辞めるに辞められぬ米国の女傑・ファインスタイン上院議員の去就

2023年6月5日(月)6時0分 JBpress


顔面神経マヒでも上院司法委員ポスト死守

 民主党の牙城、カリフォルニア州の民主党が大揺れに揺れている。

 同州選出の上院女性最高齢のダイアン・ファインスタイン氏(89)の後任を巡っては、昨年来、自薦他薦候補が出て党内は分裂状態にあった。

 そこにきて同氏の病状が悪化したことから、抗争の火は任期終了を待たずに燃え上がっているのだ。

 過去十数年、同州はワシントン政界に2人の女性実力議員を送り出してきた。

 一人は下院の女王といわれ、下院議長を今年退任したナンシー・ペロシ下院議員(83)。もう一人は、ファインスタイン氏だった。

 ファインスタイン氏は、これまで政治の節目、節目で重要な役割を演じてきた。

 特に連邦裁判事指名承認権を持つ司法委員会メンバーとして、時の政権に睨みを利かせてきた。

 高齢を理由に委員長職はディック・ダービン氏(イリノイ州選出)に譲ったが、依然として同委員会の民主党サイドではナンバー2だ。

 そのファインスタイン氏は、自分の後任にアダム・シフ下院議員(62)を推薦し、ペロシ氏も同意していた。

 シフ氏は、下院情報特別委員長としてドナルド・トランプ前大統領を2度にわたって弾劾に追い詰めた立役者だ。


ニューサム氏は黒人女性を支持

 ところが、新世代のリーダーを自認するギャビン・ニューサム同州知事(55)は、シフ氏ではなく、黒人女性実力派のバーバラ・リー下院議員(76)を支持すると公約している。

 このほか指名争いには、同じく下院議員のケイティ・ポーター氏(49)も立候補して、指名争いは三つ巴の戦いになっていた。

 同州の予備選は党派別でない「ジャングル・プライマリー」。共和党員も支持者も投票できる。上位2候補が本選挙で競う合う方式だ。

 現時点での世論調査では、シフ氏が22%でポーター(20%)、リー(6%)両氏をリードしている。

 だが実際に選挙となれば、「シフ嫌い」の共和支持者が他候補に投票する可能性大で、選挙の行方を占うのは尚早だ。

(Schiff, Porter in tight race to replace Feinstein, poll shows - Los Angeles Times)


カリフォルニア州民の4割強が「辞任せよ」

 そうした中で、予想された(?)とはいえ、ファインスタイン氏の病状がここにきて著しく悪化している。

 1月の会期スタート以来、5月上旬まで全休。「ファインスタイン氏が職務を全うできないなら即時辞任すべきだ」という声が上がった。

 党内若手のロー・カンナ下院議員(46=カリフォルニア州選出)やカレン・バス・ロサンゼルス市長(69)、さらには過激派リベラルのアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員(33=ニューヨーク州選出)もファインスタイン氏の辞任を強く要求している。

 これを機会に長きにわたって議会を支配してきた旧世代からの脱皮を目指す世代交代の動きともいえる。

 地元有力紙ロサンゼルス・タイムズは、任期満了を待たずに同氏の辞任を求める州民が42%(「任期を全うせよ」は27%、「未決定」は31%)に上った世論調査などを引用して同氏に早期辞任を求め始めている

(Today's Headlines: A majority of Californians say Feinstein is no longer fit for office, a new poll finds - Los Angeles Times)

 もっともこうした世論に屈するようなファインスタイン氏ではない

 同氏は「私は何があろうが任期を全うする。任期途中の辞任などあり得ない」と公言している。

 女性政治家として共に「出る杭は打たれてきた」盟友、ペロシ氏はファインスタイン氏の「続投」を熱烈支持している。

 ペロシ氏の長女、ナンシー・コーリン・パロウダさん(58)は、昨年来、ファインスタイン氏の私設秘書兼ブレーンとして付き添っている。

(ファインスタイン、ペロシ両家はサンフランシスコでは隣同士の付き合いだったことから、パロウダさんはファインスタイン氏を慕っていたという。闘病するようになって身辺の世話をしだしたらしい)

 一部メディアによれば、ファインスタイン氏の「続投」への決意の背景には、ペロシ氏の意向を受けたパロウダ氏の強い後押しがあるという。

ペロシ周辺はこれを否定している)

 カリフォルニア州政界に詳しいウォッチャーB氏はこう解説している。

「ペロシ氏は何としても“子分”のシフ氏を上院に送り込みたい考えだ。それだけにファインスタイン氏が今辞任すると、話がこんがらがってくる」

「何としてもここは任期を全うしてもらって予備選でのシフ勝利につなげたいのだろう」

(Feinstein Frailer Than Ever After Illness, But Unwilling to Leave Senate - The New York Times)


ラムゼイ・ハント症候群で顔面神経マヒ

 ところで、ファインスタイン氏の病状はどうなのか。果たして完治するのか。写真で見る限り、痛々しい。

 昨年来、帯状疱疹ウイルス*1に起因する神経障害(ラムゼイ・ハント症候群)や脳炎の重篤な合併症を患っており、3月には脳炎から回復したものの、引き続き神経疾患の治療を続けている。

*1=ラムゼイ・ハント症候群とは、ヘルペスウイルスの一種、水泡帯疱疹ウイルス(VZV)によって引き起こされる顔面神経マヒを主とする疾患。他の顔面神経マヒに比べ治りにくく、口を動かすと同時に目が閉じたりする病的共同運動といった後遺症が残りやすい。ウイルスが顔面神経だけでなく周囲の脳神経にまで及ぶと、耳にも合併症状が出る。初期治療はステロイドと水泡帯状疱疹ウイルスに対する抗ウイルス薬の薬物投与がある。周囲の骨で圧迫されている顔面神経を開放する手術もある。

(Ramsay Hunt syndrome - Symptoms and causes - Mayo Clinic)

 ファインスタイン氏は5月末、議会に復帰した。

 サンフランシスコからプライベート・ジェットでワシントン入り。補佐官、パロウダ氏、身の回りを世話する女性、それに愛犬が同伴した。

 車椅子で議事堂内を移動し、3カ月ぶりに投票を行った。

 議事堂内を車椅子で移動する際には、疲れた表情を撮らせまいと秘書や護衛が身辺をガード、フォトグラファーを排除するなど一悶着あった。

 ロサンゼルス・タイムズの日系フォトグラファー、ケント・ニシムラ氏はこれに抗議する記事を掲載した。


辞任すればリー氏が上院議員に鞍替え

 万一、ファインスタイン氏が今辞任すれば、後継者を指名できる権限があるのは、ニューサム州知事だ。当然、リー氏を後任に選ぶだろう。

 ニューサム氏は立候補はしていないが、2024年の民主党大統領候補に上がっている民主党新世代のリーダーの一人。

 前出のウォッチャーB氏はこう続ける。

「ニューサム氏は、知事選ではこれまでペロシ氏やファインスタイン氏に物心両面から世話になってきた」

「その一方で、これまでカリフォルニアの政界を牛耳ってきた『ファインスタイン・ペロシ体制』を突き崩したいはずだ」

「ニューサム氏は、人工中絶、温暖化、LGBTQ(性的少数派問題)など全米レベルでのアジェンダに取り組み高い評価を受けており、知名度も抜群だ」

「旧世代から新世代へのバトンタッチを模索してもおかしくないポジションにいる」

「当然、2024年以降の大統領選出馬も視野に入れているはずだ」

 ファインスタイン氏は辞任を拒否。司法委員会には代案として自分が選んだ議員を一時的に「代役」で送り込むことを提案したが、共和党サイドはこれを退けている。


「辞任なら司法委に空席」とヒラリー一喝

 騒動の最中、ヒラリー・クリントン元民主党大統領候補がファインスタイン氏に助け船を出した。

 同氏の主張はこうだ。

「ファインスタイン氏が辞任すれば、共和党は司法委員会の同氏のポストを空席にするかもしれない。そうなれば、任期末まで重要な連邦裁判事人事承認審議はできなくなる」

(Hillary Clinton Says Dianne Feinstein Should Not Resign - The New York Times)

 もっとも同委員会の共和党筆頭格のリンゼイ・グラハム議員(サウスカロライナ州選出)は、こうコメントしている。

「ファインスタイン氏は議員を辞めず、司法委には自分の代役として一時的なメンバーを据えるという代案には絶対反対だ」

「そのような前例はない。すべては前例に従って行うべきだ」

 ファインスタイン氏の病状が来年までにどうなっているのか、こればかりは誰も予測できない。

 民主党上院のリーダー、チャック・シューマー院内総務(72=ニューヨーク州選出)は、言葉を選びながらこう言う。

「ファインスタイン氏の去就は医師の判断次第、それを基にご本人が決めることだ。我々がとやかく言うべき問題ではない」

 世代交代が孕むお家騒動は、下手をすると同氏の党運営にも飛び火する。「渦中のクリは拾わぬ」ということかもしれない。

筆者:高濱 賛

JBpress

「タイ」をもっと詳しく

「タイ」のニュース

「タイ」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ