北朝鮮で相次ぐ電線の盗難、貨物線3日立ち往生
2020年5月31日(日)6時35分 デイリーNKジャパン
北朝鮮が未曾有の飢饉に襲われた1990年代、人々は餓死を免れるためにありとあらゆるものを売り払った。家財道具に始まり、勤務先の設備、さらには公共の設備を盗んではカネにしていた。
頻繁に標的となっていたのは山中にある電線や電話線だ。人目に付かず盗める上に、中国に密輸すると高値で売れたからだ。しかし、これらの窃盗は重罪だ。
脱北者のキム・ウォニョンさん、キム・ウィジュンさんは、1997年3月に南新義州(ナムシニジュ)の市場の裏の広場で、動線を切断した容疑で20代の男性1人が公開銃殺されたと証言している。また、前年5月には朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士2人と23歳の女性1人が、新義州市の38ミシン工場周辺の地下に埋設されて通信ケーブルを切断し、中国の密輸業者に売り払った容疑で公開銃殺されているとも証言している。
一方、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は2011年1月、両江道(リャンガンド)三水(サムス)郡を通る6万キロワットの高圧送電線のうち、数百メートルが切断され、5日間に渡り恵山(ヘサン)銅鉱や周囲の工場への送電が止まったと報じた。また、前年12月には、漁郎川(オランチョン)発電所の建設現場で働いていた鏡城(キョンソン)郡の突撃隊員(無給の建設労働者)3人が、年を越すカネ欲しさに変圧器と電線を盗んで逮捕され、公開処刑に危機に瀕していると伝えた。
かつての大飢饉から20年以上経っても、電線の盗難は起きている。今回ターゲットになったのは、電線の中でもハードルが高い、鉄道の架線だ。咸鏡南道(ハムギョンナムド)のデイリーNK内部情報筋が、事件の詳細を伝えている。
事件が起きたのは、今月1日午後11時のことだ。情報筋は場所を明らかにしていないが、鉄道の線路上に設置された3300ボルトの架線が60メートルに渡り切断され、3日に復旧するまで鉄道の運行が中断する事態となった。
北朝鮮第2の都市である咸興には、重化学工場が密集しており、労働者の通勤、資材や完成品の輸送のために鉄道網が張り巡らされている。1986年に出された朝鮮地理全書によると、貨物輸送に占める鉄道の割合は90.7%、旅客輸送は74.8%で、鉄道が輸送全体に占める割合が極端に高い。それだけあって、3日間の停電が工場の操業に重大な支障をきたしたことは想像に難くない。
ちなみにこの区間の鉄道では1979年、軍需工場の17号工場で製造された火薬25トンを積んだ貨物列車5両が爆発を起こし、巻き込まれた通勤列車の乗客など3000人が死亡する大惨事が起きている。
当局は、事件発生直後に現場に人員を投入し、架線の復旧作業を行い、道保安局(県警本部)と中央検察所(最高検察庁)の指揮のもと、30数人からなる捜査班を立ち上げ、捜査に乗り出した。
捜査班は、架線の重さが相当なものになることから、犯人は移動にかなりの時間を要したものと見ている。現場周辺にはトラックが通った痕跡、何者かが作業した痕跡が残ってはいるものの、容疑者を特定するような物的証拠は見つかっていない。
また、事件が起きた場所は、普段から人通りが少なく、ひと目につかないことから、目撃者がなかなか見つからないなど、捜査は行き詰まった。
そこで捜査班が目をつけたのは、この区間を管轄する咸興鉄道局だ。現場で働く鉄道労働者が架線を盗んだと疑っているのだろう。北朝鮮の工場、企業所、機関では、物資の中間搾取、横流し、横領が頻発していることを考えると、捜査班が労働者を疑いの目で見るのも、ある意味自然なことと言えよう。
当局は、事件の発生当時に当直勤務を行っていた職員10人と、線路の補修作業を担当する労働者に対する全面的な検閲(監査)を行っている。同時に、鉄道の管理をきちんとできなかった点を問題視し、鉄道局全体に対する検閲も行っている。
政府は、もし捜査が迷宮入りし、事件の解決に至らないとすれば、鉄道局のイルクン(幹部)の責任にすると脅している。重大な問題が発生した場合、誰かに責任を取らせないと問題が終結しないので、「誰かに罪をかぶってもらう」というわけだ。
現地では、咸興鉄道局の局長以下幹部らのクビが一斉に飛ぶおそれがあると現地では噂されているが、架線の盗難は重大犯罪だけあり、「見せしめ」にされる可能性も否定できないだろう。