中国は北朝鮮問題で得をしているのか?

5月25日(木)8時0分 ニューズウィーク日本版

トランプ大統領は北朝鮮問題を最優先課題の一つに掲げ、その解決を習主席に預ける代わりに、中国に対する為替操作国指定や南シナ海問題を先延ばしにしている。これにより中国が得をしているのか否かを検証する。

コラム「鈴木棟一の風雲永田町」に河井外交担当補佐官の意見が

5月25日付け(5月24日発行)の夕刊フジのコラム「鈴木棟一の風雲永田町」に安倍首相の外交担当補佐官である河井克行氏を取材した記事が載っていた。このコラムは今回で5608回を数え、政治ジャーナリスト・鈴木棟一氏のジャーナリスト魂には畏敬の念を覚える。いつも1000文字にまとめたコラムの切れ味は抜群で、文章のうまさには脱帽だ。

そのコラムが今回載せた河井氏を取材した論考は、内容が豊富で透明性があり、好感を以て読んだ。

ただ、最後にある河井氏が言ったという文章が気になった。そこには次のように書いてある。

——北京で開かれた「一帯一路」国際フォーラムの初日に北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、習氏が面目を失ったといわれるが本当にそうだろうか。北朝鮮が騒ぐことで、中国の価値が高まり、国益を米国から奪っている側面がある。

なるほど、そういう見方もあるのか、「面白い!」と思いつつも、何だか気になった。河井氏が述べた詳細を知りたい。そこで失礼を顧みず、執筆者の鈴木棟一氏に電話をかけさせて頂いて、河井氏の発言の意図を、もう少し詳細に教えてもらうことにした。

回答も明解。二つあるという。

一つ目:中国を為替操作国に指定するのを延ばした。

二つ目:南シナ海における「航行の自由」作戦をアメリカは今やっていない。

この二つによって、中国がアメリカの国益を奪っており、北朝鮮が騒ぐことによって社会の目は北朝鮮に向かうので、中国が得をする、ということを河井氏は言いたかったとのこと(と、鈴木棟一氏は説明してくれた)。

たしかに4月12日の米中首脳電話会談を終えた後だったか、「なぜ中国を為替操作指定国とするとした公約を撤回したのか」というウォールストリート・ジャーナルの記者の質問に、トランプ大統領は以下のように回答している。

——もし今、中国を為替操作国に指定すれば、北朝鮮の脅威に関する(米中間の)対話が危うくなる。今は北朝鮮問題の協力に集中する方が、為替操作国に関する公約を守るよりも、ずっと重要だからだ。

したがって「一つ目」に関する河井氏の懸念はその通りだと思う。

「二つ目」に関しては、どうだろうか。



北朝鮮問題があろうがなかろうが、習近平国家主席はフィリピンのドゥテルテ大統領を抱き込んで、南シナ海問題は「なかった」ものであるかのような方向に昨年から持っていっている。トランプ政権が誕生する前からだ。

中国とフィリピンの蜜月を加速させているのは「一帯一路」(陸と海の新シルクロード)構想とAIIB(アジアインフラ投資銀行)であって、北朝鮮問題とはあまり関係ない。特にドゥテルテ大統領は昨年から習近平の前にひれ伏し、今年4月末に開催されたASEAN会議では「南シナ海問題」を共同声明から削除させることに成功している。だから5月初旬にトランプ大統領と電話会談した際に、「ワシントンに来ないか」というトランプの誘いを断って、北京詣でしているのだ。

もっとも、帰国後の5月19日にドゥテルテ大統領は習近平との会談で「私が習主席に『南シナ海はわれわれのものであり、石油採掘を行うつもりだ』と伝えたところ、習主席は、『南シナ海の海域でフィリピンが石油採掘を行えば、戦争になる』と警告した」と述べている。

ことほど左様に、中国の「中華帝国の夢」は習近平政権発足時点からあるのであって、ASEAN諸国がアメリカ側に付かず、中国の言いなりになっているのは、北朝鮮問題があるからではない。

もし、ASEAN諸国がアメリカ側に付くと思うのなら、アメリカは今でも「航行の自由」作戦を実行すればいいのである。

ただ、せっかく習近平を褒め殺しにして中国に北朝鮮問題を解決させようというトランプ大統領としては、まさに為替操作国問題よりも北朝鮮問題を優先したのと同じように、「南シナ海問題よりも北朝鮮問題を優先」しているのではないのだろうか。

優先させているのは、トランプ大統領だ。

習近平を褒め殺しになどしていなければ、南シナ海問題でもアメリカは中国に遠慮することなどないはずだ。もっとも、ASEAN諸国が歓迎するか否かは、別問題だが......。

したがって「北朝鮮が騒ぐから、中国が得をしている」のではなく、トランプが「習近平褒め殺し作戦」などに出るから、アメリカが中国に遠慮しなければならない状況を作ってしまった。

鈴木棟一氏のコラムの最後の部分にある河井氏の言葉に関して、何が引っ掛かったのか、自分でもよく分からなかったが、こうして文章化してみて、ようやく見えてきた。

ジレンマに追い込まれている習近平

5月14日の「一帯一路国際協力サミットフォーラム」の朝、北朝鮮がミサイルを発射したことに、習近平がどれだけ度肝を抜かれ、どれだけ思いっきり顔に泥を塗られたかは言を俟(ま)たない。

目はうつろで、開幕のスピーチを、何度まちがえたことか!

こんな習近平のしどろもどろとした表情とスピーチは見たことがないほどだ。



それまでの1カ月間ほど、中国の中央テレビCCTVで、「中華人民共和国誕生以来の最大の歴史的な行事」として讃えに讃え、興奮した声でテレビ画面が割れやしないかと後ろに引きたくなるほどの勢いだった。

全世界の、どれくらいの首脳が出席するか、どれくらいの国が代表を送ってくれるか、そのことに中国は最大の関心を払っていた。だからアメリカと日本が代表を送り込んでくることが決定したときには、まるで「勝利宣言」のような報道のしようだったのである。

4月6日、7日の米中首脳会談の成果として、CCTVは「習近平国家主席がトランプ大統領に一帯一路サミットに参加するよう申し入れた」ことを一番大きく扱っていた。すでにアメリカが承諾したかのようなニュアンスを込めていた。

だから日米の代表も参加する一帯一路サミットは、習近平にとって「世界的な晴れの舞台」で、そこに北朝鮮代表を招待することによって、「中国が主張する対話路線の勝利」を、全世界にアピールしたかったのである。

そんな習近平は今、地獄に突き落とされたような気持でいるだろう。

それならすぐに4月20日に脅したように、一刻も早く中朝国境封鎖をすればいいのである。4月20日に北朝鮮が「核実験をする」と通告してきたとき、中国は「もし核実験をしたら、中朝国境を封鎖する」と威嚇した。そのことをCNNがスクープして伝えた。

正に水面下で行なっていた威嚇と譲歩の交渉を明るみに出された北朝鮮は、自国民に見下されないためにも、習近平を最も傷つける形でミサイルを発射した。このタイミングを狙う必要もなかろうに、わざわざ「世界的な晴れの舞台」に照準を合わせてミサイルを発射し、中国を裏切って見せたのである。

経済制裁を強化するとしながら、同時にグローバル経済のトップを行くと中国が位置づけているサミットに呼び、その会場の椅子に北朝鮮代表が座っている状態で習近辺を堂々と裏切る。

これはつまり、「さあ、お前たち、何もできまい」と、北朝鮮が中国に対しても上から目線でいることの証拠だ。

北朝鮮という国は、かつて中国の兄貴分であったソ連が建国した国。

それ以来北朝鮮は、「ソ連」を利用して弟分の分際でしかない中国に、横柄な態度を取り続けてきた。

その態度がどんどんひどくなっていくので、習近平政権になってから中朝首脳会談も行っていない。

しかし中国にはいま、すぐには中朝国境封鎖に出られない事情がある。

それは今年秋(おそらく11月)に第19回党大会があるからだ。



中朝国境封鎖をすれば、北朝鮮が中国にミサイルを向けてくる可能性がある。

一方、党大会前は、北京から全ての不安定要素を取り払うほどの警戒態勢に入る。万一、北朝鮮が中国にミサイル攻撃をして来た場合、抗戦する以外にない。このような事態が党大会前に来るのは絶対に困るのである。だから今すぐには中朝国境を封鎖する訳にはいかないのだ。

しかし放っておけば、北朝鮮はその間に技術を上げていき、中国には手の負えない国になっていくだろう。

中国はいま、そのジレンマの中にある。

本当に全ての選択はテーブルの上にあるのか?

トランプ大統領もティラーソン国務長官も、「あらゆる選択はテーブルの上にある」と繰り返してきた。3月、4月と、米韓演習をしている間は、たしかに「戦争という選択もテーブルの上にある」と言うことによって軍事攻撃を暗示していたので、一定程度の効果を持ったかもしれない。

しかし、軍事的に脅した挙句、結局アメリカは軍事攻撃をしてこないと分かると、北朝鮮は調子に乗るばかりだろう。

特にアメリカのマティス国防長官は5月19日、北朝鮮への対応について「軍事的な解決に向かえば、信じられない規模の悲劇になるだろう」と述べ、軍事攻撃について慎重な姿勢を示した。

つまりこれは、「アメリカは、あらゆる選択をテーブルの上に持っていない」ということを示したのと同じことになる。これでは北朝鮮の思う壺ではないのか。

中国も党大会を控えて11月までは慎重姿勢を取るだろうから、北朝鮮はそれまでに技術のレベルアップに注力し、ミサイル発射を続けるばかりとなろう。

百万回、「厳しい抗議」などを表明しても、北朝鮮は何とも思っていない。

ティラーソン国務長官は何度も「アメリカの20年間の対北朝鮮政策は間違っていた」と言ったが、今も間違っているのではないかと思う。

中国も、「対話で」というのなら、さっさと中朝国境を封鎖すればいいのに、党大会を重んじて、今は慎重姿勢だ。

米中ともに手詰まり感とジレンマの中にいる。


[執筆者]遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『完全解読 中国外交戦略の狙い』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)



※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)

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