市場は一気に弱気ムードとなり、WTI原油価格50ドル割れのシナリオが急浮上するのではないだろうか。

 昨年後半に続き、イランリスクに踊らされて上昇した原油価格だが、その反動で再び急落するかもしれないのである。

筆者:藤 和彦

JBpress

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