「金正恩印の愛の常備薬」の出どころは朝鮮労働党の末端党員の薬箱
2022年6月5日(日)6時3分 デイリーNKジャパン
北朝鮮の国営、朝鮮中央通信は14日、朝鮮労働党中央委員会政治局が行った新型コロナウイルス対策の協議会について伝えた。それを伝える記事に、次のようなくだりがある。
金正恩総書記は、いつも人民と運命を共にするという決意と一日も早く全国の家庭に平穏と笑いが再び訪れることを懇切に祈願する気持ちで、家庭で準備した常備薬品を本部党委員会に献納すると述べ、困っている世帯に送ってほしいと提議した。
また、18日の「黄海南道の困難な世帯に医薬品を伝達」という見出しの記事には次のようにある。
敬愛する金正恩総書記が全国の家庭に平穏と笑いが再び訪れることを切に祈願する気持ちで家庭で自ら準備した常備薬品が、黄海南道の困難な複数の世帯に伝達された。
(中略)
人民の利益と便宜を最優先、絶対視する金正恩総書記の崇高な志を体して、党中央委員会の活動家と家族が用意した294種に23万6170余点の医薬品も、載寧郡、銀川郡、苔灘郡、長淵郡、康翎郡、青丹郡等の住民に伝達された。
国営メディアが「愛の常備薬」などとプロパガンダに力を入れているが、これら医薬品は朝鮮労働党の末端党員を絞り上げて出させたものだ。
平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、発熱患者の急増により食糧と医薬品が不足しているとして、各地域の党委員会が非常対策会議を開き、党員から医薬品と食糧を徴収していると伝えた。
北朝鮮でも、一部の医薬品は国産化されているが、それだけでは足りずに中国からの輸入に頼ってきた。ところが、2020年のコロナ鎖国で輸入がストップ。医薬品の品薄と価格の高止まりが続いていたが、コロナ感染拡大と共に拍車がかかった。
そこで、党員が個人的に保有している医薬品を「支援」の名目で献納させているというわけだ。金正恩氏を中心に、党が一丸となってコロナ対策に力を入れていることをアピールする目的があると思われる。朝鮮労働党機関紙の労働新聞も、連日のように「党員が人民に医薬品や物資を寄付した」という「美談」を取り上げている。
しかし、こうして集められた「愛の常備薬」は、なぜか隔離生活を送る人々には届いていない。
「隔離された人々は、解熱剤ももらえていない。塩水でうがいをしているだけだ。これなら家に帰ったほうがまだマシだという不満で満ちている」(情報筋)
平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、自宅で隔離されている人々の状況についてこう話した。国からは一切の食糧配給がなく、あらかじめ食糧を買いだめできなかった人々は、夜になって密かに家を抜け出して、商人の自宅で食糧を購入しているとのとことだ。
そんな人が増えたことで、保安署(警察署)や糾察隊(取り締まり班)は、夜間に銃を持って人の行き来を統制しているという。