「人体実験」で8人死亡…北朝鮮の製薬業の恐るべき実態
2021年6月8日(火)6時35分 デイリーNKジャパン
北朝鮮で流通する加工食品、生活必需品の多くは中国製だ。1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」を前後して、国内の工場の多くが稼動中止に追い込まれ、今に至るまで再開できていないのだ。金正恩総書記は、国内製品の生産、消費奨励を何度も訴えているが、さほどうまくいっていないようだ。
多くを中国に頼っているのは、医薬品も同じだ。国内にも製薬工場があるのだが、一時は外貨稼ぎ用の覚せい剤の製造を大々的に行い、一般医薬品の製造開発をないがしろにしてきた。それが、今になって様々な問題を引き起こしている。
デイリーNKの内部情報筋によると、平安南道(ピョンアンナムド)の養老院(老人ホーム)で暮らしていた身寄りのない老人10人に対して、注射が行われた。注射薬は、首都・平壌にある龍興(リョンフン)製薬工場製の「コカルボキシラーゼ」というビタミンB1製剤で、日本で言うところの「にんにく注射」だ。
ところが、10人のうち8人が3日以内に死亡するという、大規模な医療事故に発展してしまった。だが、これはある程度予見されたものだったようだ。
今月初め、中国製の同じ成分の注射を受けた、ある経済官僚が死亡する医療事故が発生したことを受けて、金正恩氏は中国製の医薬品の使用を禁止した。しかし、現在の国内生産では需要を賄えないのが実情だ。
そこで、開発を急ぐために、被験者の同意を欠いた非倫理的な人体実験を行ったのだ。それも、死亡する可能性を念頭に置き、「死んでも問題にならない」と身寄りのない老人を選んだようだ。
8人死亡の報告を受けた金正恩氏は、「試薬や技術力が足りないのならば、まだ(コカルボキシラーゼは)完成段階にはないと率直に認めるべき」だと述べ、同じ工場で製造されている「高麗人参活性丸薬」の検証を行うよう指示を下した。
指示の理由が分かりづらいが、「高麗人参活性丸薬」は難病に効果があり、耐性も副作用もないとの触れ込みで、海外輸出を計画していたが、今回の医療事故で、この工場の製品全体が信用を失い、輸出ができなくなることを恐れたためと思われる。
金正恩氏はさらに「高麗人参そのものを輸出する方がマシだ」「効能のない薬品の開発になぜ貴重な資源を浪費するのか」と関係者と叱責したとも伝えられる。
現在、製薬工場に対しては中央党(朝鮮労働党中央委員会)が検閲(監査)を実施しており、金正恩氏の妹・金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長も関わっているとのことだ。
「輸入に頼らず自主的に医薬品を生産して、先端医療技術を持つのがお上(当局)の目標だったため、今回の事件で党内が大騒ぎになっている」(情報筋)
当局が、国民の健康に貢献する医薬品より、外貨稼ぎ狙いの輸出用医薬品に力を入れるという、異常とも言うべき北朝鮮の製薬業。今回の医療事故を隠蔽したとしても、北朝鮮製の医薬品には成分に問題があることが指摘されており、当局の思惑通りに外貨を稼ぎ出すのは難しいだろう。