アンドロイド美女が象徴するIT社会の深い不安感 人工知能SF『エクス・マキナ』

6月10日(金)16時0分 ニューズウィーク日本版

<IT企業の強大な力に警鐘を鳴らす人工知能SF『エクス・マキナ』には、不安な現代を象徴するような深い不安がにじんでいる>

「意識を持つ機械を創造したら、それはもう人間の歴史ではない。神の歴史だ」。アカデミー賞視覚効果賞に輝くSFスリラーの秀作『エクス・マキナ』で、若いプログラマーのケイレブ(ドーナル・グリーソン)が社長のネイサン(オスカー・アイザック)に言う。

 未来へようこそ。『エクス・マキナ』が描くのは、一見かなり現実離れした世界だ。

 IT大手ブルーブックを経営するネイサンが人里離れた研究施設にケイレブを招き、女性型ロボットのエバ(アリシア・ビキャンデル)を披露する。ケイレブはネイサンに命じられ、エバが人工知能(AI)として完成しているかどうかを確認するテストを行うことになる。

 エバは美しく頭も切れる。ケイレブの質問に答え、その言葉尻を捉えてからかい、停電を起こす。さらには監視カメラの電源が落ちた隙をついて不吉な警告をする。エバは何らかの秘密を握っているのだ。

 ネイサンは四六時中、2人を監視している。物語の設定が意外と現在に近いのではないかと気付くのは、そのせいだ。

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『エクス・マキナ』は大企業が政府に匹敵する権力を持ち、政府のコントロールが利きにくくなった現代社会を風刺しているように思える。例えばブルーブックの設定。ネイサンが13歳で開発したブルーブックの検索エンジンはトップの人気を誇り、検索トラフィックの94%を占めている。

 グーグルにそっくりではないか? グーグルをモデルにしたわけではなく、グーグルやフェイスブックが持つ力に対する社会の不安感を表現したと、脚本・監督のアレックス・ガーランドは語る。

「IT企業がしていることは邪悪なのか間違っているのか、私には分からない」と言うガーランドは小説家から脚本家に転身し(『わたしを離さないで』ほか)、この映画が初監督作だ。「彼らは絶大な力を持っている、というのが私の考え方。間違ったことをしていなくても、強大な組織には常に監視が必要だ」

人類が「化石」になる日

 ケイレブはやがて、ネイサンが彼のポルノサイトの閲覧履歴を見てエバを設計したのではないかと疑い始める。ネイサンはエバの感情の成長を促すため、世界中のスマートフォンからデータを集めたことを認める。24時間監視されるのを承知でスマホを使う人々の不安を地でいく展開だ。

 別種の監視もある。13年、エドワード・スノーデンの内部告発により米国家安全保障局(NSA)の情報収集の是非を問う議論が高まった。「あの事件はIT企業と政府の怪しい関係に、世間の目を向けさせた。企業と政府の結託は警戒したほうがいい」と、ガーランドは言う。



『エクス・マキナ』には不安な時代ならではの深い不安がにじむ。自分が実験に利用されていることにケイレブが気付くくだりは、フェイスブックが無断でユーザーの投稿を操作して心理学の実験を行い、非難を浴びた事件を連想させる。

 ネイサンはAIが人類の能力を超える日を待ち焦がれている。「いつの日かAIは、私たちが化石を見るような目で人類を見るだろう」と、彼はケイレブに予言する。

 そんな日が来るのはまだ先の話だろう。ユーザーの質問に答える秘書アプリのSiri(シリ)は今や日常の一部だが、エバのようなAIを作るのは夢のまた夢だとガーランドも認めている。

 それでも映画界ではAIが人気。スカーレット・ヨハンソンがAIの声を演じた『her/世界でひとつの彼女』(13年)はアカデミー賞脚本賞を受賞した。ヨハンソンは14年の『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』でも行きずりの男を誘惑する「人間ではない女」に扮している。

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『エクス・マキナ』はその流れに乗る一方で、人工的な人間を作る実験の恐怖を描く映画の系譜にも連なる。古くはジョン・フランケンハイマー監督の『セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身』(66年)、最近では外科医が完璧な皮膚を作ろうとするペドロ・アルモドバル作品『私が、生きる肌』(11年)がある。

 もっとも『エクス・マキナ』の天才プログラマー、ネイサンはグーグルやフェイスブックのようなIT帝国の経営者だから、キャラクターとしてはぐっと現代的。今や——SFではなく現実の——世界を支配するのは彼らのような人々なのだ。

【映画情報】
EX MACHINA
『エクス・マキナ』
——
監督/アレックス・ガーランド
主演/ドーナル・グリーソン
   アリシア・ビキャンデル
日本公開は6月11日



[2016.6.14号掲載]
ザック・ションフェルド

ニューズウィーク日本版

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